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1話【いい歳して、リンゴが食べたくて泣いてしまいました。】

朝日が眩しい……。

子鳥のさえずりと、サラサラと木々の葉が擦れ合う音が耳に心地よい。

森林の匂いが、俺の疲れた体に染み渡るようだ。

……………………。


どこだよここ。


目を瞑っていてもここが自宅の部屋ではないのは何となくわかった。


あと、朝なわけないだろ。

寝る前の時間を考えたら馬鹿みたいに10数時間眠りコケでもしない限り朝になることはありえない。バイトの夜勤があるからということで、仮眠をとっていたはずだ。


あと、どうでもいいけど背中痛い。

さっきから石がすげー食い込んでて、めっちゃ痛い。


耐えきれなくなって体を起こし、周りを一通り見渡す。


マジでどこだよここ……。


時間を確認しようとポケットを探ったが、スマホが見つからない。 その後諦めきれず、未練がましく三回ほど各ポケットを探り直してみたが、それでも出てこなかった。


そのあたりで寝ぼけた頭がハッキリしてきて、ようやく寝る前に充電のためベッド脇のコンセントに刺したのを思い出した。


意味のわからない状況だったが、不幸中の幸いはまともに服を着ていたこと。

服装は適当なパーカーとジーンズだ。

裸で森に放り出されなくてよかった…。

いや、今の状況も全然良くないけどね。


ベッドで本気で仮眠をとってしまうと寝坊する可能性があるからという言い訳で、いつも出かける準備をして椅子で寝ているのだ。

それと、パーカーのポケットを漁ったら、前のバイトの時に鷲掴みにしてきた熱中症予防の塩飴が10個ほど入っていた。


ただ、一つだけ不可解なのは靴まで履いていたことだ。

靴まで履いて仮眠なんてとるわけないし……。


記憶障害……?


高橋悠人、18歳。母親と妹との3人暮らし。寝る前までの記憶もある。


家族仲は良好なので、寝てる間に母親に山の中へ捨てられたという線はないだろう……多分……。

頼む……俺、ここまでされるほど嫌われることしてないよね……!?


とりあえず、俺自身のことは思い出せるようだから一旦よしとしよう……。

こうしていても仕方ないと、歩き始めることにした。


……………………………………………………………………………………………………。


一体どのくらい歩いただろうか。

体感、5〜6時間は歩き続けていると思う。


こんだけ歩いたら何か道とかに当たるもんじゃないの?

まあ、真っ直ぐ歩けている保証もないので同じところをぐるぐると回ってしまっている可能性も否めない。

これガチの遭難じゃない!?


ヤバいって!!

