第4話 街へ
ムクリと上半身を起こしつつ改めて周囲を見渡してみると、そこには極めて長閑な景色が広がっていた。
ここは……どこかの森か、林だろうか? 木々は青々とした葉を付けた枝を元気よく伸ばし、穏やかな風がそれをさわさわと揺らしていた。暖かな木漏れ日が心地いい。
散歩とか森林浴とかをするには丁度良さそうな場所だ。尤も、『コーラル』ではこんな場所でも唐突にモンスターが飛び出してきたりすることもあるから、あまり気を抜いてもいられないけど。
「とにかく、今はいつでここはどこなのか……【時計】」
手始めに【時計】を使ってみると、頭の中にふっと現在時刻が浮かんできた。
ちなみに【時計】は初級生活魔法の1つだ。初級の生活魔法は、その殆どが魔力もさほど消費せず魔法式もごく単純、加えて利便性が高いという優れものばかり。そのため、魔法適性のある者は大体習得している。
閑話休題。
さて、現在時刻はっと……[1372/7/5 9:31]か。つまり新暦1372年の7月5日、午前9時31分ってわけね。
確か俺が日本に帰ったのって、日にちは忘れたけど年は新暦595年だったから……あれから777年経ってるのか。こんなラッキーセブンいらない。
俺が知るものから777年……約800年後の『コーラル』かぁ。色々と変化してるだろうな。今の俺は情報弱者ってわけだ。
諸々の情報を得るためにも、ますます人里へ行かなければという気持ちが強まった。
「【探知】」
【探知】は周囲の生物を大まかに探知するスキルである。
そうだ、魔法とスキルの違いについても確認しておこうか。
俺のような魔法使いには、魔法とスキルに大きな違いは無い。というのも、スキルも魔法と同じく魔力を消費して使うものだからだ。
では両者に何の違いがあるかというと、魔法適性が無い者でも使えるのがスキル、魔法適性が有る者にしか使えないのが魔法といった具合に。
この魔法適性というのがかなり曲者で、生まれつきで有るか無いかが決まる。そして魔法適性を生まれ持たなかった者は魔法を使えない。そりゃもう、ヒューマンが鰓呼吸を出来ないのと同じようにね。
ただ、だから魔法適性が有る者の方が魔法を使える分有利なのかと言うと、そうでも無い。魔法適性が有るからといって強大な魔力を持つわけでは無いからだ。
魔法適性が有ってもMP(魔力)が5しかない人は大した魔法を使えないし、魔法適性が無くてもMP(魔力)が100の人なら色んなスキルを使えるって感じで。
閑話休題その2。
さて、対象を人類に限定して【探知】した結果、1番近いのは……東に5㎞ほどの所に、大量の反応アリ。これだけの人数が集まってるとなると、村じゃなくて町……いや、それなりに大きな街だろう。願ったり叶ったりだ。
それに、俺はバカだけどやっぱり運はそこそこ良いみたいだ。もしも俺ん家の結界に弾かれた結果この街に落ちてたりしたら、色々と誤魔化すのが面倒だっただろう。
さて、5㎞程度なら軽く走っても10分もあれば着くだろうし、さっさと行くとするか。
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木々の間を駆け抜けつつ周囲にもちらちらと視線を飛ばして観察していると、やはりこの森にもモンスターはいるみたいだ。けれど確認できたのはどれも初級の冒険者……下手したらそこそこ手練れの一般人でも倒せるような弱めのモンスターばかりだった。この辺りの生態系はそういったものなんだろう。
そしてそういった奴らは、俺に気付いても遠巻きに見てるだけで襲ってきたりはしない。
まぁ、そりゃそうだろう。大抵の場合モンスターは――特にああいった下級モンスターは――知性が低く本能に忠実で、だからこそ人を襲ったりするのだけど、その分強者も敏感に感じ取る。そして絶対に勝てないと悟った相手に手を出すことはまず無い。
そしてあいつらと俺との実力差はというと、間違いなく俺が片手間に放った下級魔法一発で即死してしまうほどの差がある。
