跡継ぎ令嬢は、王宮に招待される
更新お待たせしました!
バルバート家の邸宅の門の前に、仰々しいゴンドラが停泊した。
汚れ一つない真っ白なゴンドラには王家を象徴する紋章の金細工が施されている。
ゴンドラから降りてきた宮廷服の男は、出迎えてきた執事頭のカストに一枚の便箋を手渡した。
「国王陛下からバルバート嬢への招待状をお持ちしました。必ずやバルバート嬢にお渡しください」
そうして執事頭のカストから封筒を受け取ったロゼッタは、招待状に目を通すと渋面を作る。
「これは……由々しき事態ですわ」
国王から茶会の招待状が届いたのだ。
心の底から断りたいと願っていても、さすがに王家が相手ではシルヴェストリ公爵の時と同じ手を使うわけにはいかない。
「仮病は使えないから不在という事にしようかしら? ブルーノ、今すぐわたくしを王都の外に連れ出してくださって?」
「……ロゼッタ様がお望みなら国外にもお連れします」
「あら、頼もしいですわ。それなら今すぐに支度をしなければなりませんわね」
二人のいささか本気な冗談を聞いて肝を冷やしたカストは、二人を諫めるのだった。
「お嬢様、国王陛下から茶会の招待をいただける事はまたとない光栄なのですよ。そのご招待を無下に断るのは不敬になります」
「それくらいわかっていましてよ。だけど、どうも気が乗りませんの」
国王もシルヴェストリ公爵と同じくらい苦手だ。
彼らはロゼッタにローゼこと故ジルダ王女の姿を重ねようとしているようで――。
それが、ロゼッタと関わる事でジルダの不在を埋めようとしているように思えて、不快でならないのだ。
(私はロゼッタ・バルバートよ。ローゼ様の身代わりではないわ)
それなのに自分ではない過去の人物の姿を重ねられる事は大いに不服だ。
憤りを感じる一方で、底のない不安に襲われてならない。
彼らにロゼッタ・バルバートとしての自分を認められていないようで、それがかつて感じていた無力感を思い出させてくるのだ。
(今もこれからも、私はダンテの娘よ。もう何もない、家族のいない【呪われた少女】のロゼッタではないの)
大人たちの勝手な希望が、かつて孤児として数々の家族との出会いと別れを繰り返してきた少女の心の柔らかな部分を傷つけている。
黒霧の魔女に家族を奪われ続けた少女の心の傷は、まだ完全に癒えていないのだ。
(――ああ、なるほど)
ロゼッタは招待状に視線を落として拳を握りしめる。
(私……怯えているのね)
ようやくできた家族との別れがまた来るのではないかと、心の奥底で別離を恐れている。
だからこそ、国王やシルヴェストリ公爵が自分をダンテとブルーノたちから引き離してしまうのではないかと、怯えているのだ。
(だけど私は、ダンテとブルーノと一緒に黒霧の魔女に抗って、生き延びたわ)
大切な二人を奪われず、自分の命も奪われずに今日まで生きている。
――もう、奪われるだけの脆弱な存在ではない。
そう自分に言い聞かせた。
「断る事ができない相手だから参加するしかないわね。ダンテに話してから返事を書くわ」
憂鬱な思いでメイドのナナに手紙の返事を書く準備を言いつけるロゼッタに、ブルーノがそっと声をかけた。
「……ロゼッタ様、私が側にいますからご安心ください」
落ち着いた声音が、ささくれだっているロゼッタの心を優しく包む。
顔を上げたロゼッタの瞳に映るのは、芸術品のように美しい造形の、銀髪の護衛。
人外めいた美しさを持つこの護衛の実力は確かで、そして無条件にロゼッタの味方でいてくれる唯一無二の存在。
(そう。ブルーノがいるから、もう大丈夫よ)
ブルーノなら、ロゼッタに危害を加える者なら相手が国王であろうと剣の刃を向ける。絶対に。
「ええ、わたくしの命をブルーノに預けるから、ずっと側にいて」
「……仰せのままに」
その時、護衛は仮面のように無機質な表情の裏に仄暗い喜びを隠したまま、ロゼッタの命令に応えたのだった。