マジでやばいよ。


いくら歩いても森から抜けられる様子はない。

山で遭難したら、むやみに下らず尾根や高いところを目指して現在地を確認しろ、という話を聞いたことはある。


だが、少なくともここは山の中という感じではなく、どこまで行ってもひたすら平坦な地面に木々が生えているだけで方向感覚さえ徐々に失ってきてしまう。


「ヤバい……。疲れた……休憩しよう……ふぅ……」


一人きりの心細さがそうさせるのか、誰も聞いていないというのに独り言が出る。


とりあえず塩飴を一つ舐める。

……あ、これはやばいかも。

こういう飴って極限状態のときに食べるものじゃないわ……。


甘くて余計に喉が渇く……。

喉に甘さが張り付く……。


塩飴の甘しょっぱさに不意に涙が出そうになり、それを堪えるように上を向いた。


「あ……。……あ?」


上を向いた視界の先の木の枝にリンゴの様な形をしたオレンジ色の果実が複数実っている。

見たことない品種かな?とも思ったが、八百屋でバイトしていた時も、こんな品種見た記憶はない。


仮にあったとしても、そんな珍しい品種のリンゴがこんな森に勝手に自生しているとは思えない。

この目の前の果実は怪しさと不可解さで出来ている。


そう思うが、その果実から目が離せなかった。

見た目はどう見ても美味そうなのだ。

艶やかな光沢を帯びた表面と、ふっくらと丸みのある輪郭。


多分これ食えるだろ。

なんの根拠も無い。

もはや自分への言い聞かせに近いものになっている。


それでも不審な色の事はもう気にならなくなっていた。

俺にとってもはやその果物はリンゴだった。

リンゴだということにして、食べるのを諦めるという可能性を捨て去ったというのがどちらかといえば近い。


この極限状態の中、目の前の美味そうなこのリンゴが食べられない方が余程大きな問題だ。


疲れきった身体に鞭を入れて立ち上がると、そこでふと気づいた。

その果実の実っている枝の位置へはどうやっても手が届かないのだ。


ここにへたり込んだときは体力が限界だったため気づかなかったが、樹木自体、かなりの高さがある……。

登ろうにもツルツルした太い幹には手足をかけるようなところもなく、ジャンプしたところで到底届くわけもない。


「クソ……、目の前にあるのに……」


体力ももう限界に近い。

それでも目の前の果実への執着が止められなくて、18にもなろうというのに気付けばリンゴに向かってジャンプを繰り返しながら涙を流していた。


実に情けない。

この年齢の人間がリンゴが食べられないくらいで泣くかね?とも自分自身思ってはいるが、それだけ必死なのだから仕方ない。


だが、今の俺にはどうすることもできない。

体力の限界と共にその場に泣き崩れ、リンゴに向かって縋るように手を伸ばし、ニギニギと手を閉じたり開いたりする。


涙で視界が滲む中、手が届かないとは分かりながらも、しばらくそうしていると手に何かが触れた。


「……は?」


何事かと思い、慌てて目を擦る。

そこには、遥か頭上にあるはずだったオレンジ色のリンゴがあった。


……と言うより浮かんでいた。


空中に。


その瞬間、反射的にそのリンゴを掴み取る。


意味はわからない。

わけも分からないが、俺はとにかくそれを掴み取った。


そして限界だった俺は、リンゴに夢中でかじりつく。


「うまっ……。」


自然と感想が口からこぼれる。

とにかく甘かった。

そして、やはり通常のリンゴでは考えられないほどの水分を含んでいた。

齧った部分から果汁が延々と滴っている。


夢中で半分ほど食べ進めてから、ふと冷静になって手の中の果実を見つめる。


で……これ何?


冷静になってみると当然の疑問が湧き上がってくる。

……こんな果物知らんぞ?


美味いことは美味いが、味も風味も今まで食べたどの果物にも例えられない独特なものだった。


まあ、東南アジアとかのフルーツなんて日本じゃ全然マイナーだろうから、知らないものもあるとは思う。

だが、それがこんなふうに自生している事自体大いに疑問だ。


旅行先での出来事であればなんら不思議ではないが、自室で寝て起きてこれでは全く意味がわからない。


悪い夢でも見ているのかと思ったが、ここに来るまでの間に何回か転んだり枝に引っ掛けたりしてできた傷が痛い。

痛みがあるということは夢ではないようだし……。

まあ今はとにかく空腹と喉の渇きを癒し、失った体力を回復するのが先だ。


とりあえず残りの謎リンゴを食べ尽くし、ようやく人心地がついた。

もう一個食べたいな、と思いかけた時、それよりももっと重要なことを思い出した。


「ん……?ちょっと待て。

俺…このリンゴどうやって手に入れた?

さっき浮いてた?浮いてたよな?」


思わず独り言が出てしまう。

俺が望むと、もしかして勝手に浮かんで降りてきてくれるの?


そんなセルフサービスみたいなリンゴあるわけないだろ。


そんな馬鹿なと自分のありえない思考に自分でツッコミを入れながらも頭の中では考えがグルグルと回ってゆく。

ありえないとは思いつつも先程と同じようにリンゴへ手を伸ばし、降りてこいと念じる。


馬鹿な事をしていると自覚をしつつ、眉間に皺を寄せ小難しそうな顔をしながら念を送る。


プチッと実がちぎれる音がして、そこからゆっくりこちらに向かってリンゴが降りてきた……来てしまった。


「え……マジ?」


そのまま、なんとなくすぐ側にあったもう一つのリンゴにも降りてこいと念じる。

するとまたプチリと実が落ち、ゆっくりと降りてくる。


俺はその光景に呆然としてしまう。


というか……。


リンゴじゃなくて俺じゃね……?


