第17話 再会
明けて翌日、街は祭り後に特有の気だるさを全体から放っていた。昨日までの数日に渡る浮かれ気分が弾け、吹き飛んでいる。
そんな中俺は昨日決めた通り、冒険者ギルドへと赴いて仕事をすることにした。クエストボードを見てみると、低ランクのクエストがもの凄く増えている。何かと思えば、殆どが祭りの後片付けの手伝いを募った依頼だった。冒険者とはいえ低ランクならばそういった平和なお手伝いの依頼も少なくないし、何所の世界も祭りの後はゴミや汚れが増えるものなのだ。
1日の暇つぶしとして受けるには持って来いの依頼内容だったので、その中の1つを適当に選び取る。
[Fランク]
・清掃を手伝って欲しい……店周辺の掃除の手伝い。午前9時~午後5時、昼休憩・賄いアリ。集合場所、北区の食堂『満腹亭』前。報酬は1時間鋼貨8枚。定員5名。
まんま臨時の清掃バイトである。しかし今回のこれはあくまでも暇つぶしなので、ゆるゆると1日を消化出来ればそれで良かった。
そしてこのクエストを受注して集合場所に行ってみると。
「あれ、トーマ?」
「また会ったな」
「……うん。正直、こんな事になる気がしてた」
そういえばこのクエスト、定員5名だったっけ。目の前のリース兄妹を見て、俺は思った。もうウサの街にいる限り、どこでこの2人と遭遇しても驚かない。
けれど開始時間になっても他の人員は来なかったため、結局3人でクエストを行うことになった。
北区は俺の……というか俺たちの泊まっている『猫の目亭』からは少し離れているため、赴いたのは初めてだった。しかし依頼主である『満腹亭』の店主曰く、この辺りは解放祭の時は毎年飲食物の露店が立ち並ぶため、翌日は結構汚れてしまっているのだとか。
店主の話通り、『満腹亭』が面する通りは紙くずや串などが散乱している。しかも酔っ払いの団体でも通ったのか、吐瀉物があちこちに巻き散らかされていた。うへぇ。
「【放水】」
何事も適材適所。ゴミ拾いは2人に任せ、俺はブラシを片手に水魔法で吐瀉物を洗い流していく。
【放水】は魔力の込め具合によってその勢いが変わる。通常は足止めや目眩ましに使われるが、ギリギリまで魔力量を落として放てばジョウロ代わりにもなる。そこまで落としてしまうと水やりや掃除ぐらいでしか使い道が無いけど。
「ほーら、流れろよー」
ブラシと【放水】の二刀流で掃除を進める俺に、リース兄妹は呆れ顔だった。
「普通にジョウロ使えばいいのに……」
「水が勿体ないじゃん」
比べてこの方法なら、消費するのは俺の魔力だけだ。魔法ってエコだよね。
「でもそれ、魔力の無駄遣いなんじゃないか? 魔力切れを起こしたりしないか?」
「大丈夫、これはあまり魔力消費しない魔法だから。いつまでもやっていられるぞ」
事実である。
【放水】は水を放ち続ける限り継続的に魔力を消費する魔法だが、その消費量自体は少ない。しかも今回は威力を落とすために魔力量を絞っているため、もっと減る。更に更に、俺は元々の魔力量が多いためにその回復量も多い。
これらが重なった結果、この激弱【放水】による魔力消費量は俺の魔力回復量を下回っている。つまり、例えこのまま永遠に【放水】し続けても俺が魔力切れを起こすことは無い。
「ふ~ん。生活魔法以外の魔法も日常生活で使えるものなのね」
レベッカの言う通り、使い方によっては攻撃魔法も日々の暮らしに転用出来る。
俺も日本に帰った後、水魔法と熱魔法を組み合わせて風呂を沸かしたり、水魔法と風魔法を組み合わせて洗濯したりした。光熱費が滅茶苦茶浮いたと母さんは大喜びだった。
でも。
「……お勧めはしないよ? これって、逆に難しい事なんだ。用途によって込めるべき魔力量が変わるから。魔力を魔法を構成出来るギリギリまで絞らないと、威力が出過ぎて危険だって事もある。自分には緻密な魔力コントロール能力が有るんだって言い切れない限り、素直に普通の方法を取るのが利口だね」
俺はその自信が有るからやっている。つまり、無駄に洗練された無駄の無い有用な技術を無駄に活用しているのだ。
だからアラン、初心者のお前は決して真似するなよ?
