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EP 4

駐日アメリカ大使との会談(外交無双)

昭和11年4月。

桜が舞い散る首相官邸の特別応接室。

駐日アメリカ合衆国大使、ジョセフ・グルーは、極めて重苦しい表情で長椅子に腰を下ろしていた。

彼は親日家であり、日本の文化を深く愛していたが、それゆえに一部の軍部が引き起こした「二・二六事件」には強い危機感を抱いていた。

『軍部の暴走を止められなければ、いずれ日米は破滅的な戦争に突入する』。

それが、本国ワシントンへ送り続けている彼の悲痛な報告だった。

「……お待たせして申し訳ない、グルー大使」

重厚な扉が開き、長身の総理大臣・近衛文麿(中身は若林幸隆)が姿を現した。背後には、葉巻をくわえた外務大臣の吉田茂がニヤリと笑って控えている。

「近衛総理。本日は我が国の国務省からの、強い懸念をお伝えせねばなりません。貴国の満州における軍事行動、および……」

グルーが通訳を介して、ワシントンからの堅苦しい「建前」を述べようとした、その時だった。

「Skip the Washington talking points, Ambassador.(ワシントンの台本は飛ばしましょう、大使)」

幸隆の口から、極めて流暢で、かつアメリカのビジネスマンが使うような洗練された英語が飛び出した。

元・外務大臣政務官にして、国際法務を渡り歩いてきた弁護士。現代のネイティブすら凌駕する、交渉のための「生きた英語」だ。

「そ、総理……? 英語を……?」

グルーは目を丸くした。史実の近衛文麿も英語は解したが、これほど堂々とした、相手の懐に踏み込むような発音ではなかったはずだ。

「通訳は下がれ。ここからは俺と大使の、サシのビジネスだ」

幸隆が顎でしゃくると、通訳官は一礼してそそくさと退室した。

応接室に残されたのは、幸隆、吉田、そして驚愕するグルー大使のみ。

「コーヒーでいいかな。さて、グルー大使。あなたが本国(ルーズベルト大統領)から言われていることはわかっている。満州国の不承認、門戸開放、そして道徳的な非難だ。……だが、道徳モラルで飯は食えない」

幸隆は、自身のデスクから一冊の分厚い皮装丁のファイルを取り出し、グルーの目の前に滑らせた。

表紙には英語で『日米満産業開発公社・設立趣意書』と印字されている。

「これは……?」

「読んで字の如くさ。我が国は、満州における鉄道、鉱山、油田開発の全権益のうち『49パーセント』を、アメリカの民間資本に開放する。すでにロックフェラーとフォードの代表団とは、外相の吉田が話をつけている」

「なっ……!?」

グルーは、椅子から転げ落ちそうになった。

「ば、馬鹿な! 満州の権益を半分アメリカに渡すなど……日本の軍部が絶対に承知しませんぞ! 貴方は暗殺される!」

「俺の命の心配をしてくれるとは、やはりあなたは良い友人(味方)だ」

幸隆はフッと笑い、チェリーに火を点けた。

「だが、心配には及ばん。暴走する狂犬(軍部)には、すでに特上の『猟犬』を番犬として配置してある。誰も俺を殺せやしない。……俺があなたに求めているのは、この『巨大な利権の塊』を、ワシントンの政治家どもに売り込んでもらうことだ」

グルーはファイルをめくる手を震わせた。

そこに書かれている数字は、天文学的な利益を約束していた。もしこれが実現すれば、大恐慌の爪痕に苦しむアメリカ経済にとって、これ以上ない特効薬となる。

ウォール街の資本家たちが、この甘い汁を逃すはずがない。

「総理……貴方は、アメリカの資本家たちの『強欲』を利用して、満州を事実上、日米の共同統治領にするおつもりか。……ソ連の南下を防ぐための、人間の盾ならぬ『資本の盾』として」

長年、外交の世界で生きてきたグルーは、幸隆の恐るべき「悪魔の絵図」を即座に理解した。

もしアメリカの巨大資本が満州に入れば、アメリカ政府は日本に経済制裁(石油の禁輸など)を行えなくなる。自国の資本家が大損するからだ。

「その通りだ。大使、戦争は高くつく。血を流しても儲からない。……だが、ビジネスは互いを豊かにする」

幸隆は、グルーの目を真っ直ぐに射抜いた。

「俺は、日本を大国にしたい。アメリカを敵に回して泥沼の戦争をするつもりなど毛頭ない。だから、最高のビジネスパートナーとして、アメリカ合衆国を俺の盤面ボードに招待してやると言っているんだ」

沈黙が、応接室を支配した。

やがてグルーは、深く、深く息を吐き出し、まるで巨大な怪物を見上げるような目で幸隆を見つめ返した。

「……近衛総理。私は長年、日本という国を見てきましたが……貴方のような恐ろしい政治家に出会ったのは初めてだ。軍部の急進派などより、貴方の頭脳の方がよほど世界の脅威になり得る」

「最高の褒め言葉として受け取っておこう」

「……本国へ、直ちに暗号電報を打ちます。ウォール街の連中が、狂喜乱舞する姿が目に浮かぶようだ」

グルーが完全に白旗を揚げ、そして幸隆の「共犯者」へと堕ちた瞬間だった。

ソファの奥で、吉田茂が愉快そうに葉巻の煙を燻らせている。

最強の与党幹事長による、日米開戦という「破滅の歴史」の完全なる書き換え。

一発の銃弾も使わぬその無血の勝利は、いよいよ世界を巻き込む巨大なうねりとなっていた。

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