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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第1章 懐かしき『コーラル』
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第16話 帰宅の決意


 劇が終わった後、リース兄妹とはその場で別れた。しかしこの街に来てからの彼らとの遭遇率を考えると、ひょっとしたら後でまた出くわすんじゃないかと思えてしまう。


 祭り本番の今日の賑わいは、昨日までの比では無かった。人通りそのものが多いのは勿論の事、皆歌い、飲み、踊り、笑い、食い、騒ぐ。誰がやっているのか頭上からは時々紙吹雪が降ってくるし、どこからか軽快な音楽が聞こえてくる。


 そんな中で俺が向かったのは武器や防具などの置かれた露店の群れ……蚤の市である。その蚤の市は職人街にほど近い場所にあり、即ちトーマス教の教会もすぐ近くにあった。教会は視界に入れないようにして、蚤の市を見物する。

 蚤の市で売られている装備品も、その質はギルドの地下倉庫に置かれている装備品と大差無かった。極稀に、少し良いのがあるかな、という程度だ。


 しかしここで俺は、ある物を見付けた。


「これ……」


 蚤の市の一角に、色とりどりの玉を売っている露店があった。大小もビー玉サイズからゴムボールサイズまで様々。それが何なのかは聞くまでも無く、よく知っている。


「魔法玉?」


「おや坊ちゃん、いらっしゃい」


 その露店で売り子をやっていたのは、中年ぐらいに見えるエルフの女性だった。エルフで中年に見えるということは、実年齢は何百才なんだろう。下手したら、俺の実年齢を超えているかもしれない。


「ウチの魔法玉は良いよ。少し値は張るけどね」


「うん……」


 言われ、店先に並べられた魔法玉の中でも1番小さい物の内の1つを手に取り、それを掌で転がしてみる。玉の色は赤色で、込められているのは下級火魔法【火球】。魔法のランクこそは低いが、確かにこの魔法玉自体は質が良い。値段札を見ると、値が張るとは言っていたが恐らくは適正なのだろうと思われる数字が書かれていた。随分と良心的な店らしい。


 魔法玉とは、その名の通りに魔法が込められた玉である。主に魔石をい研磨して作られる魔水晶を素材として作られるマジックアイテムだった。

 大抵は使い捨てで、魔法を使えない人が疑似的に魔法を使うために使用する。使い方は極めて簡単、少し魔力を流して起動するだけ。


 これ自体はよくあるアイテムである。俺も昔は仲間のためにしょっちゅう作ってた。そう、全く珍しくは無いアイテムなのだが。


「そうだよ……これだよ……何で気付かなかったんだ!」


 不意に思い浮かんだアイディアに、思わず大声が出た。

 あぁもう、気付いてしまった後になってみると、何で今まで気付かなかったんだって自分で自分を殴りたくなる。後で殴っておこう。


「ごめんね、お姉さん! 俺、ちょっと用事が出来たから!」


「え、ちょっと坊ちゃん!?」


 手に持っていた魔法玉を元の位置に戻し、俺は踵を返してダッシュする。ただし、あり得ないような速度は出さないように気を付けた。

 

 魔法玉には、あらゆる魔法が込められる。素材とした魔水晶の質によって込められる魔法のレベルも変わるけれど。

 ならば【異世界転移】を込めた魔法玉を作ることだって出来るはずだ。 


 俺がここにいる2つの目的の内の1つ。【異世界召喚】に巻き込まれたと思しき人々を帰還させること。しかしそのためのネックが、召喚した対象を時間も場所も『コーラル』内ならば無差別に落とすという【異世界召喚】の欠点にあった。


 しかし【異世界転移】を込めた魔法玉を複数作っておけば、その問題は解決出来るんじゃないか? 