「まぁ、そうだろうな。そんなに簡単に転用出来るなら、もっと皆やっているだろうし」
肩を竦めるアラン。解ってくれて何よりだ。
「そんなものなのね。それにしても……自分たちで選んだクエストとはいえ、想像してた冒険者の仕事とは大分かけ離れてるなぁ」
路上に放棄された紙皿をゴミ拾い用トングで掴み取りながら、レベッカが嘆息した。それをアランが窘める。
「依頼に貴賎は無いぞ。俺たちは新米なんだし、まずは慣れる事からだ」
兄の言葉に僅かに膨れながらもレベッカも反論する気は無いようで、掃除自体は真面目に進めていく。
「ま、そーなんだけどぉ。あれ? そういえばトーマはどうしてこのクエストを受けてるの? 一昨日の初心者講習の後、昇格したんでしょ? Eランクのクエストも受けられたんじゃない?」
「Eランクというか、Dランクのクエストも受けられるぞ。Fランクに昇格した後、先立つ物を手に入れるためにまた薬草や薬品を売ったんだ。それを常時依頼と照らし合わせたらポイントが貯まって、Eランクに昇格になった」
「そうなの!? ……ねぇ、ちょっとあたし達とパーティ組まない? そしたらあたし達、Eランクのクエストも受けられるようになるもん。ね?」
レベッカは意向を伺うようにアランの方を見た。それを受けてアランも頷く。2人の目は期待に輝いている。何だかんだ言っても、やっぱりより高いランクのクエストには憧れるんだろう……が。
「ごめん、無理」
すっぱりと断らせてもらう。
「何でこういうクエストを受けたんだって聞いたよな? 実は俺、明後日にはこの街を出るつもりなんだ。だからすぐに終わるクエストを選んだ。当然、パーティも組めない」
凄まじく久々にパーティのお誘いを貰えたのは嬉しいが、受けることは出来ない。俺の返答に、アランは納得の表情を見せた。
「あぁ……もしかして、故郷に帰るのか? 忘れかけてたけど、そういえばトーマは事故でここにいるようなものだもんな」
「ま、そんな感じ」
故郷って言われるとちょっと腑に落ちない部分もあるが、間違ってはいない。
「……そっか、トーマいなくなっちゃうんだ」
レベッカはやけにしんみりした様子だった。まぁな……兄と2人で地元の村から出て来て、新天地でそれなりに関わりあってた同年代--見た目のみだけどーーと別れるとなると、多少は感傷も出て来るんだろう。
俺としても、この2人には少なからず縁のようなものを感じている。アランがアルに瓜二つだって点を差し引いても、だ。知人以上友人未満って感じかな?
「あれ? 家に帰るんだったら、何で明後日? しかも今日、こうして時間を潰してまで」
「あぁ、それ? 明日、人と会う約束してるからだよ」
「人?」
そう、人。
「この街に来た日だから……3日前か。偶々だけど、鍛冶見習いだっていう人と知り合ったんだ。装備品を見たいって言ったら、工房を案内してくれるって」
「え……なぁ、それって俺達も一緒に行かせてもらえないか?」
「うん?」
明日の予定を口にすると、不意に真剣な顔をしたアランに頼まれた。
「装備品は俺達も見たいと思ってたんだ。もう少し経験を積んでから色々と店とか見てみたかったんだけど、もしも本職の人に話を聞けるならいい機会だ」
成る程、言いたい事は解った。けど、なぁ。
「待ち合わせに連れて行くのは良いけど……案内してくれるかどうかは先方次第だぞ。まぁ……気の良さそうな人だったから、大丈夫だとは思うけど」
数日前のイストルを思い出しながら言葉を選ぶ。その答えに、アランは笑って俺の肩を叩いてきた。
「それでいいさ。ありがとな」
こうして、俺は明日もリース兄妹と行動を共にする事になった。ちなみにこうして雑談している間も俺達の掃除の手は動き続いており、予定通り午後5時には全ての過程が終了していた。
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約束通りにトーマス教会の前で再会したイストルは、俺が連れて来た予定外の客も呵呵として歓迎した。
「おう、可愛い子ちゃんは大歓迎だ! イケメンは知らんがな!」
訂正。歓迎しているのはレベッカだけみたいだ。ってかこの発言からするともしかして、イストルが俺に親切なのは俺がフツメンだからなのか?
