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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第1章 懐かしき『コーラル』
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第6話 カードでぼろ儲け


 2人と話している間も列は少しずつ前に進んだ。同時に、俺の後ろにも列が出来ていってたから、本当にこの街は人の出入りが多いんだろう。

 やがてアランとレベッカの順番が回ってきたため2人を見送り、それからさほど経たずに俺の番が来た。


「ようこそ、ウサへ。前にもこの街に来たことがあるか?」


 門の脇に備え付けられていた小部屋に入ると、そこには簡素な鎧を着た中年男性と少しかっちりとした服装の若い……といっても30歳ぐらいの男性がいた。

 部屋に入った俺に声を掛けたのは木製の机の前で椅子に座った若い男の方で、中年男性は部屋の扉の横でビシッと姿勢よく立っている。多分、中年男性の方はこの街に詰めている兵士、若い方は文官だろう。


「いえ、初めてです」


「じゃあまずはこの紙に必要事項を記入してくれ。それから、後で身元確認をするからステータスカードかギルドカードの準備を」


「あ」


 しまった、身元確認。


 【鑑定】で相手の身元を確認出来ればこんなことをする必要は無いんだろうけど、他者を鑑定しようと思ったら【鑑定】の中でも特に【上級鑑定】を必要とする。


 しかし【上級鑑定】が使える者は、実はかなり少ない。


 まず第一に、【鑑定】はスキルでは無く魔法である。そもそもこの時点で魔法適性が無い者は使えない。

 そして【鑑定】を大雑把に分けると、無機物を鑑定するのが【下級鑑定】、自分を鑑定するのが【中級鑑定】、他者を鑑定するのが【上級鑑定】だ。もっと細分化することも出来るが、概ねはこの認識で間違っていない。上中下と言われるだけあり、位が上がる程その術は難しくなり、使い手は減る。


 俺はついさっき普通にアランとレベッカのステータスを見ていたけど、それは俺がこれでも一応世界最強最高と言われた魔法使いだからだ。実は凄いことだったんだぞ、えっへん。


 【上級鑑定】の使い手が少ないことは、俺にとっては非常にありがたい。だって俺のステータスを見られると厄介極まりないし。けど、今回のような場合はちょっとばかり面倒だなぁ。


「すみません、ちょっとステータスカードを家に置いて来ちゃってて……ギルドには登録してないから、ギルドカードも持ってないんです。どうしましょう?」


 嘘では無い。ステータスカードは一応持っていたけど日本に帰る時に家に置いて行ってたし、ギルドカードに至ってはかつて俺たちが冒険者としてギルドに登録して活動してた頃はまだ存在していなかった。だからどちらも持ってないのだ。

 尤も、例え今ステータスカードを持ってたとしても、とてもじゃないけど人に見せられやしないのだからどの道提示出来ないんだけど。


「気にするな、ステータスカードの再発行すればいい。そういう奴はたまにいるんだ。特に最近は、祭りが近くて浮き足立ってる奴も多いしな。ただ、再発行に銀貨1枚が必要だぞ」


 銀貨1枚、か。やっぱり再発行は高く付くなぁ。

 俺が小さく溜息を吐いたのに気付いたのか、文官(仮名)は片眉を跳ねさせた。


「もしかして手持ちも無いのか? その場合は1度こっちで立て替えて、後で返してもらってもいいが」


「あ、大丈夫です。それぐらいはありますから」


 かつて日本に帰る時、俺は当時の『コーラル』での所持金も全て家に置いて行った……つもりだった。

 しかし帰ってから気付いたのだが、持ち帰った財布の日本の小銭に『コーラル』の貨幣が混じっていたのだ。

 恐らくだが、あれはまだ俺が『コーラル』の召喚されてさほど経っていない頃に日本から持って来てた財布に入れたまま、完全に忘れ去っていたものだったんだろう。それを見付けた時は驚いたが、今回は意外な所で役に立った。


