跡継ぎ令嬢は、企みを思いつく
「ええっ?! あの悪魔の画家に会ったんですか?!」
シルヴェストリ公爵邸でのお茶会の翌日、『ギャラリー・バルバート』に出勤したロゼッタは、トビアにオスカルの事を話した。
鑑定士としても悪魔の画家であるオスカルに興味があるようで、トビアは心底羨ましそうに唇を尖らせた。
「オスカルはシルヴェストリ公爵邸に引き籠るか、魔法で姿を変えて王国中を旅しているので、会うのは至難の業なんですよ。シルヴェストリ公爵邸に招かれるなんて羨ましいです!」
自分も貴族だったら会えたかもしれないのに、と悔しがるトビアを見ていると、今度招待されることがあれば、是非ともトビアに譲ってあげたいと思う。
ロゼッタはどうもファウストへの苦手意識が拭いきれないでいるのだ。
(だけどオスカルさんにはまた会いたいわ)
モチーフに心を傾け、絵画を愛し、丁寧に説明をしてくれる長命不老の画家。
そのミステリアスさへの興味もあるが、彼の人柄に好感を持っており、また話してみたい。
「そう言えば、今日の目玉商品はどこですの?」
「あちらにありますよ。ポルカーリ工房の呪術検査も終わっているので手に取っても大丈夫です」
「鑑定も終わりましたの?」
「はい。正真正銘、ヒアデスの鏡です」
トビアは商品を入れている保管用の魔法具を開け、中に入っている手鏡を見せてくれる。
手鏡は透明の魔鉱石で造られており、鏡を縁どる魔鉱石は波打つ水を彷彿とさせる有機的な線を描いている。
柄には水の波紋のような意匠があり、ロゼッタを魅了する。
「綺麗……。逸話を聞かずとも神秘さを感じられる品ですわね」
「そうでしょう? 人間では再現不可能な美しい造形です」
ヒアデスとは水の精霊の名前で、この手鏡は彼女が魔鉱石を水の力で削り作成した魔法の鏡らしい。
透明な魔鉱石で造られているため、遠目から見ると氷の鏡のようにも見える。
ロゼッタは手袋を嵌めた指先で、波打つ水を彷彿とさせる縁の装飾をなぞった。
「精霊も人も一度しか使えない神秘の鏡。本当に誰でもこの鏡で未来を視られるのかしら?」
以前ロゼッタが目を通した文献によると、満月の夜にこの鏡の上に湖の水を注ぎ、満月と自分の姿を映すと、夢の精霊の力で未来を視れるらしい。
これはヒアデスが戯れに己の未来を占うために作ったものだとか。
「未来を視る力……欲しがる人が沢山居そうですわね」
「ええ、大抵の人間は持ち得ない力ですからね。ですが、シルヴェストリ大司祭が同じ力を持っていますよ」
「そう言えば、そうでしたわね」
シルヴェストリ大司祭ことリベリオの瞳には、目を見た相手の未来が視えるそうだ。
その力を使い、これまでに数々の困難からディルーナ王国を救ってきたと聞く。
(わたくしやダンテの前では威厳が無いから、いつも驚かされるわ)
普段はダンテと軽口を叩き合っている姿しか見ていないから忘れかけていたが、女神から特別な力を授かり大司祭を務める、いわばこの国の重鎮の一人だ。
忠誠的な外見に神秘性を見出す者もいるが、彼の残念な一面を知るロゼッタからすると、ただの気のいいおじさんである。
(だけどあの人の力は確かだわ)
六年前、初めて出会った日に、リベリオはロゼッタに怪盗に注意するよう忠告した。
その忠告は当たり、黒霧の魔女が怪盗ローゼの名を使い、ダンテをおびき出したのだ。
(そしてあの人は王家とのつながりが深いシルヴェストリ公爵家の人間でもある。だからもしかすると、秘密の庭について知っているのかもしれないわ)
先視の力と、王家との繋がり。その二つの力さえあれば、隠されている場所に辿り着けそうな気がした。
(問題は、シルヴェストリ大司祭が素直に教えてくれるかどうか、ね)
もちろん秘密の庭が王家に関する機密であるのなら教えてくれないだろうし、そうでなくともリベリオは条件を提示してくる可能性が考えられる。
(でも教えてくれる可能性が無いわけでは無い。あの作品の居場所がわかるのならまずは聞いてみるしかないわ)
ジルダが描かれた『魂込めの肖像画』。それがこの王都のどこかにあるのならば、探し出して見てみたい。
そして――。
(ダンテに見せてあげたい)
彼の心の中にはジルダ――怪盗ローゼへの想いがずっと残っている。
十三歳になったロゼッタは、ダンテや周囲の人間から聞いた話の断片をかき集め、ダンテがいかに悲恋に苛まれてきたのかを知っている。
そしてその胸の痛みや喪失感が、彼を黒霧の魔女の討伐へと突き動かしていた事も。
(肖像画でもいいから、ダンテとローゼさんを会わせてあげたい)
ローゼはダンテにとって一番大切な人。これまでに何度も、ローゼを想う彼を見てきたからわかる。
どんなにダンテが大切にしてくれていても、ロゼッタでは踏み込めない余地がある事を痛感しているのだ。
胸をちくりと刺す痛みと、渦巻く重苦しい感情に目を背けるように頭を横に振った。
「ねぇ、ブルーノ。近々、シルヴェストリ大司祭に会いに行こうと思いますわ」
「……」
背後で控えている護衛に話し掛けると、彼は静謐な泉のような水色の瞳を向けて真剣に聞いてくれている。
その瞳を見ると、この先を話さずとも、もう自分が言おうとしている事を理解してくれているような、そんな気がした。
「彼に聞きたいことがありますの」
「……」
精巧に作られた人形のように美しい顔がロゼッタを見つめる。
その顔に感情は乗っていないが、彼女を見つめる瞳には真摯な忠誠心と愛情が込められている。
――そして、微かな独占欲が影を潜めている。
「……畏まりました。それでは旦那様には内密に準備を進めます」
ロゼッタはダンテにではなく敢えて自分に告げた。彼女のその真意を汲み取ると同時に、主が自分だけを頼ってくれた喜びで胸を満たす。
「ありがとう、任せたわ」
花のような笑みを見せるロゼッタに、ブルーノも微笑みを返した。




