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2話




 それから私を待つ来客の所へ行った。エントランス脇にあるソファーに座って外を眺めている姿を見つけ、近付いた。


「お待たせ。柊くん」

「博士。お忙しいところ、すみません」


 柊くんは、わざわざ立ち上がって会釈した。今日は平日だけれど、私服だった。市役所の仕事は休んで来てくれたようだ。

 仕事を休んでまで来てくれた柊くんだけど、私は心から彼を歓迎することは憚った。


「いいけど……本当に会うの?」

「はい。会わせて下さい」


 今一度その意志を確認して、本社から隣の敷地の研究所へと案内した。


「身体はどう?」

「専門機関で検査をしましたが、健康被害は心配なさそうです」


 あの日、ハッキングで閉じ込められた私は何とか脱することができ、状況を確認して直ぐさま、チームを連れて現場に向かった。到着した時にはコウカはシャットダウンしていて、爆発に巻き込まれ酷い状態のコウカと接触した柊くんには、被爆検査を受けてもらった。研究所でも簡易的な検査はできたけれど、専門機関にも行くようお願いした。

 コウカが事前に自分の動力源の正体を明かしていたおかげで、柊くんも冷静に状況を把握してくれたが、それよりも、推断と言えども答えに辿り着いたあの子は本当に凄いと、開発者でありながら私は関心してしまった。


 私たちは研究所の地下三階まで降り、この階に一つしかない部屋に着いた。そして鉄でできた分厚い扉を三回潜り、ガラス窓しかない狭い部屋に入った。

 分厚いガラス窓からは、隣のメンテナンスルームが覗ける。その冷たい台の上に、衣服を纏っていない身体に布を被せられたコウカが横になっている。


「近くには行けないんですか」

「ええ。ごめんなさい。オーバーパックした容器に亀裂が見つかったの。だから、安全の為に」

「そうなんですか」


 柊くんはガラス窓に近付いて、横たわるコウカの姿を眺めた。


「……あの。どうして、直していないんですか」


 コウカが自ら切断したという左足の太腿から下は、失ったままだった。それだけでなく、側頭部や肩などにある銃創や数々の擦過傷も直さず、そのままの状態だった。


「プロジェクトが中止になるかもしれないと噂で聞いたんですが、政府から直すのを止められているんですか?」

「まあ……そうね」


 私は柊くんから視線を逸して、曖昧に答えた。


「直せるんですよね。コウカさん、また動けるようになるんですよね」

「直せるわ……身(・)体(・)は(・)ね(・)」

「身体は?……システムにトラブルでも?」

「実は……」


 私は、彼に言わなくてはならなかった。


「保存されていたコウカの全てのデータが、なくなっているの」

「なくなった?」

「プログラムも、これまで成長過程で蓄積したデータも、何もかもが全て、デリートされてるの」

「……どういうことですか」


 柊くんは私を真っ直ぐ見て、純粋に原因を質問をした。私は、彼の質問に正直に答えた。


「私にもわからない。気付いた時には何もなかったの。恐らくあの事件の最中に、何かあったんじゃないかと思う」

「それじゃあ、ハッキングの時に?」

「ではないわ。あのハッキングは、研究所の機能を停止させる為だったから、そこまではしていない」


 コウカのプログラムも蓄積したデータもデリートされたのは、ジャカロの仕業ではないと私は確信していた。その犯人を想像すらしていない柊くんは、コウカを目覚めさせる方法を探そうとした。


「でも、バックアップはしてるんですよね。それなら、復元は可能なんじゃないんですか?」

「それが。バックアップデータや、オープンソースに公開していたものもなの。だから、私たちが保存していたデータは全て失ってしまったことになる」

「そんな……あ、でも。オープンソースでプログラムを公開してたなら、世界中の研究者が開発データを保存してるんじゃないんですか。お願いしてそのデータを集めれば……」

「それは可能よ。だけど、集めたデータをインプットさせても、コウカになる訳じゃない。データは飽くまでもデータで、ここで成長した記憶はないから、私や貴方のことは知らない。外見は同じでも、全くの別人になるだけなの」


 つまりは、『躑躅森虹花』という存在そのものが完全に消滅したということ。まるで、この世に存在した痕跡を消し去ったかのようだと、私は感じていた。


「復元ができない……それじゃあ、コウカさんは……」

「あの子が戻って来ることはないわ」

「そんな……」


 柊くんは愕然として肩を落とし、再びコウカに視線をやった。

 横たわるコウカは、二週間前に柊くんが見た姿と何も変わっていない。けれど、あの時の話の続きをいつかできると信じていた彼にとっては、希望が経たれたような心情なのだろう。そんな彼の為に何かしてあげたかった。けれど、私ができることは何もなかった。