 ただ、当然その金額は大きくない。だって本当にちょっと混ざり込んでただけなんだし。

 総額は銀貨3枚と銅貨5枚。この時代にこれだけの所持金で何が出来るのかが今一解らないから、少なからず不安でもある。実際、かつて俺が日本に帰る直前頃なら、ステータスカードの再発行代は銅貨6枚ほどだったはずだし。色々と物価も変わってるんだろうなぁ。


「そうか、それじゃあまずはこっちの用紙に必要事項の記入だ」


 言われ、俺は用紙と羽ペンを受け取る。と同時に、文官(仮名)は机の引き出しを漁り出した。

 えーっと、記入必須なのは名前・性別・年齢・種族か。年齢は外見年齢に合わせて14才にしといて、っと。

 任意でレベルや職業、その他諸々……任意なら別にいいや。適当なこと書いてボロが出たりしたら厄介だし。


「書きました。これでいいですか?」


 言って渡すと、文官(仮名)はそれを読んで頷いた。特に疑問は持っていないようだから、きっと俺のように記入必須のものしか書かないって人は多いんだろう。


「よし、それじゃあこれを。やり方はわざわざ説明するまでも無いな?」


 次いで文官(仮名)が渡してきたのは、薄いプレートと針。このプレートが、まだ個人登録をする前のステータスカードだ。


 さっきも言ったように、諸事情によって他者のステータスを容易に覗き見ることはそうそう出来ない。しかしそれを可能にするマジックアイテムがこのステータスカードだ。


 さて、この時代のステータスカードの構造はどうなってるのか……ふむ、素材は下級魔石、付与エンチャントされてるのは【中級鑑定】に【個人識別】に【魔力感知】に【不消去アン・デリート】。昔と同じ、というか、全く変わって無い。

 これなら問題無いな。場合によってはこの場にいる2人に催眠魔法をかけて誤魔化さなきゃいけないかと思ったけど、その必要も無くなった。


 俺はプレートと針を手に取って、次の瞬間。


「あ、ごめんなさい」


 ついうっかりを装ってそのプレートを取り落した。床に落ちたプレートを拾うためにしゃがみ、2人に『その瞬間』が見えないように体の位置や角度に気を付けつつ、そして。


(【不消去アン・デリート】を解除。【中級鑑定】を【消去デリート】……そして【念写】と、再び【不消去アン・デリート】を付与エンチャント


 一瞬でプレートに付与された魔法式を全く別のものに書き換えた。その瞬間は淡い光が点ったが、しかし気を付けていたためか気付かれることも無かったらしい。

 そして立ち上がると針で指先を刺してステータスカード……いや、もう念写カードと言うべきか。それに一滴血を垂らし、そして魔力を注ぎ込むとプレートの表面にいくつかの情報が浮かび上がる。


「出来ました。これでいいですか?」


 文官(仮名)に渡した新しいステータスカードには、こう書かれている。


[ステータス]

名前:トーマ・スズシロ

レベル:5

年齢:14

性別:男

種族:ヒューマン


 明らかに間違っている箇所が2つほどあるが、そんなことは知らない目の前の男はそれを確認すると1つ頷いた。


「よし。それじゃあ後は、ステータスカードの再発行代と入門手続き料が合わせて銀貨1枚と鋼貨3枚だな」


「……へ?」


 ステータスカードの再発行代は承知してたし、手続き料も予測はしてたけど……コウカ? コウカって何? いや、話の流れからお金なんだろうとは思うけど。当たり前のようにコウカって口にするからには、珍しいお金とかじゃないよな? ってことは、聞き返したら怪しまれるか?


「……銀貨2枚で良いですか?」


「ああ。それじゃあ、鋼貨7枚の釣りだな」


 2枚の銀貨を渡した後で返ってきたのは、黒っぽい色をした7枚の硬貨だった。これは……鋼か? あ、コウカのコウって鋼のことなのか!