 召喚された人が『コーラル』に出て来る時には時空が歪むはずで、俺ならばちゃんと気を付けていればそれを感知できるはずなのだ。なのでそれを感知したら現場まで【転移】、そのまま魔法玉を投げつけて日本に返す。

 ざっくりとした適当とも言える計画だが、実際にこれを繰り返すだけで今回召喚された人々の大半は対処出来るはずだ。


 こんな簡単なことに何で今まで気付かなかったのか……俺も呆けたか? だとしたら年が年だから仕方が無いけど、もう少し持って欲しいな。出来れば全てのケリが付けられるまで。


 話を戻すが、この場合問題は素材である。

 下位下級魔法を込めた魔法玉を作るのにもそれなりに質の良い魔水晶を必要とするのだから、【異世界転移】という大魔法中の大魔法を込めた魔法玉を作ろうと思うと、その素材にも最高峰の品質を持つ魔水晶が必要なのである。

 しかしそんな物は、おそらく市場に出回らない。というのもこの場合の『最高峰の品質』というのはもうそれ自体が国宝だとか世界遺産だとかに指定されるようなレベルの物のことで、市場に出回る、ましてや使い捨ての魔法玉に加工するなんて普通では考えられないことのはずなのだ。


 だが俺にはその問題を解決する方法があった。その為に今は走る。


 目指すのはついさっきまでいた広場……のすぐ横の冒険者ギルド。


「ごめん、サマンサ! このギルドって迷宮便覧はある!?」


 ギルドの扉を開いたその姿勢のまま、今日も今日とてギルド入口近くのカウンターに陣取るサマンサに問いを投げかけた。サマンサは俺の勢いにほんの少し面食らったようだったが、やはり亀の甲より年の功。すぐに気を取り直して答えをくれた。


「そりゃあ、迷宮便覧ならどこのギルドにでも大抵はあるさね。ここも勿論あるよ。2階のカウンターで頼めば貸してもらえるんじゃないかい?」


「そっか、ありがとう!」


 返事を聞いて階段を2段飛ばしで駆けあがってみると、そこは相変わらずガランとしていた。いや、昨日まで以上に閑散としていると言っていい。冒険者は1人もいないし、カウンターにいるのも買い取りカウンターのおっちゃんといつもの営業スマイルのソフィだけだ。昨日までは、受付カウンターの方にはもう何人かいたのに。


「いらっしゃいませ、トーマさん。本日はどのような?」


 慌てた様子の俺に動じることも無く、ソフィに用向きを聞かれる。


「すみません、ちょっと迷宮鑑を貸してもらえますか?」


「はい、勿論です……それではこちらが」


「あ、それじゃなくて」


 ソフィが背後の棚から引っ張り出した分厚い本には、『赤大陸迷宮便覧』と書いてある。しかし、俺が欲しいのはそれじゃない。


「赤大陸じゃなくて、白大陸の迷宮便覧を貸して欲しいんです」


 その言葉にソフィはほんの僅かに目を瞠ったが、すぐにいつもの調子に戻った。


「……承りました。それではトーマさん、こちらをどうぞ」


 手に持っていた迷宮便覧は元の位置に戻し、そのすぐ横にあった別の迷宮便覧を取り出すソフィ。俺は一言礼を言ってそれを受け取った。カウンターから少し離れ、パラパラとページをめくる。


 迷宮とは、『コーラル』に無数に点在するスポットのこと。その形態は様々だが、共通するのはその内部に濃い瘴気と魔素が立ち込めており、次から次へとモンスターが湧いて出て来るという点である。

 迷宮はあまりに長期間放っておくと、その内瘴気や魔素が溢れ出てその迷宮近辺でもモンスターが大量発生してしまう。なので冒険者に限らず人々は迷宮を発見次第報告する義務があり、報告された迷宮は冒険者ギルドによって管理される。


 あまりに入宮者の少ない迷宮だと、その近隣で迷宮探索のクエストが出されたりする。探索と言ってはいるが結局の所、このままだとモンスターの大量発生が起こりかねないので対処しなさい、ということだ。

