跡継ぎ令嬢は想いを打ち明ける
「本当のところ、一体何があったのです?」
「それは……」
ロゼッタは言いよどむ。
果たして他者にブルーノへの想いを話してもいいのだろうか。
「ジラルド、止めなさい。ロゼッタ嬢が困っているではないか」
「いいえ、今ここで追求しないと、後々ロゼッタ嬢が困ることになるのです」
エルヴィーラが止めようとするが、ジラルドは聞く耳を持たない。
いつもなら素直にエルヴィーラの言うことをきくジラルドにしては珍しいことだった。
「……人払いをしますから、好きに話してください」
そう言い、ジラルドは周囲の者に目配せして外に出るよう指示した。
残されたのはロゼッタとジラルドとエルヴィーラの三人のみ。
「ここで聞いた事は他言無用にします。さあ、どうしてブルーノを置いてきたのですか?」
「……っ」
まだ言うべきか迷っていたロゼッタだが、決心して口を開いた。
「わたくし――ブルーノを、好いていると気づきましたの」
「……」
ジラルドは半眼になると、本日三回目の溜息をついた。
「今さらですか……」
「えっ、今さら……ですって?」
「そうですよ。もうすでにご自身の気持ちに気がついているのかと思っていました。ちなみに私は6年前から気づいていましたよ。ブルーノを見ているロゼッタ嬢の目は、他の者を見ている時と全く違いますから」
「そ、そんなにわかりやすかったですの?!」
「ええ、とても」
「~~っ」
気恥ずかしさのあまり、ロゼッタの顔は林檎のように真っ赤になる。
無自覚とはいえ、わかりやすい行動をとっていたなんて。
「――それでロゼッタ嬢は、ブルーノのへの想いに気づいてから彼が近くにいるといたたまれなくなって、母上に泣きついてここに来たのですね?」
「……ぐうの音も出ませんわ」
まさにその通りだ。反論の余地もない。
内心半泣きになっているロゼッタを、エルヴィーラがぎゅっと抱きしめた。
「ジラルド、もういいだろう。これ以上言うとロゼッタが可哀想だ」
「……わかりました。これ以上は手伝ってあげるつもりもありませんし――それにちょうど、ロゼッタ嬢の護衛が迎えに来たようですから、あとは二人で話し合ってもらいましょう」
その言葉にロゼッタがハッとしてジラルドを見ると、彼は庭園の入り口の方に目を向けている。
ややあって、ジャンに伴われてブルーノが現れた。
「ブルーノ……?」
まさかここまで迎えに来てくれるとは思ってもみなかった。
なんせ出かける前に、ブルーノの言葉を無視して頑なに休ませようとしたし、他家の騎士に送迎してもらうという暴挙をとったのだ。
さすがのブルーノもそこまでされると、ロゼッタに愛想を尽かして今日は護衛の仕事をしないだろうと思っていたのに――。
「ロゼッタ様、そろそろお帰りのお時間かと思い、お迎えに上がりました」
ブルーノは眉尻を下げると、ロゼッタに歩み寄る。
「……帰りは私が護衛いたします。他の者に任せるなんて、どうか仰らないでください」
彼女の前に跪くと、恭しくその手をとってキスをした。
「わ、わたくし……休むよう言いましたのに、なぜここに……?」
「お出かけ前に申し上げた通り、私はロゼッタ様のおそばにいないと心が休まりませんから迎えに来ました。これからも――生涯、休みは不要です。ロゼッタ様のおそばにいさせてください」
「生涯だなんて……」
ブルーノは冗談を言わない。
そんな彼の言葉だからこそ、重みを感じる。
「あなたに全てを捧げると以前誓ったはずです。この身も私の時間も全て、あなたのものです」
ブルーノは本当に、自身が持つなにもかもをロゼッタに捧げようとしている。
その覚悟を感じ取った。
「でも、そうすると私がブルーノの時間を奪うことになりますわ。ブルーノの人生だってあるのに――」
「そうしていただけるのが私の本望です。ロゼッタ様だけに私の時間を捧げます。その対価として、ロゼッタ様と共に過ごす時間をいただきたいのです。少しの時間も、ロゼッタ様以外の誰かに使うつもりは毛頭ございません」
「――っ」
まるで愛の告白のような言葉に、ロゼッタは自分の鼓動が駆け足になるのを感じた。
ブルーノにやんわりと手を引かれて立ち上がると、エルヴィーラの腕から離れる。
「エルヴィーラ、申し訳ございません。お話の途中ですのに、わたくし――」
「大切な話があるのだろう。気にせず帰りなさい。……それと、悩みがある時は、いつでも私を訪ねるといい。ダンテに相談しにくいことは、私が聞こう」
「エルヴィーラ……ありがとうございます。エルヴィーラの優しさにいつも救われていますわ」
ロゼッタはブルーノから手を離すと、エルヴィーラに礼をとる。
エルヴィーラが手を振りその礼に応えるや否や、ブルーノがまたロゼッタの手をとってエスコートした。
帰路につく二人の背を、エルヴィーラとジラルドが見送る。
「……まったく、誰にもロゼッタ嬢を渡すつもりがないくせに、なにを手間取っているのですか。見せつけられているこちらの気にもなってほしいものです」
ジラルドは独り言ちると、端正な顔をくしゃりと歪ませる。
「こっちは初恋を引きずっているのですから、ぐずぐずしていたら横からロゼッタ嬢を攫いますよ」
恨みがましく呟くジラルドを、エルヴィーラは何も言わずに肩を叩いて労った。
好きな人のために自分の想いを封印して応援する、健気なジラルドなのでした。




