謎多い少女との再会
更新お待たせしました!
久しぶりにジラルドの登場です!
神殿を尋ねて以来、ロゼッタはエミリオの予言に頭を悩ませている。
少しでも時間に余裕ができると、予言を思い出してしまうのだ。
今はブルーノと一緒にポルカーリ工房へ視察に行った後で、いつも通りちょっとした寄り道をしているところだ。
しかし今日は街を行き交う人々の様子も、店先に並ぶ珍しい異国の果実にも大して興味を持てない。
「小さなセイレーンって、誰なのかしら?」
「……」
それは知り合いなのだろうか、それとも見知らぬ誰かなのだろうか。
いずれにせよ、与えられた比喩だけでは見当がつかない。
(気をつけるべき存在なのに名前を教えてくれなかった事も気になるわね)
もしかすると、気をつけなければならないとはいえ、さほど脅威ではないのかもしれない。
ほんの少し楽観的に考えてみるものの、やはり警戒心が勝ってしまう。
黒霧の魔女との戦いで、少しの油断が命取りになりかねないと学んだためだ。
相手方の正体について頭を捻っていると、これまで自分の後ろを歩いていたブルーノが前に出てきた。
「……」
「ブルーノ?」
ロゼッタを庇うような体勢で、片手は剣の柄に触れている。
ブルーノが剣に頼るという事は、何者かがロゼッタに危害を加える可能性がある時だけだ。つまり、よほど危険な相手なのだろう。
「相手の特徴は?」
「……子どもです」
「え?」
「子どもであろうと油断はできません」
ぴりりとした空気にこくりと唾を飲み込む。
一体どのような敵なのだろうか。ゆっくりと頭を動かしてブルーノの視線の先を辿ると、そこにはいつぞやに助けた平民の少女がいた。
少女は珊瑚色の瞳にしっかりとロゼッタたちの姿を捕らえており、再会を喜んで満面の笑みを浮かべている。
「ブルーノ、この子なの?」
「……」
沈黙は肯定のようだ。ロゼッタは些か信じられない気持ちでいるのだが、ブルーノはこの少女を危険と判断したらしい。
それでは少女を撒くべきか。逃げる算段を考えているロゼッタに、少女はいそいそと近づいて来た。
「ロゼ、会いたかったよ」
「まぁ! 一度だけ会った相手に許可もなく呼称で呼ぶなんて馴れ馴れしいのではなくて?」
「ご、ごめんなさい」
少女はしゅんとして俯いた。気弱そうに見えるこの子が本当に危険なのだろうかと訝しく思う。
ブルーノの勘を疑っている訳ではないが、彼は過保護な一面がある。以前路地裏で危険な目に遭ったから、過剰に反応しているとも思えたのだ。
「ブルーノ、本当にあの子が危険ですの?」
「……セイレーンの歌の如く、言葉巧みにロゼッタ様を誘い出しているように見受けられます」
「考えすぎですわ。あの子は不届き者たちに連れ去られそうになった幼気な子どもですのよ?」
「……しかし、かの魔物のように危害を加えるのであれば容赦しません」
「ええ、もし何か事件が起こったとしてもブルーノが守ってくれるでしょう?」
「……」
「ねぇ?」
「……」
「だってブルーノは世界でたった一人だけの、わたくしの護衛ですもの」
「……はい。この先もロゼッタ様の護衛は私ただ一人です」
「では一度、その剣をから手を離しなさいな」
「……」
ブルーノは少し躊躇ったが、ゆっくりと手を下ろした。
「それで、わたくしに何の用ですの?」
「私と友だちになりませんか?!」
「……はい?」
「ロゼッタ様と友だちになりたくて、ずっと探していたんです!」
ロゼッタは目をぱちくりと瞬かせ、茫然と少女の顔を見た。
これこそ予想だにしない事態だ。一度会っただけの貴族に対して友だちになりたいと申し出る平民など聞いた試しがない。
「あなた、友だちが居ませんの?」
「私の名前は『あなた』ではありません。……アリスです」
「話の論点をすり替えないでくださる?」
これはなかなか厄介な相手だ、と天を仰ぐ。早くもブルーノの警戒を解いたことを後悔し始めた。
「わたくしは友だちを求めていませんの。だから他を当たってちょうだい」
「ロゼッタ様には友だちがいないの?」