 迷宮の瘴気と魔素はその迷宮内のモンスターを討伐することである程度消える。迷宮内のモンスターは瘴気と魔素のせいで発生しているはずなのに逆になってね? と思うかもしれないが、そういうものなのだ。


 ちなみに言っとくと、これは黒大陸が現在死の大陸と呼ばれている理由の1つでもある。

 そもそも『厄災』の拠点になっていた黒大陸は、彼によって人が駆逐されてしまっていた。そしてその後に起こった俺と『厄災』のガチバトルによって環境は滅茶苦茶に破壊されて、並の人間では到底立ち入れない状態になってしまう。しかも『厄災』の侵略の結果当時の世界人口は激減しており、荒れ果てた黒大陸の復興に割く人手なんて無かったためにそのまま放置された。

 これだけでも死の大陸と呼ばれるのに十分なのだが、これらが重なってしまった結果、黒大陸は超長期に渡って迷宮への対処が出来なくなってしまう。

 それによって数十年後にはあちこちの迷宮から瘴気や魔素が溢れ出て、モンスターが大量発生。そしてそのモンスターたちが蠱毒の如く食い合うものだから、生き残った個体は更に強力になる。

 そんなサイクルが繰り返された結果、黒大陸は弱肉強食・跳梁跋扈な死の大陸という二つ名に恥じない状態になってしまったのである。

 閑話休題。

 

 報告された迷宮を纏めたのが、この迷宮便覧だ。頻度は低いが迷宮は発見されたり消滅したりして増減を繰り返すため、定期的に改定される。

 

 そして今、俺がこの『白大陸迷宮便覧』を借りて確認したかったのは。


「よし、見付けた。テンザン大迷宮……つっても、あるのは解ってたけどね」


[テンザン迷宮]

場所:白大陸南部

分類:大迷宮

形態:階層型 (地上5階層地下255階層)

入宮可能ランク:E

初踏破:パーティ『世界の運命』


 他にも色々な情報が続けて載っているが、今はそれらはどうでもいい。俺が確認したかったのはただ1つ。


「入宮可能ランクはE。よし、俺も入れる」


 迷宮には3つの分類がある。小迷宮・中迷宮・大迷宮だ。これはその迷宮の規模によって分けられる。


 小迷宮は小さな迷宮。唐突に現れたり、いつの間にか瘴気や魔素が霧散していて迷宮じゃ無くなっていたりと、迷宮の数の増減はその殆どが小迷宮の増減と言っても過言じゃない。


 中迷宮は小迷宮よりは大きな迷宮。他の2種が『○○小迷宮』だとか『××大迷宮』なんて呼ばれるのに対し、中迷宮は単に『△△迷宮』と呼ばれる。ごくごくたまにではあるが、中迷宮も現れたり無くなったりすることもある。本当に極稀だけど。


 大迷宮は巨大な迷宮。各大陸に1つずつ、計5つ確認されている。その中でも特に過酷と言われているのが、青大陸のカルハル大迷宮と白大陸のテンザン大迷宮の2つ。他の3つは黒大陸のオーム大迷宮・赤大陸のドノイク大迷宮・黄大陸のメスビアト大迷宮だ。

 これらは有史以来、確認されなかったことが無い。常に悠然とあり続けている。


 そしてこれらの迷宮はギルドに管理されているため、入宮するのに必要な最低ランクというものがある。それ以下の者は入れない。

 俺ん家に続く扉があるテンザン大迷宮の入宮可能ランクはE。今の俺でも入れることにホッとした。


 大迷宮なのにランクの低い冒険者でも入れるのか、と思うかもしれないが、実は迷宮は大きい方が入宮可能ランクは低い傾向にある。

 というのも、迷宮の分類はあくまでもその迷宮の規模によって下されるものであって、攻略難易度には因らないからだ。


 カルハル大迷宮やテンザン大迷宮が世界トップの難度を誇る迷宮とは言っても、それはあくまでも踏破を考えた場合の話。ごく浅い階層を探索する分には低ランク、つまりは弱かったり新人だったりする冒険者でも問題は無いのである。

