4話
諌薙市に程近い関東の都市。そこにジャカロの本部が置かれている。他の企業のビルに引けを取らない立派な佇まいで、入り口には「日本民政再興機構」の名前が堂々と掲げられていた。
上階に上がって窓から景色を眺めれば、ビルの隙間から覗くイサナギタワーの上部が遠くに見える。そんな眺めのいい一室に、組織の幹部たちが集まっていた。その中心には、黒革のソファーに堂々と座るジャカロの代表・西銘芳彰と、彼の息子がその傍らに立っていた。
「それでは、定期報告を始めます」
一人の若い男性が口を開くと、全ての窓が遮蔽され、薄暗い中で会議が始まった。会議室には液晶ディスプレイはなく、昔の投影式のスクリーンしかない。それぞれの手持ちのタブレット端末から、投影機を経由してスクリーンに画面が表示される、前時代的な仕組みだ。
「まず、各地域への支援の状況は?」
西銘は穏やかに、担当者にプロジェクトの状況を問う。
「アフリカ大陸の貧困層への支援は、施設やシステムの配備が間もなく完了の予定です。ミクロネシアの方は、近隣諸国の支援もあり、予定を五日ほど前倒して、昨日撤退しました」
「余計なものに手を出していないな?」
「はい。全て土台のみ整え、あとは各国の責任者に任せました」
「了解した。各民族の方々への対応は、その後どうなっている?」
西銘が別の者に視線を向けて質問すると、担当の男は頭を下げた。
「申し訳ございません。土地へ入るのも困難な状況が続いており、話を聞いてもらえる段階にすら達しておりません」
「閉鎖的な風土で、先祖代々の価値観や文化を守ってきたのだからな。受け入れてもらうには、相当の時間がかかる。だが私たちが諦めては、平等な世界は訪れない。大変だろうが、根気よく続けてくれないか」
「かしこまりました」
暫く海外の各地域担当の報告が続き、支援状況の確認が一通り終わると、西銘は最後に別のプロジェクトを担当者に確認する。
「それから、“種蒔き”の準備の方はどうだ」
「ご指示の通り、少しずつ摘播の下ごしらえをしております。少々土壌が硬いので、上手く解れるといいのですが」
「強固なようですから、重機でも使わなければ無理ではないかと思うのですが。こんな方法で大丈夫なのですか」
「大丈夫だ。信頼できる道具を使用しているからね」
西銘の一切不安のない心のゆとりは、その態度から溢れ出ていた。しかし部下たちの心情は、彼とは正反対だった。
「ですが。折角、代替わりしたと言うのに、ご自身の計画の方にもっと力を入れてはいかがですか」
「我々も待っていたのです。やっと代表の望みを叶えられるのですよ?」
「そうですよ代表」
西銘が見据える未来を以前から知る部下たちは、燻る思いを叶える契機ではないかと、早く行動するべきだと上申した。彼らは現代表の西銘に心酔していた。
しかし、自分を慕い付き従ってくれている部下たちの愛のある言葉に、彼は流されなかった。
「後に必ず望みは果たす。しかし、これも必要なことだ。私は、ケルビムが守っている『エデンの果実』を知りたい。いや。知るべきなのだ。本心は、どちらも穏便に事が運べばいいんだけどね」
「ですが、二兎を追う者は……」
「俺は、代表を支持します」
部下が重ねて上申しようとしたのを、西銘の息子が遮った。そして、意気込んで父親でもある彼に言う。
「ですが、一つだけ宜しいでしょうか」
「なんだい?」
「物事には、契機があると思います。代表が今の椅子に早く座れたのも契機です。しかし、行動するタイミングを見誤れば、計画は完遂しないと思います」
「お前は、私が世間をのんびりした心持ちで見ていると言うのか?」
「いいえ。そう言う訳では」
彼は畏怖から意気を押し止めた。抑え付けるつもりはない西銘は、一瞬出した刃のような威圧をすぐにしまった。
