第5話 まずは情報収集を
「……ごめん。友達と似てたもんだから、つい」
目の前の少年は確かにパッと見ではアルにそっくりだったけれど、落ち着いて見てみれば魔力や気の質がまるで違うため、すぐに別人だということは解った。なのですぐさま軽く謝罪する。
アラン少年は特に気にしていなかったようで、俺の謝罪をすぐに受け入れてくれた。
に、しても……。
アラン少年と猫耳少女はキョトンとした顔をしているけれど、さっき俺が『アル』と名前を溢したその一瞬、少しだけ視線を感じたのが気になる。一瞬、だけれどやたら鋭い棘を含んだ視線だったように思う。
視線を感じたのは本当にその一瞬だけで、それ以外では視線どころか気配すらも感じないのだから、その誰かさんはよっぽど隠行が上手いらしい。この俺ですら気付いていなかったぐらいだし。
恐らくは、元々監視されていたのだろう。対象がこの2人なのか俺なのかは今の所不明だけど……でも、ついさっき約800年ぶりにこの世界に来たばかりの俺が監視されるような謂れは無いはずだし、そうなるとこの2人が? 何者なの、この子たち?
まぁいい。どうせ今だけの縁だ。俺には関係無い……待て。ひょっとしたらこいつ、まさか……いや、だから何だ。もしも『そう』だったとしても、アルが死んでからもう1400年近く経ってるんだから。
気を取り直して当初の目的を果たそう。
「突然ごめん。俺はトーマ・スズシロ」
「トーマス!? え、あなたトーマスっていうの!?」
名乗ると猫耳少女が目を剥いた。俺はそれに苦笑を返す。
「トーマスじゃないよ。トーマ。で、スズシロが姓」
「あ、何だ。大賢者様と同じ名前なのかと思っちゃった」
そう。実は後の世……つまり現在には大賢者の名は『トーマ・スズシロ』では無く『トーマス』として伝わっているのだ。
元々はかつて、2度に渡る魔王の侵略の傷跡によって混乱を極めていた情勢の中で姓名の区切りがズレたことで偶発的に生まれた間違いであり勘違いだったんだけど、俺としてもその方が都合が良かったために否定しなかった……どころか当時の仲間ぐるみで積極的に肯定しておいたため、後世には大賢者の名は『トーマス』として伝わったのだ。だってさ、名乗るだけで騒がれたら面倒じゃん。
「あたしはレベッカ・リース。で、こっちが」
「アラン・リース。よろしく」
まずは猫耳少女改めレベッカが、次いでアランが手を差し出してきたため、順にその手を握りながら挨拶を交わす。
同じ姓……でも、夫婦にしては若すぎる。ってことは。
「よろしく。2人は兄弟なのか?」
でもその割にはアランはヒューマン、レベッカは獣人と種族が違うみたいだけど。
「えぇ、そうよ。といっても、血は繋がってないけど。あたしは養子だから」
やっぱりね。そしてレベッカのこのあっさりとした調子からすると、普段からこういったことは聞かれ慣れてるんだろう。
「そっか。悪いね、不躾で……それより聞きたいことがあるんだけど」
えーと、まずはやっぱこれだな。
「変な事を聞くけどさ、ここってどこなんだ?」
「え?」
「いや、ちょっと空間魔法に失敗して飛ばされちゃって。全く予想外の地点に落ちたもんだから、ここがどこだか解らないんだ。俺ん家は白大陸の南方、テンザン大迷宮の辺りにあるんだけど……」
「それはまた……随分と飛ばされたもんだな」
俺の告白にアランは唖然としている。レベッカに至っては完全に絶句だ。おい、ここってそんなに遠いのか?
俺の疑問が顔に出ていたんだろう。アランは小さく溜息を吐き、哀れむような目をこちらに向けた。
「ここはユウリン王国、ウサの街だ。赤大陸の西方だからな、テンザン大迷宮とは距離的にはそこまで離れてるわけじゃない。ただ、大陸が違うから……そっちに帰ろうと思ったら、ちょっと面倒だろうな」
ユウリン王国にウサの街、か。聞いたことの無い地名だ。多分、俺がいなかった約800年の間に興った国であり、街なんだろう。
けど、流石に大陸の名称は変わって無いらしい。
東の青大陸、西の白大陸、南の赤大陸、北の黒大陸、そしてそれらの中央に位置する黄大陸。『コーラル』はこの5つの大陸と、点在する大小様々な島々から成る。
「白大陸から……ってことは、その変な服は白大陸の流行りなの?」
驚きから回復したのか、レベッカは俺の身なりについて言及してきた。
そうか、やっぱりこの格好は変か。いや、解ってはいたんだけど。俺ってば思いっきり自宅で着替える気満々だったから、日本から着の身着のままで転移してきたからさぁ。
「いや、これは白大陸の流行りじゃなくて、俺らの……民族衣装? 的な?」
主に10代前半~後半の日本男児の相当数が着用する、学ランという名の。
「何で疑問形なの?」
「いいからいいから。それよりもう1つ聞きたいんだけど、このウサの街には冒険者ギルドってある?」
「そりゃあるわよ。ウサはリンユウ国内でも王都に次ぐ規模がの街だもん……登録する気?」