「こんなこと、誰がやったんですか。誰が何の目的で……」

「その目星は付いているわ」

「誰なんですか!?」


 犯人を責め立てるつもりで、柊くんは私に聞いた。私は、確信している犯人の名前を彼に告げた。


「コウカがやったのよ」

「え?」

「この子が自らデリートしたんだと思う」


 予想もしていなかった犯人の名前を聞いた柊くんは、信じられずに呆然とした。


「……言っている意味がわかりません。コウカさんが自分で、自分のプログラムとデータを消した?」

「ハッキングが原因じゃない。勿論、身内の職員が犯人でもない。そしたら、この子自身しかいないわ」

「そんな訳ないじゃないですか!」


 柊くんは信じられず否定した。当然だ。コウカ自身がやったというのなら、それは人間で言えば“自殺”をしたということになる。勿論私も、自分の推測を何度も否定して考え直した。色々悩むことはあっても、その先に未来があることを信じていたあの子が、そんなことをする筈がないと。


「だけど、研究所の警備システムに簡単にアクセスできるこの子なら、デリートを怪しまれずにできるかもしれない。オープンソースも不正アクセスは弾くようにできているけど、ダミー映像の差し替えを教えてもいないのにやってのけたこの子なら、それもできかねない」

「まさか。そんなこと……」

「私もまさかと思ったわ。けれど、他に犯人になりそうな人物がいない」


 様々な可能性を推測したり、動機から犯人を炙り出そうとまで考えた。デリートなんて、ジャカロしか考えない。しかしその有力視が、強引な方法を用いてはいたものの、手順を踏んで政府と掛け合おうとしていたことを踏まえると、ジャカロでもないだろう。コウカの破壊をテロと同時に画策していたとしても、テロの強行とデリートは私の中では一本に繋がらなかった。

 唯一、可能性を挙げるとすれば。侵入を阻止したと思っていたマルウェアがあの子の中に密かに潜んでいて、システムを奪われる危険があった。だとしても、自らデリートを判断するだろうかと疑問が残る。

 でも。私が可能性を言って並べても、柊くんは納得しないだろう。今の彼には、どんな仮設も腑に落ちない筈だ。


「嘘だ。なんで彼女が、そんなことをしなきゃならないんですか。どうして……」

「理由はわからないわ。痕跡がないから、本当にコウカがデリートしたのかも……だけど、この子がやったのなら、そうした理由がちゃんとある筈なの」


 コウカは自己判断ができるから、勝手に独断行動も取った。けれどこの勝手な判断は、なんの理由もなしに行えることではない。あんなに“自分”という存在に拘っていたのに、作り上げてきたものをあっさり波に攫(さら)わせるような安易な考えでできはしない。

 母親の代わりを努めてきたのに、私には見当も付かない。自分の役目を果たすべく学ぶことに一生懸命で、日々邁進していた彼女が、何故そんな信じ難く峻厳(しゅんげん)な判断を自分に下せたのか。

 すると、沈黙していた柊くんが言った。


「……彼女を見つけた時、『せめて西銘くんだけでも』と言っていました。その時には既に、助けられなかった人がいた。それがジャカロの代表で、もしかして、その人を助けられなかったことを悔やんで……」

「自分を傷付けて、存在を否定していた相手のことを……?」

(西銘遼平との和解は桐島さんから聞いたけど、彼との蟠りをなくしただけでなく、ジャカロの代表とも和解しようとしていたの?破壊されるかもしれないのに、その身を犠牲にすることを躊躇わずに……)


 コウカは誰に指示された訳でもなく、それが今の自分がやるべきことだと決め、拓かれる可能性が難しい未来を選ぶ為に全うしようとした。恐らく最も難しい壁で、難攻不落の城塞だった筈だ。

 でもきっと、懸命に歩み寄りを呼びかけたに違いない。しかし相手と和解できず、共生する道を選べなかったことを悔やんだのだろうか。


「……コウカさんは、責任を果たしたかったと思います。自分の為じゃなく、相手の為に。説得ではなく、お互いが歩み寄る為に……勿論、僕にも彼女がこうしたことの理由はわかりません。だけど、もしかしたら、相手の気持ちを尊重したいと思ったのかもしれませんね」

「……そうね」


 コウカはたくさん考えて、たくさん悩んだと思う。その末の選択なのかもしれない。

 コウカが人間の意志を尊重してくれたように、私たちも懸命に、彼女の意志を尊重することを努めた。彼女のたゆまぬ努力を、答えを追い求める探求心を讃えた。

 けれど、彼女を失った現実は、私たちはまだ受け止めきれそうになかった。




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