冷静になった今だからわかるが、なんとなくだが、リンゴが勝手に動いているのではなく『俺が操っている』という感覚がある。


根拠はないが、わかるものはわかる。

感覚で理解してしまっているのだから仕方がない。


そのままリンゴだけではなく、辺りの石ころや枝を持ち上げたりしてみる。


「で……出来た……。 おいおいおいおい!! なんだこれ、なんだこれ!!!」


超能力覚醒ですか!?


俺は調子に乗り、カッコつけながら石の礫をいくつか持ち上げ、前方に飛ばす。


気分はさながら土の魔術師だ。


「ゆけ!ストーンバレット!!」


俺に命令された小石たちは――


思い描いていたものとは全く違い、ゆっくりと、歩くような速さで空中を移動し始めた。


………………。


おっっっっっそ!!!


めちゃくちゃ遅いよ!!

なにこれ、あ、そういう感じ!?


じゃあ俺バカみたいじゃん!! ストーンバレット!!って何だよ。

迫真で叫んじゃいましたけど?

マジで近くに誰もいなくてよかった……。


それから色々試してみたが……。


――結論。


ゴミ。


カッコイイことなんて何もできません。


できるのは物を浮かせたり、ゆっくり動かしたりすること。

あとは頑張ったらその場に物を浮かせて固定できるくらい。


少なくとも石ころや枝程度なら、いくつか同時に浮かべても問題なさそうだった。

ちなみに俺自身を浮かせたりはできません。


制約多すぎだし、出来ること少なすぎだろ……。

これでどうしろと?


高いところのリンゴ取るくらいにしか現状利用できませんけど。

こんな大仰な能力使って農作物の収穫ですか?

高枝切り鋏使ったらいいじゃん!!

期待してテンション上げた結果がこれかと凄まじい徒労感を禁じ得ない。


その場にへたり込み、いくつか収穫したリンゴのうちの一つを齧りながら、空中に浮かべた小石や枝葉をぼーっと見つめる。


不思議なことに、能力を使っても疲れはなかった。

こういうものなら、使い続ければ疲れたり、何かしら使用限界が来たりしそうなものだが、今のところその気配もない。


謎の能力に目覚めた直後とは思えないほどテンションが低い……。


まぁ実際本当に謎の能力だ。

強くないしカッコイイ事も出来ないしたいして便利でもない。

ほんとに謎の能力。


しばらくぼーっとしていたが、ふと能力の有用な使い方を思いついた。


俺が思いついたのは、そこら辺にあった倒木を浮かせて、それに跨り、ゆっくり上空へと登っていくことだった。


俺自身は浮かせられない。

でも、俺が乗っている物なら別らしい。


とりあえずこれで周りの状況が見渡せると安堵する。

ひたすら歩き回るしかなかった状況を、好転させる一手になるかもしれない。


360度見渡してみると、どうやらかなり広大な森らしい。

そのまま徐々に高度を上げていくと、少し先に広い街道が見えた。


さらに、その街道には多くの人間らしき小さな黒い点が動いているのが見える。

そして、その黒い点に囲まれるように車が……。


……馬車?


あれ馬車?


なんで馬車……?


よくわからないが、ようやく明確な人の気配を見つける事が出来て安堵感と同時に期待が一気に高まる。


そのままそちらの方向へ動かしていこうと思った矢先、ジワジワとしたナメクジの這うような遅い丸太の移動速度に我に返る。


物体を早く動かすことはできないため、仕方なく地面までジワジワと降下させて地上へと降り立つ。


まじ使えねーんだけどこの能力。


今の一連の動作で高まった期待が台無しだよ!

もう冷静になっちゃったよ!

もう能力に対してのイラつきしか残ってないよ!

テンポ崩すクソ能力がよ。


何はともあれ方向さえ合っていれば迷うことはない。

とにかく俺は、目的地に向かって走り出した。



初めまして。

アクセスいただきありがとうございます。

本日は連載開始につき

第3話まで【6:20/12:20/20:20】の3回に分けて投稿いたします。

よろしければ、お付き合いいただけますと幸いです。

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