表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/142

EP 3

満州防衛線・現代の「合弁会社」スキーム

昭和11年3月下旬。

東京・霞が関の外務大臣執務室からは、今日も豪快な笑い声と、高級葉巻の香りが漏れ出していた。

「ガハハハッ! 金の亡者どもめ! 結局、正義だの人道だのと言っても、目の前に積まれた札束の山には勝てんということだ!」

外務大臣に就任した吉田茂は、革張りのソファに深々と身を沈め、受話器をガチャンと置いた。

その顔には、獲物を仕留めた猟師のような、獰猛な笑みが張り付いている。

「総理、朗報ですぞ。アメリカの『スタンダード・オイル(ロックフェラー系)』と『フォード・モーター』の極東代表部が、釣れました」

吉田の視線の先には、わざわざ外務省まで足を運んでいた幸隆が、チェリーを吹かしながら座っていた。

「ほう。早かったな、吉田」

「ええ。彼らは最初こそ『満州国などという傀儡国家に投資はできん』と渋っておりましたがね。私が『ふむ、ではこの巨大な未開発市場の独占権は、ドイツの財閥にくれてやることにしますかな』とカマをかけてやったら、顔色を変えて食いついてきましたよ」

吉田は葉巻の灰をコンコンと落とす。

「契約の草案ドラフトは、総理の描いたシナリオ通りに進めております。『日米満にちべいまん産業開発公社』……。資本比率は日本が51%、米国が49%。経営権は日本が握るが、利益の半分はアメリカの資本家に流れる」

「上出来だ」

幸隆はニヤリと笑った。

同席していた大蔵省の木崎局長が、恐る恐る口を開く。

「しかし、総理……。満州の権益を半分もアメリカに渡してしまうなど、軍部や右翼が黙っていないのでは? 『売国奴』と批判される恐れがあります」

当時の感覚では、血で購った満州の権益を外国に切り売りするなど、あってはならないことだった。

だが、幸隆は冷たく言い放つ。

「木崎。お前はまだ『政治』がわかっていない」

「は……?」

「いいか。これはただの投資話じゃない。……『人質』を取るんだよ」

幸隆は、執務室の世界地図の前に立ち、満州の部分を指差した。

「近いうちに、世界はブロック経済化する。アメリカは日本への石油輸出を止め、経済制裁(ABCD包囲網)で我々を干し殺そうとしてくるはずだ。史実(歴史)の通りになればな」

幸隆の脳裏には、石油の一滴を求めて無謀な戦争へ突入し、焼け野原になった日本の未来が焼き付いている。

「だが、もし満州の油田や鉱山、鉄道の半分が『ロックフェラーやフォードの持ち物』だったらどうなる?」

木崎がハッとして目を見開く。

「アメリカ政府(ルーズベルト大統領)が日本への石油輸出を止めようとすれば、アメリカの財界スポンサーが猛烈に反対する。『我々の資産である満州の産業を殺す気か!』とな」

「その通りだ」

幸隆は不敵に笑う。

「さらに、北のソ連も手を出せなくなる。もしソ連軍が満州に攻め込めば、それは日本の権益だけでなく、アメリカの巨大資本を爆撃することになるからだ。……そんなことをすれば、アメリカという眠れる巨人が黙っちゃいない」

「な、なるほど……!!」

木崎は震えた。

満州にアメリカ資本を引き込むこと自体が、最強の『防波堤』になる。

軍隊を駐留させるよりも遥かに強固な、カネと欲望による『安全保障条約』。

「これが現代(俺)流の『毒まんじゅう』だ。アメリカにはたっぷりと甘い汁を吸わせてやる。その代わり、彼らは日本という国を絶対に殺せなくなる」

「クックック……。まったく、総理の性根の悪さには惚れ惚れしますな」

吉田茂が愉快そうに膝を叩く。

「軍部が『精神論』で国を守ろうとしている間に、我々は『強欲』で国を守る。……痛快極まりない!」

「さて、仕上げだ」

幸隆は立ち上がり、襟を正した。

「次は、アメリカ合衆国大使、ジョセフ・グルーとの会談だ。財界カネの話はまとまった。あとは外交官(政治)のメンツをどう立ててやるか……。吉田、通訳はいらん。俺が直接ねじ込んでやる」

「御意。……お手並み拝見といきましょう」

昭和11年、春。

歴史の歯車は、幸隆の仕掛けた巨大な「経済の罠」によって、日米開戦という破滅のルートから大きく外れようとしていた。

最強の幹事長と、最強の外交官。

二人の怪物が、ついにアメリカという巨象を狩りに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