「まぁね、手っ取り早く稼ぎたいから。これでもそれなりに腕は立つつもりだよ」
魔王を倒して世界を救えるぐらいには。
しかしそんな裏事情なんて知るよしも無いレベッカは、胡乱げな眼差しを寄越してきた。
「え~? でも、魔法に失敗してこんな所にまで飛ばされちゃったんでしょ?」
「うぐっ!」
くっそう、否定出来ないのが辛い……。
言葉に詰まった俺に、レベッカはビシィッと指を突きつけてきた。
「まぁ、高位魔法の空間魔法じゃあ失敗しても仕方ないかもだけど、忠告しといてあげる。身の丈に合わないことしてちゃ、冒険者は務まらないわよ」
「こら、人を指差すんじゃない」
もの凄いドヤ顔にイラッとしつつも、言ってること自体は正論なため反論はしない。そんな俺に代わってアランがレベッカを窘め、次いでフォローに入ってきた。
「ごめんな、偉そうなこと言って。こいつの言ってることは、まんま父さんの受け売りなんだ。今度は自分が言えるからって調子に乗ってるんだ」
あ、やっぱ調子に乗ってたんた。内情をバラされて決まりが悪いのか、レベッカは明後日の方向を向いた。
でも、そんな教えを受けてたってことは。
「ひょっとして、2人も冒険者になるつもりでこの街に?」
尋ねてみると、2人は頷いた。
「そ。俺らはここから西に歩いて5日ぐらい所にあるイスメ村の出身で……あ、俺らは徒歩じゃなくて荷馬車に乗せてもらって来たんだ。その荷馬車は入門手続き必要無いから、俺らだけここで下ろされたんだけど」
ほうほう。
「昔から、冒険者に憧れててさ。そしたら父さんが俺らに色々教えてくれたってわけ。だから、俺らも多少は腕に覚えはあるよ」
「何、お前たちの父親って元冒険者か何かなのか?」
「さぁ? 俺らにとってはただの宿屋の親父だったけど、元々はイスメ村の人じゃなかったらしいし、もしかしたらそうだったのかもな。昔は気になって訊いてみたことあったけど、はっきりとは教えてくれなかったから、実際の所はよく解んねぇなぁ」
なんつーか、ミステリアスな親父さんだなぁ。
ふむ、ちょっと見てみるか。
(【鑑定】)
好奇心に駆られ、気付かれないようにこっそりと【鑑定】を用いて2人のステータスを覗き見てみた。
[ステータス]
名前:アラン・リース
レベル:3
年齢:16
性別:男
種族:ヒューマン
魔法適正:有り
HP:25/25
MP:11/11
力:16
防御:18
体力:17
敏捷:16
魔法耐性:10
スキル ▽
魔法 ▽
[ステータス]
名前:レベッカ・リース
レベル:2
年齢:14
性別:女
種族:ビースト (猫)
魔法適正:無し
HP:30/30
MP:5/5
力:18
防御:15
体力:15
敏捷:22
魔法耐性:8
スキル ▽
魔法 無し
ふぅん。言うだけあって、2人ともレベルの割にステータスは高めだ。特にレベッカはビースト……獣人の特性も相まって、結構な値を示している。
それに既にスキルや魔法もいくつか習得してるみたいだし、2人の父親とやらは本当にちゃんと教育していたらしい。
ちなみに、一般人のレベルは大体1~5に収まる。その一方で冒険者や兵士といった戦いによく出る職種の人はどんどんレベルが上がっていく。
つまり、多少腕が立つ程度では一般人が冒険者に絡んでも『レベルたったの5……ゴミめ』と軽くあしらわれてしまう。
逆に高レベルの者が一般人に絡んだりしないように、ギルドや軍隊には厳しい規律があったりもする。
閑話休題。
……あ、そういえば俺のステータスはどうなってんだろう? 現代日本で戦うことなんて当然ながら無かったし、多少は鈍っているんだろうか?
(【鑑定】)
思い立ったら即行動。今度は自分のステータスを確認してみる。
[ステータス]
名前:トーマ・スズシロ
レベル:4563
年齢:625
性別:男
種族:ヒューマン
魔法適正:有り
HP:12630/12630
MP:50866/65900
力:5532
防御:7111
体力:6020
敏捷:7635
魔法耐性:9624
スキル ▽
魔法 ▽
うん、やっぱり全盛期よりは落ちてるね。【異世界転移】を1回、通常の【転移】を1回使った分の魔力も消費してるけど。
しかし我が事ながら、ツッコミ所しかないステータスだね……何なの、この化け物……名前・性別・種族以外はとてもじゃないけど人に見せられたもんじゃない。
そりゃあ今更だけどさ。逆に言うと、これぐらい化け物にならなきゃ『厄災』を討てなかったんだよ。
しかし、初々しいアランとレベッカのステータスを見た後に俺のステータスを見ると、異常さがより際立つなぁ。
「トーマ? どうした?」
自分自身のアレさについつい乾いた笑いが沸いてしまった。それを見とがめたようで、アランが訝しげな顔をした。
「いや、何でもない。ただちょっと、随分と遠くに来ちまったもんだよなぁって思っただけだ」
やたらとしみじみした調子の口調になってしまったのは、この言葉が色んな意味で本心だからだろう。




