014 反省点
陽も沈み始めた夕暮れ時。全身を襲う気怠さをおさめるため自室で軽く仮眠を取った俺はデスクの上でせこせこと作業を進めていた。
未だに全身は酷い筋肉痛に苛まれているが、弱った体に鞭を打ち、ひたすらに脳とペンを動かし続ける。内容はもちろん、今日使った魔道具についてである。
『魔導式可搬型フィールド魔法』
普通、フィールド魔法はその魔力量に応じて術式を唱えた地点を中心にドーム状に広がる魔法であるが、魔力を込めた白露石を触媒にすることで、その“場”を限定することなく持ち運びを可能にした魔法である。また、効果範囲を極小に絞ることで、魔道具所有者のみに高出力の魔法を展開することができ、影響力の小さいフィールド魔法であっても視覚と聴覚を奪い所持者に幻覚魔法を見せることのできる画期的な魔道具なのである。
…………ごちゃごちゃ言っているが、要するに仮想現実だと思ってもらいたい。
実はこの魔道具、まだ完成していないのである。
現段階では敵の攻撃を見切り時間がゼロになるまでひたすら逃げ続ける、いわば“避けゲー”にあたるものだが、本来は敵のモーションに合わせて、特定の場所に効果やダメージを与えるエフェクトが表示される、エリアオブエフェクトゲームなのだ。
制作段階にあたって、正直ハイになっていた。
『自分で考えたオリジナルのゲームを作る』という、ゲーマーにとって至福の時間を送っていた俺は、このゲームがVRであるということを失念していたのだ。
作っておいてなんだが、レベルが10段階あるこのゲーム、実は俺のような弱っちい肉体ではレベル1すらクリアできない。
降りしきる矢の雨、放たれる光の波動。
避けることのできない広範囲に発動したり、反応できない速度で発動したり。
ゲーム内のアバターが動く本来の“避けゲー”と違い、リアルのステータスがもろに出るこの“避けゲー”では、もはや生身の人間にはクリアをすることなど到底不可能なのである。
そういう意味では、逆にうれしい誤算だったと言えよう。
シベリアに渡したのはレベルMaxの10レベル。
意味の分からない速度で、意味の分からない範囲で。
考える間もなく、呼吸する暇さえ与えず、ただひたすらに魔王からの攻撃を避け続ける。
…………無理ゲーだ。正直言って無理ゲーなのだ。
それに加え、まだ製作段階であったため、このゲームにおいて一番重要であるダメージエフェクトが組み込まれていない。ただでさえ求められる反応速度は人間の域を軽く超えているというのに、あらかじめ表示される“予兆”がないため、その危険域を予測さえもできないのだ。
…………クソゲーだ。控えめに言ってクソゲーなのである。
『シベリアは人間よりも身体能力の高い獣人族だし、何秒持つのかな?』 『できれば20秒くらい持てばいいな』……などとゲーム前はそう思っていた。
だが、時間にして二分半。クリア不可能と思われるあのクソゲーを、初見だったはずのシベリアはなんと全クリしかけていた。
…………正直自分の目を疑った。あんなスピード、本当に人間が出せるのかよ、と。
魔法などによる身体強化ではない。――素の肉体で、だ。
前世に培った、取ってつけたような人体学では到底説明のつけようがない。
つまり、俺自身が作った無理ゲーでもシベリアのような人外にはクリアが可能だということだ。
ならばけっこう話は変わってくる。
俺がゲーム制作において一番大事にしていること、それは世界観である。
あのAoEゲームは勇者に憧れる少年が悪と戦い、最終戦争にて愛した少女に嘘をつき、自分が異形に堕ちる代わりに世界を救うという、いかにも厨二心が満載な裏設定がある。
ここでは細かい設定は省略させてもらうが、そんな過去を持つ魔の王が、俺でも避けられるようなへなちょこな魔法など絶対に放つわけがない。
クリア不可能だと分かっていても、どうしても譲れない何かがあった。魔王とは絶望の象徴、そうあるべきなのだ。
シベリアには感謝しかない。本気で俺の作品にぶつかってくれたのだ。そのお陰で光が差した。難易度を変えずに世界観を残しつつ、クリア可能なゲームが作れるということなのだ。
