跡継ぎ令嬢は不愛想になってみた
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色とりどりの花に彩られた豪奢な庭園。
ロゼッタはその一角にあるガゼボの椅子に座り、紅茶を飲んでいる。
テーブルをはさんで差し向かいに座っているのはファウストだ。
こちらはティーカップには指一本触れず、腕を組んでしげしげとロゼッタの顔を見つめている。
公爵家の当主とはいえ、淑女相手に無礼な態度だ。
「公爵閣下、わたくしの顔に何かついていますの?」
「いいや、特に何も付いていませんが?」
「……」
嫌味に対して真面目に返事してどうするのだ、と呆れてしまった。
王宮とも引けを取らない美麗な庭園があるこの場所こそが、シルヴェストリ公爵邸。
ロゼッタが招待された、気の乗らないお茶会の会場である。
(ダンテでもどうにもできない相手っているのね……)
お茶会に行かなくてもいいように動いてくれていたのだが、あの手この手を使っても、ファウストは上手く躱してしまうのだった。
ロゼッタは勉強で忙しいと言えば、バルバート邸に訪問すると返されて失敗。
かくなる上はと、病弱と偽って断れば、医師が居合わせたら問題ないだろう、と返事を寄越してくるのだ。
おまけに、ダンテがお茶会について行こうとしていたところ、急に王宮から使者が来て連れて行かれてしまった。
王室所蔵の美術品について至急相談したいと話しているのが聞こえてきたが、あまりにもタイミングが良すぎて空恐ろしさを感じたのだった。
(まるで、シルヴェストリ公爵閣下が仕組んだみたいね)
かくして、ロゼッタは当初のお誘い通り、シルヴェストリ公爵邸のお茶会にお邪魔することになったのだ。
この気まずいお茶会は今回限りであってほしい。
――いや、そうさせよう。
淑女らしい所作でティーカップを傾けつつ、くるくると考えを巡らせる。
(こうなったら、とことん嫌な奴になってやろうかしら)
企み事をしているロゼッタの傍らには数名のメイドが控えており、何やらひそひそと言葉を交わしている。
「ミレーナ様とはお食事すらご一緒になさらないのに、どうして他家の子どもとお茶をされるのかしら?」
「おまけに公爵閣下に対して生意気だわ。ミレーナ様とは大違いよ。ミレーナ様とお茶をすればいいのに」
ミレーナとは、ファウスト実の娘の名前だ。
噂によると、可憐で可愛らしく、おっとりとした性格の少女らしい。
(使用人から慕われているようだけど……どうして公爵閣下は見向きもしないのかしら?)
メイドたちが聞こえよがしに言ってくるのは腹立たしいが、彼女たちの意見ももっともだ。
「――ロゼッタ嬢を見ていると、幼馴染を思い出します」
不意に掛けられた言葉に、ロゼッタはすうっと目を細める。
彼が言おうとしていることが、なんとなくわかってしまったのだ。
これまでに何度も見たことのある眼差しに、見つめられているのだから。
それは故人を偲び、そして己の無力さに嫌悪する眼差し。
「まぁ、もしかして好いた相手でしたの?」
「……ええ。この手で守ろうとしたのに失ってしまったお方です」
「どなたか訊いてもよろしくて?」
ファウストは寂しそうに目を伏せ、「ジルダ王女殿下ですよ」と教えてくれた。
(やっぱり、ね)
胸の奥に、靄のような感情が広がっていく。
彼は、ローゼの面影を追うためにロゼッタを必要としたのだ。
似ているから、街中で呼び止めた。
似ているから、何度もお茶に誘ってきた。
似ているから、戒めのために見つめてくる。
――心に空いた穴を埋めるために。
そんな彼らの視線を見つめ返すたびに、ツキンと胸が痛くなる。
どうしてこの子がジルダではないのかと、暗に責められているような気がしてならないのだ。
「わたくしはわたくしであって、他の誰でもないのですわ。勝手に面影を重ねないでいただけて?」
ぴしゃりと言い放ち、ファウストを睨みつけた。
おしゃべりなメイドたちはロゼッタが急にファウストを叱りつけたのに驚いたようで、息を呑んで二人を見守っている。
まるで時が止まってしまったかのように、庭園はすっかり静まり返った。
さすがに、いち男爵令嬢が説教をすれば怒るだろう。
そう踏んでいたのに、ファウストはロゼッタの予想とは真逆の反応を見せた。
目元を綻ばせ、柔らかに微笑むのだ。
「ははは、そういう気が強いところも似ている」
その声音は今まで聞いた中で一番優しい。
(かえって逆効果だったわ!?)
滅多に笑わないと有名な公爵閣下が微笑んでいる。
どこからどう見ても、好感度が上がってしまっているのだ。
目論見が外れてしまい、やるせない気持ちで空を仰いだ。
そんなロゼッタたちの前に、慌てた様子の執事が現れた。
「――旦那様、至急お伝えしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「その様子だと、あのお方のことか?」
「ええ……」
ファウストの顔から微笑みが消える。
「ロゼッタ嬢、申し訳ありませんが少し席を外します」
「あら、それではお暇しますわ」
「……すぐに戻りますから待っていてください」
「……」
できれば今すぐにでも帰りたかったのだが、待てと言われてしまっては帰れない。
仕方がなく、庭園の花を眺めて待つことにした。
陽の光が強く照りつけた花びらが透けており、鮮やかな色彩を見せてくれる。
「綺麗な花ね。家の庭園よりも大ぶりな花が多いですわ……ブルーノ?」
いつもなら話し掛けるとすぐに目が合うはずの護衛が、今は他所を向いている。
水色の瞳には鋭い光が宿り、気圧されそうになるほどの殺気を放っている。
「ブルーノ? どうしましたの?」
「……」
まるで獲物を定めた猟犬のように、ブルーノの瞳はある一点から離れない。
ここから少し離れた、生垣の角をじっと見つめているのだ。
「……お嬢様、そこから動かないでください」
そう言い残し、目にも留まらぬ速さで生垣の角へと走って行った。
ややあって、男性の叫び声がした。
「ブルーノ?! 誰かいましたの?!」
呼びかけても返事はない。
寡黙な護衛はただ黙って、一人の男性を引きずって戻ってきた。
「……この男が物陰からロゼッタ様を監視していました」
「シルヴェストリ公爵家の使用人でもなさそうですわね。もしかして……侵入者?」
男性は一見すると気弱そうで、悪事を働くようには見えない。
くせっ毛の銀色の髪がブルーノとお揃いで。
そして瞳の色は――ロゼッタと同じ、珊瑚色。
警戒するロゼッタたちの前に、一人のメイドが恐るおそる近づいてきた。
「このお方は侵入者ではございません。旦那様が支援をなさっている画家の――オスカル様です」
「オスカル……、悪魔の画家の……?」
《魂込めの肖像画》を描く稀代の画家。
不老不死の体を持ち、何百年も生きている、あのオスカルだ。
「は、はい。僕がオスカルです……ううっ、ごめんなさい……」
目の前にいるおどおどした青年が本当に彼なのか、疑わしく思った。
護衛の役割を果たしたのでブルーノは褒められるのを待っているようです。




