1話
本社の応接室で話を聞いた直後、私はその男の頬を引っ叩いた。
『イサナギファンモール爆破テロ事件』の二週間後。三十数年振りに姿を現した私の双子の弟である吏己人から、公安の仕事でジャカロに潜入した際に起こした不始末について謝罪されたからだ。
こいつに全ての責任がある訳じゃない。今回の事件の大本は西銘で、その西銘は死亡して危険は排除されたし、テロを未然に防ごうと動いていた公安には感謝しなければならない。それはわかっているけれど、現状と心情に整理をつける為に誰かを責めないと気がすまなかった。
「オレを責めたい気持ちはわかる。けどいきなりビンタはないだろ。三十年以上振りに会えた弟だぞ」
壮年のリキヒトは昔と変わらない澄ました顔で、ぶたれた左頬を擦った。微妙に不服そうだが、それ程痛みを感じていなそうに見えた。私と音信不通だった間に、何度か同じ痛みを味わっているのだろうか。仕事かプライベートかわからないけど。
「これでも抑えてあげたのよ。それに、文句を言いたいのはこっちよ。爆破テロを未然に防げなくてごめんなんて謝られたら、勢い余って公安本部に殴り込みたくなるじゃない」
「いや。それはやめてくれ。姉さんが捕まる。頼むから、オレへのビンタで我慢してくれ」
本当は、飾ってある焼物を片っ端から投げつけてやろうかと思った。だけど自分で作った愛着のあるものだから、割れるのが惜しくてビンタにしてあげたのだ。その隠れた配慮に感謝してほしいものだ。
「ドーニアタイプのことに関しては、本当に申し訳ないと思ってる。母さんたちの意志を継いだ姉さんの努力も、わかってるつもりだ」
「コウカが損壊したのは、あの子が独断行動したことがそもそもの原因だから。あとは、あんたがドジやった所為」
「まだ責めるのかよ。オレだってできることはしたんだ。ジャカロの中に協力者がいなければ、事態は最悪になっていた」
「まさか、代表の息子が協力者になるなんてね」
リキヒトが西銘遼平に託したという闇取引と爆破テロ計画の証拠だが、公安に渡されたのはどうやら計画が実行される直前だったようだった。
リキヒトが本部に持って行けと言わなかったのは、西銘遼平が公安本部にそれを持って行ったとしても、顔も名前も知られている身内からの情報は信用してもらえないからだ。それだけではなく、身柄を拘束されてしまい、計画の阻止は不可能となる。だからリスクが少ないと判断し、休日の同僚に直接渡すよう指示した。その遠回りな方法が今回の件の一因だが、弟の判断は間違ってはいないと思う。それに、政府のあの発表がなければ、計画は強行されていなかった筈だ。
爆弾はイサナギタワーにも仕掛けられていたが、爆弾処理班がそっちの爆弾の処理を最優先したおかげで倒壊は免れ、甚大な被害となることはなかった。しかし、イサナギファンモールの各所に仕掛けられた全ての爆弾の処理まで間に合わなかった。
建物はおよそ3分の1が崩壊。災害支援要請を受けた自衛隊が駆け付け、その中から要救助者を一名発見した。救助されたのは、西銘遼平だった。生存率が危ぶまれる崩壊の中、瓦礫の隙間ができ、奇跡的に一命を取り留めていた。しかし、瓦礫に挟まれた両足が粉砕骨折しており、手術で切断された。
現在はまだ入院中の西銘遼平だが、警察から爆破テロ共謀の疑いで事情聴取をされ、全ての罪を認めた。術後の回復状態を見て退院次第逮捕、起訴されることになっている。
彼は警察の聴取に対し、償いの意志を示したと言う。課される量刑をしっかりと受け止め、父親の分まで償い、社会復帰をしたあかつきにはジャカロに戻り、今度こそ困っている人々の為に役立つと誓った。それから、とあるジャーナリストのインタビュー記事には、彼の償いの意志には大切な人の存在がある、というようなことも書かれていた。
因みに、遺体で発見された彼の父親である西銘芳彰は、容疑者死亡のまま起訴されている。
「一つ聞きたいんだけど。昔コウカが、ジャカロのものらしき黒いドローンに時々付き纏われてたんだけど、一度だけ発光信号を送られてきたことがあったの。あれはもしかして」
「ああ。オレだよ」
ジャカロの代表が西銘芳彰に変わったその少し前に、リキヒトは要注意人物の西銘の潜入調査を始めていた。そして、代替わりしてすぐに西銘の危険思想が表出し始め、組織内の役員の顔触れも入れ替わった。早くも不穏な様相に変化し始めたことを私たちに知らせる為に、あの方法を取ったようだ。
「で。姉さんはこれからどうするの。プロジェクトは今後どうなるんだ」
「私にもわからないわ」
あれから世間では、爆破テロの背景にはガラス固化体エネルギーへの疑念が最たる原因だと、多くの人々の間で囁かれていた。コウカが人質とされたことも、それに関わっているのではないかと言う敏い者もいる。
ガラス固化体のエネルギー利用については、発表以後、テレビでも頻繁に取り上げられてきるが、今回の事件を受けて専門家からも反対の意見が上がっている。こうした市井の声を聞いた政府は、今後の方針を慎重に決めようとしている。国外からの批判もあり、計画は白紙になるとも言われている。
「どっちにしろ、もう無理ね」
「無理?」
リキヒトと話していると、来社予定の客が来たとレセプションから連絡があった。弟も仕事の合間の時間に来ただけなので、帰ることになった。またいつ顔を合わせることになるのか。せめて連絡くらいは時々してほしいと言って、エントランスで見送った。