『シベリアならクリア可能。一筋の光あり。』と、ノートに追加する。
……問題はここからだ。
一番の問題、それはこのゲームがVRゲームであるがゆえに、これっぽっちも周りが見えなくなってしまうということだ。
前世でもVRゲームは何本か遊んだことがある。
確かあれはBoBというボクシングのゲームをしていた時だっただろうか。
コントローラーを両手に持ちCPUと戦う対戦ゲームであり、顔の前でクロスして『防御』 左手を突き出して『ジャブ』 右手を突き出して『ストレート』 相手の攻撃に合わせてタイミングよく右手を突き出して『カウンター』 この四つの要素で成り立つシンプルなゲームだった。
俺は強敵との対戦中、防御に徹し相手の隙を伺っていた。最高難易度とはいえあくまでも相手はCPUだ。試合時間も終盤、ゆっくりと時間をかけてすべての攻撃パターンを読み切った俺は、相手のストレートにあわせて、ここぞというタイミングでカウンターパンチを炸裂してやったのだ。
やった、ついに倒したと、喜びもつかの間――一時間後、気が付けば俺は右手をぐるぐる巻きにして病院の中にいた。
…………どういう意味か分かるか? ……ああ、そうだ。俺がカウンターを仕掛けた相手、そいつは鉄筋コンクリートだったというわけだ。
……つまり、同じことがシベリアの身にも起きていた。
目にもとまらぬ速さで動き回るシベリア。バトルフィールドは――地下の闘技場。
いいだろうか。俺が相手にしたのは、ただの鉄筋コンクリートである。
それに対してシベリアが対峙したのは、闘技場の岩壁――――否、この星そのものなのである。
…………うん、正直いって相手が悪かった。
エネルギーは質量かける速さの二乗である。
あの速度で硬い岩壁にぶつかれば、もちろんその衝撃などははかり知れず、そして生身の人間がまともに食らえば…………そりゃあ、ひとたまりもない。
…………大丈夫なのだろうか。今までに聞いたことのない何かがつぶれたような嫌な音が響き、うなだれるようにして壁にもたれかかるシベリアは、絶望に満ちた表情をしていたが……。
あの後、あんだけ派手に事故っておいてムクリとひとりでに立ち上がり、誰の手も借りず医務室に歩いていったのは、これまた衝撃的ではあったが、それを抜きにしてもこれからは周囲のチェックを怠らずに、安全確認をしっかりとしたうえでゲームを遊ぶべきだろう。そもそもすぐにゲームオーバーになるから大丈夫だと高を括り、何も考えずボーっとしていたこと自体が間違いだったのかもしれないが……。
『VRで遊ぶときは一日一時間、周りに気をつけて遊ぶべし』とノートに追加する。
……しかし、これらを踏まえたうえで、リアリティーの追求、世界観の構築という面ではVRはあまり向いていないのかもしれない。いま一度いうが、VRの最大の欠点は現実とのギャップだ。その世界観に閉じ込めるという点ではVRは没頭しやすいものなのかもしれないが、体験している本人は視覚と触覚とで結構なギャップを感じているものだ。
例えば、銃を撃ち、敵を倒すだけの簡単なシューティングゲームがあるとしよう。
リアリティーを追求するためサブマシンガンの形をした鉄製のデバイスを持ち、銃弾が出るトリガーを銃の引き金に変更する。服装は一式迷彩柄のものを纏い、ヘルメットにグローブ、顔にはマスクまでつける。
……だが、そこまで準備してもなお、遊んでみれば本人は見ている景色と現実の感覚とのギャップを結構感じているものなのだ。
硝煙の匂いがしない。銃の反動を感じない。些細なことではあるが、その些細な違和感が重なり合い、あくまで仮想であると、これはゲームなんだと、どこか勝手に脳が引いてしまう。生死をかけたハラハラとした感覚はなくなり、三人称視点のように、アバターを俯瞰して見ている感覚に陥いってしまうのだ。
まあ、実際にゲームをしているわけだ。何も間違っていないと言えば間違っていないのだろうが……。でもなんというか、尿意を我慢して映画を見ているときのような、といえばよいのだろうか。没頭感がないというか…………こう、画面の端がきれずにフレームが残って邪魔をしてくる……みたいな???