 あらま……まさか新たな貨幣が流通してたとは。昔は大白金貨・白金貨・金貨・銀貨・銅貨・石貨だったんだけど。銀貨2枚を渡して鋼貨7枚の釣りってことは、鋼貨の価値は銀貨と銅貨の間か?

 となると俺の所持金の銅貨5枚、かなり価値が下がってるんじゃないか? 


「これで手続きは完了だ。では改めて……ようこそウサの街へ!」


 こちらが頭の片隅でちょっと落胆していることなんて当然気付くはずも無く、文官(仮名)はニッコリ笑って俺を街へと送り出した。



====================



 小部屋から出て壁門をくぐりながら、再発行してもらったステータスカード……もとい偽造したステータスカードをしげしげと眺める。


 本来、ステータスカードの偽造は重罪だ。ステータスカード、そしてそれから派生した技術によって生み出されたギルドカードは全世界共通の身元証明証なのだから、日本でいうなら公文書偽造に当たるだろう。


 しかし今回ばかりは、混乱を避けるためにもやむを得ないはずだ。


 だってエルフや竜人、それに亀の獣人などのような長命種ならまだともかく、ヒューマンで625才ってあり得ないし。

 しかもレベル4563って可笑しいだろ。一流の冒険者やその人ありと謳われるような軍人でも500かそこらなんだぞ。『支配』の魔王を倒した当時でさえ、俺をパーティメンバーは1000前後だったんだ。『厄災』と戦うために無茶な修行をしたから今のこのレベルがあるけど。


 そんなわけで、止むに止まれずステータスカードを偽造した。反省も後悔もしていない。


 ステータスカードは、血液に含まれる魔力によって【個人識別】を発動させ、登録。【魔力感知】によって登録した魔力を感知すると【中級鑑定】が発動されるというのが主な仕組みだ。ちなみに上級ではなく中級の【鑑定】なのは、カードに登録した持ち主(=自分)を鑑定するからである。

 しかし世の中には付与エンチャントした魔法を剥がす【消去デリート】という魔法がある。そのため【消去デリート】を弾き飛ばす【不消去アン・デリート】も付与エンチャントしてコーティングされている。【不消去アン・デリートはその特性上【消去デリート】が効かないため、剥がすには魔法式を解析、解除しなければならない。

 今回俺がやったのはその【不消去アン・デリート】の解除、そして【中級鑑定】を【消去デリート】して代わりに【念写】を付与エンチャント。その後再び【不消去アン・デリート】も付与エンチャント……と、そういうことだ。


 この【念写】とは本来、考えていることやなどを対象に投影するための魔法である。それによって俺は、このステータスカードに表示される内容を俺の好きなように改竄したのである。


 普通ならば、ここまで簡単にステータスカードの偽造なんて出来やしない。だからこそ身元証明証として絶大な信頼を得ているのだ。ステータスカードの偽造は重罪とされていながらも、実際に偽造出来たという話は聞かない……ただ、発覚してないだけで出来るヤツもいるのかもしれないけど。


 ちなみに何故俺がこんなに簡単に偽造出来たのかというと、その答えは極めて単純明快。


「いくら実績があるって言ってもさ……約1400年も前の技術を盲信するのはどうかと思うけどね。尤も、俺のこの技術も1400年ぐらい前のなんだから、時代の変化もあまり関係無いかもしれないけど」


 そもそもこのステータスカードはかつて俺とダイゴ……かつての仲間の錬金術師で作り出したものなのだ。

 さらに言うと、【個人識別】と【不消去アン・デリート】もそもそもは俺が作った魔法だったりする。だからこそ、本来なら難解な【不消去アン・デリート】の解析・解除も俺には一瞬で出来る。だってそもそも構築したのが俺なのだから。