「……ええ、いないわ。仕事で忙しいから必要ありませんの」
強がりで言っているのではない。ロゼッタは友人を作ってお茶会に興じるより、『ギャラリー・バルバート』で商談に同席したり、工房街の職人から美術品の話を聞くことの方が好きだ。
しかしロゼッタがよくても世間は許さない。
彼女からお茶会の招待を断られた令嬢たちが根も葉もない噂を広めるせいで、社交界では『小さな悪女』と呼ばれている。
もちろん『花の妖精』の名も健在だ。ロゼッタが外出すると、彼女を見かけた令息たちは揃って頬を染める。
そんな彼らは漏れなくブルーノの殺気に中てられすぐに逃げ去るのだった。
「う~ん。それじゃあ、私と一緒に遊んで、楽しかったら友だちになって?」
「わからずやですわね。わたくしは仕事で忙しいから遊んでいる暇がないですの」
「一緒に遊んでみたら考えが変わるかもしれないよ?」
「はぁ……。これでは堂々巡りですわ」
それにしてもこのアリスという名の少女は馴れ馴れしい。
たいてい、彼女くらいの年頃の子どもは平民が無闇に貴族に話しかけてはいけないと親から聞かされているはずだ。
(権力をひけらかすのは気が進まないけど、埒が明かないから仕方がないわね)
「あなた、さっきから大人しく聞いていれば本当に言いたい放題ね。貴族に馴れ馴れしく話し掛けるなと親から聞かされなかったの?」
「うん。父上も母上もそんな事は一度も言ったことがないよ?」
「はぁぁ」
どうやら自由に育てられた子どもらしい。これでは何を言っても聞かないだろう。
もう無視するしか手立てがないようだ。
「ブルーノ、もう行きましょう。話にならないわ」
「……」
ロゼッタが踵を返すと、アリスはロゼッタの前にくるりと回り込んで通せんぼする。
「お退きなさい。あなたと話をする時間はありませんわ」
「……どうしても、友だちになってくれないの?」
「――っ!」
少女の声音にロゼッタはびくりと肩を揺らした。相手に有無を言わせないような威圧感が滲んでいるのだ。
それは単なる脅しとは形容し難く、権力者が生まれながらにして持つ力のようで。
(国王陛下に話し掛けられた時のようだわ)
不思議なことに、少女と国王の姿が重なる。
「ええ、無理よ。時間がないから通してくださる?」
「残念だな」
毅然と返すロゼッタに、アリスは不敵な笑みを浮かべた。
――その時、不意に見慣れた人物が現れた。
「ロゼッタ嬢?」
聞き慣れた声がして振り向くと、ジラルドがロランディ家の騎士であるジャンと共にこちらを見ている。
「ジラルド様、どうしてここに?」
「久しぶりに会って第一声がそれですか。ジャンと共に所用を済ませていたのです」
十四歳になったジラルドはロゼッタよりうんと背が高くなった。顔つきは大人びており、今では彼のもとに沢山の釣り書きが届くらしい。
そんなジラルデは恋愛には興味が無いのか、浮いた話を聞かない。
彼は母親であるエルヴィーラのような騎士を目指しているらしく、日々剣の鍛錬をしているらしい。
その鍛錬の賜物と言うべきか、体つきはしなやかながらも筋肉がしっかりとついている。
「ロゼッタ嬢、その者は――……」
ジラルデの視線がアリスに注がれている。ロゼッタはこれ幸いとアリスをジラルデに押しつけた。
「アリスですわ。以前、不届き者たちに連れ去られそうになったところを助けましたの」
「……そうでしたか」
「誘拐されないよう送り届けてくださる? わたくしたちは忙しくてそんな時間ございませんの」
「わかりました。その代わりに今度うちに遊びに来てくださいね。母上がロゼッタ嬢が足りないと言って元気を失くしているので」
「……エルヴィーラの為なら仕方がありませんわね」
ジラルデは満足げに赤い瞳を眇める。
「それでは彼女を送りますので、失礼します」
彼は騎士がお姫様をエスコートするように恭しくアリスの手を握ると、ジャンと共に去って行った。
その時、アリスがとてつもなく嫌そうな顔をしていたのだが、ロゼッタは笑顔で見送った。
これで厄介な人間とはおさらばだ、と。そう思ったから。