「確かに、契機を見極めることは大事だ。だが、視界を狭めて見計らおうとしてはいけない。それに言っただろう。穏便に事が運べばそれでいいのだ。私は今は強行に出るつもりはない」
「わかりました。出過ぎたことを言ってしまい、すみません」
彼も、部下たちと同じ思いで上申したのだが、最後は畏怖の念に負けて頭を下げた。
「勉強も仕事も、行き急いでも何も身に付かないんだよ。遼平、お前はまだまだ未熟だ。ちゃんと私を見て学びなさい」
「はい。代表」
その後会議は終わり、一同は解散した。リョウヘイも部屋を出ると、廊下に立っていた世話係の辻がその後ろを付いて来た。彼のサイズに合わない上着を腕にかけ、一定の間隔を保ってリョウヘイの後ろを歩く。
「リョウヘイさん。会議はいかがでしたか」
「いかがも何も。俺は見学みたいなものだから、特に関与はしてない」
「発言の許可は、代表から頂いているんですよね」
「だからって、何もわからない俺が発言しても、未熟な子供の意見で流されるんだよ」
「では。リョウヘイさんが同席しているのは、ほぼ無意味じゃないですか」
リョウヘイは急に立ち止まると、後ろを歩く辻を不機嫌に振り向いた。
「今更、何言ってんの。俺は研修の身なんだから、そんなのとっくに了承してんだよ。俺に勉強教えてるくせにそんなことすらわかんねぇのかよ、おっさん」
「すみません」
自分の子供でもおかしくないくらい年の離れたリョウヘイに睨まれ、その上「おっさん」呼ばわりされても、辻は整った顔立ちから醸し出すクールさを全く崩さなかった。
「お前、時々ウザい。俺は勉強なんかどうでもいいのに、父さんがお前を宛てがったから、仕方なく近くに置いてやってるだけなんだからな!」
「わかってます。お会いしたその日に聞きましたから。ですので私のことは世話係でなく、いないお母様の代わりだと思って頂いて構いません」
「誰が思うかよ!て言うかお前男だろ!」
擦れ違う大人たちに会釈されながら一階まで降りて来たリョウヘイは、シャツ一枚しか着ていないのに、その格好のまま冬の寒空の下へ出て行こうとした。辻は慌てて、持っていた彼の上着をその肩へかけようとする。
「リョウヘイさん。出かけるなら上着を着て下さい」
「いらない。このくらい寒くない」
しかしリョウヘイは、辻がかけようとした上着を手で払った。辻は一瞬、少しだけ眉を顰めた。
「何処へ行かれるんですか」
「何処でもいいだろ」
「知っていますよ。学校を見に行っているんでしょう」
言い当てられたリョウヘイは、また辻を睨んだ。まだ十代の若造に鋭い目付きを再度向けられた辻だが、怒鳴らず手も上げない。代表の息子なのだから当たり前だが、大人の男らしく静かに反抗を受け流した。
「なら聞くな。どうせ父さんに言われたんだろ。尾行なんて趣味が悪いんだよ」
「もしかして。高校、行きたいんですか?」
「別に」リョウヘイは顰めっ面を逸らした。
「中学までは行っていたのに、何故、高校は行かなかったんですか」
「早く父さんの後継者になりたかったからだ。学校で数学だの国語だの勉強するより、自分がいずれやることを学ぶべきだと思ったんだ」
「しかし、16歳なら学業を優先された方が。その方が、後に役立つこともあるかもしれません。完全オンライン授業の学校もありますし、そこなら卒業の証明も……」
「うるさいな。放っておけよ」
リョウヘイは心配する辻の気持ちを突っ撥ね、上着をぶん捕るようにもらって「尾行するなよ」と念を押し、外に出て行った。
「勉強の時間までには、戻って来て下さい」
自動ドアの外は、木枯らしで多くの黄色や茶色の木の葉が舞っていた。一人で歩く彼の後ろ姿は、寒風が吹き荒ぶ中でも芯が通っていた。
その背中を見送る辻は、溜め息を漏らした。
(めんどくさいガキだな。オレだって、ガキのお守をする為にここに来たんじゃないんだよ)