 懐かしいなぁ。ステータスカードは元々、俺たちのお遊びから開発に乗り出したんだよな。それで上手くいったら、身元証明証としても使えるから売り込めって知り合いの商人に言われて……数年で世界中に広まったっけ。


 ただ、俺たちが作ったオリジナルは世界に広めるには色々と問題があったけど。


 まず第1に素材が希少過ぎたため、ランクを落とさなきゃいけなくなった。そのせいで一般的なステータスカードは名前・年齢・レベル・性別・種族ぐらいしか表示できない。


 第2に、ステータスカードを構成する上で必要な魔法の付与エンチャントが出来る人材がいなかった。付与エンチャントするためにはまずその魔法を使えなきゃいけないのだけど、【中級鑑定】と【魔力感知】はともかく、当時は【個人識別】と【不消去アン・デリート】を使えるのが開発者の俺だけだった。誰かに教えるにも、どちらの魔法式も結構複雑だから誰でも覚えられるってもんじゃなくてなぁ。

 その上、ただ魔法を付与エンチャントするだけじゃなくて、それぞれの魔法がちゃんと組み合うように構築しなきゃいけなくて……もう面倒くさくなって、ステータスカードに魔法を付与エンチャントするためのマジックアイテム作っちゃったっけ。


 マジックアイテムを作るためのマジックアイテムを作るって何か可笑しいが、もう仲間内で研究に研究を重ねて何とかした。そして完成したその付与機――そのまんまなネーミングである――を量産し、あちこちに配った。


 俺たちがここまでステータスカードの作成と普及に拘ったのには理由がある。といっても、単純な理由だけど。


 要は資金が欲しかったのだ。


 ステータスカードを世界に広める上で、俺とダイゴは各国とある契約を交わした。それは『ステータスカードを1枚発行する毎にそれぞれその5分の代金を貰う』というものだ。長い目で見れば、技術そのものを売るよりもそっちの方がいいと判断した。

 つまり今回の俺で例えると、ステータスカードの再発行に銀貨1枚だったからその5分、鋼貨1枚の半分――恐らくは銅貨何枚か分――が俺の懐に入るわけだ。

 1枚発行するだけならば大した金額では無いが、全世界の住人に発行するとなると話は変わる。しかも人はまた新たに生まれてくるため、その人たちもステータスカードを取得するように義務付けることが出来れば継続的に収入が得られるってわけだ。


 ステータスカードの取得を義務化してもらい、初めは極めて安価……原価ギリギリで発行する。それによって人々が当たり前のように1人1枚はステータスカードを取得してもらう。

 しかし失くしたり壊したりしてしまって再発行する場合やさらの多くの情報を得るためにより質の良いステータスカードを発行してもらう時にはそれなりに高額に設定する。


 結果は一言で言えば、ガッポガッポのウッハウハだった。


 しかもそのしばらく後には冒険者ギルドの依頼を受けてギルドカードも作成したら更に儲かった。

 

 あ、ついでに言うと、その儲けた金は俺ん家の金庫に自動的に送られることになってる。付与機にその機能も搭載したのだ。


 それら諸々の後に『厄災』の魔王の侵略が始まって当時の国々の殆ど……ぶっちゃけ9割以上が滅んだ後もステータスカードの風習は廃れず、ギルドカードの普及も進み、俺が生活・研究資金に困ることは無かった。まぁ、俺にはそれら以外にも開発したものは色々あるけど、最も大きな儲けはこれだ。


「だから俺としては、まだ付与機を使ってくれてるのは儲け的な意味で嬉しいけど……あれから1400年、俺が日本に帰った頃から考えても約800年。そろそろ新技術が出ててもいいと思ったんだけどね。ま、こっちはお陰で助かったよ」


 俺は軽く鼻歌を歌いながら、ウサの街に足を踏み入れた。


 よくよく考えて気付いたけど、まさか800年近くひたすら溜め込まれたであろう資金で俺の家、潰れてないよね……?

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