俺の欠如した語彙力のせいで諸君らにはあまり伝わらなかったかもしれないが、それはいったん置いておいて、平たんな場所が少ない、まあ土地はあるにはあるのだが、整備が十分に行き届かないこの世界では、身体を大きく動かすようなVRゲームは、できるだけ控えた方が良いのかもしれない。
回りが見えないというのは深刻なデメリットだ。森などの木々が生い茂るステージでは、障害物を避けるという概念が彼女にはなく、枝を踏み台にしようとして盛大に転んでしまうということもあるのかもしれない。
…………危ない。危険である。
もし、その先に何も知らない一般人がいたら、その人は急に飛んでくるライダーキックの餌食になってしまう。極度のマゾヒストであっても、岩壁よりも固い女の跳び蹴りなどまともにくらいたくはないだろう。(…………死んでもなお頬で受け止めるというのが、真のマゾヒストの矜持なのかもしれないが。)
…………まあ、なんであれ、このままだと多方面に被害が出てしまう。完成したら、真っ先に妹のリリアナに遊んでもらうのだ。可愛い妹が壁にめり込む姿など、絶対に見たくはない。
やはり、仮想世界にはこだわらず、拡張世界にするべきだろう。
外界との情報が完全にシャットアウトされるVRと違って、ARは現実の風景にデジタルの情報を付け加える技術であり、……いわば補助のようなものだ。
あくまでもメインは現実であり、見えている景色と触れた感覚に大きなズレはない。
そのおかげで足元が不安定な場所や地下のような狭い場所でも、安全を確保してゲームが可能になる。周囲の状況を把握しながら行動できるため、不意の衝突や転倒のリスクも大きく減らせるというわけだ。
もちろん、ARはあくまで補助にすぎない。バトルフィールドは現実のものになるため、砂浜で森の精霊が表われたり、公園に魔王が降臨したりと、世界観が壊れてしまうことも多少はあるだろう。
だがその分、違和感のなさと安全性は段違いだ。
多少の没入感は減るかもしれないが、現実を活かした戦いというものが可能になる。実際の地形をそのまま利用できる以上、戦術の幅も大きく広がり、戦場は二次元から三次元に。与えられる情報はより増え、リアリティーは増し、頭の回転やとっさの判断なども求められるようになるだろう。
それにバトルフィールドによる世界観のズレも多少はカバーが可能だ。
この世界はあくまでも異世界である。
民家、森、冒険者ギルド、スラム、ダンジョン。
それっぽい場所など、探せば腐るほどある。
そもそも題材が異世界のファンタジーなのだ。何をしないでいても、この世界に生きている時点で半分ゲームの中にいるといっても過言ではない。
ならばあとは簡単だ。ボスの世界観に合った場所をあらかじめ指定しておき、その指定した場所に近づくと魔道具が勝手に作動して、ストーリーが進み、戦闘が始まるように設定すればよいわけだ。
VRのようにシチュエーションに合った風景をわざわざ作らずとも、現実の風景だけで十分に雰囲気は出る。
まずは慣れ親しんだ屋敷内から始めるとして、ゆくゆくは領内全体を使った大規模な長編ゲームにしても面白いかもしれない。
ストーリーを進めながら領内を巡る。
ゲームとして遊べるうえにちょっとした観光気分も味わえて、一石二鳥で案外悪くない気がする。
『ARに大幅変更。まだまだ改良の余地あり』とペンを走らせノートを閉じる。
11時55分。セーフということにしてください。