「あーっと、イストル。それじゃあよろしく」
あまり深く考えてたら惨めになってきそうだったため、彼を促して次へ進む。
「おう、任せとけ! だがその前に、ちょっと教会に寄って祈りを……」
「や め て」
本当にやめて。どうしても祈りを捧げたいなら後でいくらでも俺を拝んでくれていいから。でもそれは俺の目が届かない所でやって。
「祈りって?」
「トーマス教の信者なんじゃないか? この待ち合わせ場所をチョイスしたセンスからして」
背後からリース兄妹のヒソヒソ話が耳に入るだけで居たたまれない気分になる。
水を差されたイストルは若干不服そうにしていたが、信者ではない俺達に祈りを勧める事はしても強制する気は無いらしい。渋々とだが引き下がった。
「そりゃ残念だな。よし、早速行くか」
イストルに連れられ、職人街に足を踏み入れる俺達3人。道中、彼から自身の務める工房について説明された。
「それじゃあ、イストルのお師匠さんって竜人なんだ」
珍しいな、と思う。
竜人は竜形態と人形態の姿があり、強靭な肉体と長い寿命を持つ種族である。
しかし個々人が強靭・長命であるが故か繁殖力は低く、人口が少ない。
そのため竜人というだけで珍しいのだが、鍛冶師をやっている竜人となると更に珍しい。彼らは基本戦士的な気質を持つため、生産職に就く者は少ないのだ。
「おう! この間も言ったけど、師匠の腕は確かだぜ」
誇らしげに胸を張るイストルは、本当に師を尊敬しているらしい。
「竜人かぁ。あたし、会うの初めて」
「……なぁ、竜人って隠れ里があるんだよな? それって何処か知っているか?」
「え? 知らないわよ。わからないから隠れ里なんでしょ?」
レベッカの答えを受け、アラン、イストルと順に視線を巡らせるが首を横に振られた。
「何だ、急に」
確かに唐突な質問だったから、イストルが疑問に感じるのも無理は無い。俺は誤魔化すように笑った。
「いや、ごめん。何でも無いんだ……ちゃんと今も知られずにいるなら、それでいいんだ」
後半は人には聞こえないような小声の、口の中だけでの呟きだった。
「変な奴だな……っと。着いたぞ、ここが俺の務める工房だ」
到着した工房は、あまり規模の大きいものでは無かった。しかし建物の造りはしっかりしており、寂れているようには感じない。
「師匠、おはよう御座います。この間言ってた見物人を連れて来ました。ちっと人数は増えてますがね」
扉を開きながら中に声をかけるイストル。彼に続いて中に入ると、そこでは炉の前に座る1人の鍛冶師が……いた……え?
「おう、来たかイストル。それでそいつら…が……」
振り向いたのは、パッと見にはヒューマンと姿形は変わらぬ男だった。年の頃は60程。如何に職人といった風体で、彼がイストルの師匠であることは間違いないだろう。
しかし、そんな事はどうでもいい。俺は彼に見覚えがあった。そして恐らく、あっちも俺に見覚えがあるんだろう。そういう顔をしている。
「………………」
「………………」
「師匠? どうしたんですか?」
「トーマ?」
「お~い? 大丈夫か?」
黙り込んで互いに見つめ合う俺達に、他3名が不審を感じだしたらしい……どうしよう、この状況。
次のアクションに困ってしまった中、先に動いたのは向こうだった。
「……イストル」
「は、はいっ!?」
重々しい師匠の声に、イストルの応えは裏返っていた。
「お前、そっちの2人の相手をしてろ。俺はこのか……この子にちっと用がある」
「へ? え、あ、はい? いや、それはいいですけど?」
「よし。ならお前さん、こっちに来い」
「……ああ」
イストルの師匠は立ち上がり、俺を隣室へと促した。俺はそれに素直に従う。
心配そうな顔をしているリース兄妹に大丈夫だと告げてから、イストルの師匠に続いて行く。
隣室は小さな作業部屋だった。扉がちゃんと閉じられた事を確認すると、彼は居住まいを正して俺に向き直る。
「それで……これはどういう事ですかな? 何故貴方がここに……この世界にいるのですか……トーマ様」
「それはこっちのセリフ、とは言えないんだろうな、今回の場合は。でも俺も驚いたよ。面影があったからまさかとは思ったけど、やっぱりお前なんだな……グラド」
本当に驚いた。まさかこんな所で、かつての仲間達の孫と出くわすなんて、な。