 迷宮は深部へと行くほど苛酷になるため、深部から遥かに遠い大迷宮の浅層はむしろ易しかったりする。

 尤もその分、深部の苛酷さも大迷宮は小迷宮・中迷宮とは段違いなのだが。


 しかしこれはあくまでも過去を生きていた俺の常識であり、現代も絶対にそうだと自信を持って言い切ることは出来なかった。なのでこうして便覧で確認に来たのだが……どうやらその辺りに変化は無いらしい。

 テンザン大迷宮にEランクでも入れるのは俺にとって僥倖である。これ以上の昇格をするには結構なクエスト数をこなさなければならないみたいだからね。


 そう、俺はテンザン大迷宮に潜るつもりだ。もっと言うと、家に帰るつもりである。今さっき決めた。


 あれだけグジグジと悩んでおきながら、ではあるが、決めたものは決めたのだから仕方が無い。

 【異世界転移】を込めた魔法玉を作るための素材を、それも大勢の被召喚者に対処できるほどの量を手に入れるには、俺ん家の倉庫から取って来るのが1番手っ取り早いのだから。


 国宝・世界遺産レベルの最高峰魔水晶を、俺は大量にストックしている。かつて『厄災』と戦うと決めた時、超威力の魔法兵器を作れないかと考えてね。仲間内で修業がてらに魔石を採取し、ダイゴに練磨してもらった。その魔水晶に俺が魔法を付与エンチャントしてマジックアイテムを作り出し……その結果の1つが超小型超高火力爆弾『爆ぜルンです』である。思えばアレも魔法玉の一種か。

 しかし張り切って大量の魔水晶をストックしたもののその全てを加工に使うことは無く、かといって流通させるのも逆に問題になる気がして――市場価格やその他諸々の理由で――大半が死蔵された。


 よし、あの大量の魔水晶が今こそ火を噴くぜ。実際に噴くことになるのは空間魔法だけど。


 そうするとなるとこれからの予定は、っと。


 家に帰ると決めたなら現代の装備品の品質を確認する必要性はかなり薄れたけれど、明後日にはイストルとの約束がある。約束は約束だからそれは守らなきゃだし、テンザン大迷宮に行くのはその後だね。迷宮内には【転移】出来ないけどその近辺なら問題無いから、そこまでは一瞬で済む。

 んで、今日はもうこの際祭りを楽しんじゃって、明日はゆるゆると適当なクエストをこなして時間を潰そうかな。


 よし、決まり。


「ありがとうございました。これ、返します」


 読んでいた迷宮便覧を返却し、軽く頭を下げる。それをソフィは営業スマイルと共に受けとったが……思えば彼女、いつもここにいるな。受付カウンターのおっちゃんは、昨日はいなかったのに。


 そんなどうでもいい事を考えつつ、階下に降りる。出口でサマンサに用は済んだのかと聞かれたので、首肯して答えてからギルドを出た。


 最終的な目的は元々定まっていたが、短期的な目的も定まったからか足取りがやけに軽く感じた。あぁ、空が青い。


 正直に言えば俺は今日この日を祝う気にはなれないが、祭りは祭りとして楽しむことぐらいはできる。


 なのでその後はすっぱり割り切って串焼きを食べたり、りんご飴を食べたり、わたあめを食べたり、ジャガバタを食べたり、いか焼きを食べたり、唐揚げを食べたり、かき氷を食べたり、クレープを食べたり、と9割5分ぐらい食道楽をしながら祭りを楽しんだ。割り切りすぎたかもしれない。


 結果その夜、食べすぎたせいで折角の『猫の目亭』の美味い夕飯が入らなくなってしまったのだが……ペース配分も出来ていなかったとは情けない。食べ残したせいで幼女ハンナに叱られたのも当然の事として、甘んじて受け入れよう。

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