それだけの違いがあるのだ。俺が意図的に能力を隠して格下、あるいは同格を装わない限り、あちらから近付いてくることはまずあり得ない。
こっちとしても別にあいつらに興味は無い。ただ、ああやっぱりここは『コーラル』で日本じゃないんだな、とちょっと感傷に浸るだけだ。なのでこのまま突き進む。
そんな順調な道のりを進むと、走り始めてから数分で森を抜た。その先に広がっていた草原には道が作られていて、今度はその道沿いに進むと当初の想定通り10分もする頃には街の前に辿り着いていた。
「やっぱり大きい街だっだな」
街全体が石造りの壁でぐるりと囲まれている。壁がそこそこ高いから下からでは中の街並みまでは解らないけど、少なくとも不穏な雰囲気は感じない。
俺が走って来た道はそのまま街への門に続いており、そこには街に入ろうとしているのだろう大勢の人々が列を作っていた。
ヒューマン、エルフ、獣人、ドワーフ……様々な人種の姿が老若男女を問わず見られる。その表情は皆、明るい。恐らくここに並んでいる人々の殆どは、祭の見物に来た人たちなんだろう。
先ほど【時計】で確認したら、今日は7月5日だった。明後日、7月7日には世界中で祝われている解放祭がある。
コーラル旧暦616年。この年、世界を支配しようとした『支配』の魔王が勇者一行によって討たれた。
コーラル新暦0年。この時、世界を滅ぼそうとした『厄災』の魔王が大賢者によって討たれた。
2人の魔王が討たれたのは、何の因果か共に7月7日。
『支配』の魔王はあくまでも支配を目的としていたため、歯向かう者以外への侵略は非常にゆったりしたもので、その後の復興もゆっくりとではあったが確実に進めることが出来ていた。
しかしその数年後に現れた『厄災』の魔王は只々世界を破壊することを目的としていたため、大賢者……つまりは俺に討たれるまで、世界中で只管暴れ回っていた。そのため戦禍は世界中に拡大し、その後の復興も中々進まなかった。
『厄災』の大暴れっぷりは本当に凄まじいものだった。村や町は無くなり、国は亡び、人口も激減。本当に人類は滅亡一歩手前にまで追い込まれていた。『厄災』が討たれた後に、新たな世が始まるとして新暦という暦が使われ出すぐらいに。
それでも長い年月をかけることで少しずつ復興は進み、その過程でいつの頃からか2人の魔王が斃れた7月7日は世界中で祝われるようになって行った。
『支配』からの解放。『厄災』の恐怖からの解放。
故にその祭りを、解放祭と呼ぶ。
時代が変わり、祭りの風習が変わっている可能性も考えていたけど……この様子なら、多分殆どそのまま残っているんだろう。少なくとも、この辺りでは。
何にせよ、これはこれでチャンスかもしれない。
ここは何所なのか、最近何か無かったか。俺は現状じゃ圧倒的に情報弱者。情報収集を始めるとしよう。
「なぁ、ちょっといいか?」
長蛇の列の最後尾に並び、前に並んでいる2人組に声を掛ける。後ろから見た所、赤い髪の女の子と深緑色の髪をした男の子だ。女の子は猫タイプの獣人らしい。猫耳と猫尻尾がキュートだ。
「ん? なぁに?」
俺に声を掛けられた赤髪の少女がクルリと振り向いた。年の頃は俺と……俺の外見年齢とおなじぐらいだろうか。くりくりとした目が印象的な、活発そうな少女だった。次いでその隣にいる深緑髪の少年もゆっくりとこちらを振り向く。そして。
「……え?」
その少年の方の顔を見て、俺は息が止まるかと思った。深緑色の髪をした、俺より少し年上に見える、ついつい『爆発しろ!』と言いたくなるようなそのイケメン面は、まるで。
「アル……?」
「? 俺? 俺はアランっていうんだけど……アルって?」
アランと名乗って首を傾げたその少年は、もうずっとずっと昔に死んだはずの相棒に瓜二つだったのだ。
ちなみに今回出て来た猫娘はストーリー上のヒロインではありますが、主人公の嫁という意味でのヒロインではありません。そういったヒロインは一応存在しますが、まだまだ出てきません。
Q、何故主人公の嫁がさっさと登場しないのか?
A、主人公が既に×××だから。




