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姫と騎士  作者: いつき
番外編
125/127

俺のことどう思ってる?

 アレクとティアへの3つの恋のお題:俺のことどう思ってる?/愛し方なんて分からない/すきにして、いいよ。 http://shindanmaker.com/125562

 という診断メーカーさんからのお題を活用し、三回に分けてお送りしたいと思います。

 色んなお題出てくるので楽しいです。

『俺のことどう思ってる?』


 出し抜けにそんなことを問われて、つい意識せずに口が開いた。

 まさかそんなことを我が冷静なる騎士殿から聞けるなんてまるで思ってもみなかったので、しばらく彼の顔をじっと凝視してしまう。これは本当に、わたしが知っている彼なのだろうか。

「もう一度、聞き返してもいいかしら、アレク」

「だから、俺のこと、ティアはどう思ってる?」

 もう一度聞いてみてもやはり彼からの問いかけは変わらず、わたしは思わず捌いていた書類を机に置きなおした。

 今日中に処理しておきたかったが、今は目の前の不可解な問いかけのほうが優先度が高いと判断した。

 何せ、滅多にこんなことを言わないし、匂わさないアレクが、こんなことをわたしに問いかけるのだ。ただならぬ何かがあったに違いない。

「えっと、それは……そうね」

 問いかけに答えようと口を開くが、きちんとした『答え』が見つからずに口を閉ざす。

 それから彼の目を見て、彼のことをどう思っているのかよく考えてみようとした。どう、とは、何を示すのか。

 彼のことを大切に思っているのは嘘じゃない。嘘じゃないが、その『大切』という感情をどのようにして伝えれば彼の満足する回答になるのか分からなかった。

「大切、よ?」

「知ってる」

 とりあえず口に出したその言葉に、彼はさらりと答えた。その声だけ聞けば、いつも通りの彼だと思う。

 思うのに、いつもの彼じゃない。いつもの彼だったら、こんなことを聞かないはずだ。こんな、不毛な質問、彼がするわけがない。

「ねぇ、アレク。あなた、わたしから何を聞きだしたいの?」

 捌いていた書類を手持ち無沙汰に撫でた。何となく、彼の目を真正面から見る自信がなくて、頭に入るはずもないのに書類に目を通すふりをする。

 こういうとき、わたしは分が悪い。わたしがいつだって彼を追いかけているという自覚があるからだ。

 幼い頃からずっとだ、ずっと彼の事が大切だった。『大切』というありきたりであやふやな言葉では表現できないほどに、想っていた。

 それが一般的な少女が持つ恋情と同じものではないにしろ、わたしはわたしなりに彼を想ってきたつもりだ。

 それでも、そのことを彼に伝えるのは酷く難しいし、伝えたところで何にもならないことを知っていた。この距離を保たないと、自分も彼も破滅してしまう。

 わたしの持つこれは、女王が持つものではない。

 それでも、彼にはもう分かっているんだろう。わたしの気持ちなんて、はるか昔から知ってるに決まってる。

 それをどうして今更形にしようとするのか。

 形にしてしまえばそれは、もう壊れるしか道はなくなるのに。

「別に、君の気持ちを」

「そんなもの、どうだっていいでしょ」

 どうだってよくはないけど、それでもこういう場合他に言葉など出てはこなくて、ただ口の中に苦味が広がった。

 ぎっと唇をかみ締めれば、アレクは少しだけ困った顔をして、首を振った。『どうでもいい』と言ったことを怒ったのだろうか。

「どうでもよくはないだろ。二人の問題だ」

「それでも、ここで言うことではないわ」

 ここはわたしが『女王』であるべきところだ。ここでは書類を捌き、大臣を叱責し、国のためになることをする。民にことを考える。

 そうするべきだ。

 ここは執務室で、わたしは女王としてここに座り、指輪をはめている。きちんと背筋を伸ばし、誰から見ても分かる威厳ある王族として存在する。

 その女王に、恋情やら少女らしさは求められていない。まして、騎士に恋慕を抱いているなどどうして口に出せるだろう。

 ここでは、違う。

 日が高い、わたしの民が起きている今は違う。決して、口に出してはならない。

「この事案は、あとで検討しま……っ」

「もう一度聞こうか」

 立ち上がったわたしは、彼を避けるように扉へと向かった。しかし口に出した言葉が最後まで彼に伝わる前に、彼はわたしの手首を掴んで、扉へと押し付ける。

 右手を掴まれて、体の横に手をつかれて、わたしは思わず息を呑んだ。びくっと体が震えるのが分かってまた唇をかみ締める。

 この脆弱な体が嫌いだった。小柄で、力に抵抗できない自分が嫌いだった。女王なのに誰かに守ってもらわなくてはならない、騎士に頼らなければいけない自分が歯がゆかった。

 その感覚を思い出して、目を瞑る。悔しかったし、何より体が震えている自分が情けなくなってくる。

 緊張しているんだ、自分が。アレクに、触れられて。

 震える指先を隠そうとして手を握りこみ、挑むようにアレクをにらみつけた。

 悔しい、のに怒鳴ろうと開いた口からは何も出てこなかった。喉がからからに渇いて、舌が上手く動かなくて、掠れるような声しか出てこなかった。

「何度聞いても、ここでの回答は、同じ、よ」

「ふーん、ここなら、ね」

 目の前にちらつく漆黒の瞳が、わずかに濡れていると思ったのは気のせいか。

 いつもは冷たい色を映すそこに、わずかでも熱を感じてしまったのはわたしがそう考えているからか。

 じわじわと上がっていく体温が余計に悔しさを煽って、彼の挑発的な発言に噛み付いた。そして彼の待ち望んでいた回答を口にする。

 彼がそれを考えて、わざと挑発してきたなんて知らず。

「ええ、この部屋を出たら好きなほど言ってやるわよ。わたしがあなたをどれだけ好きかなんて、夜になったらいくらでも、いくらだって言うわよ!! あなたをどう思っているかなんてそんなの!!」

 そんなの。

「聞かなくたって分かってるでしょうに! この鉄面皮がっ」

 大体なんでそんなこと聞くのよ、アレクらしくもない。

 彼の手を振り解き、乱れた髪を撫で付けながら席に戻る。部屋を出ようかとも思ったが、この状態は『女王』ではないので、他の人には見せられない。

 侍女たちにもそうだけど、大臣とかはもってのほか。これがばれたら本格的に軟禁状態になってしまう。それに、狸のボールウィン大臣に嫌味を言われかねない。

「ティア」

「……何よ」

 ほんの少し、声が掠れて、女の子のような幼い声が出てしまったのは不覚だった。まるで、恋してるみたいな。女王の声ではない、か細い少女の声はわたしが何より厭うものだった。

 ここで、その声は出さないと決めたはずだったのに。そもそもこの心が消せないのなら、捨て去れないのならせめて、日が昇っているうちは胸に秘め、決して外へ出さぬようにと誓ったはずだった。

「ごめん、そんな顔させるつもりじゃなかったんだ。……申し訳ありませんでした、リシティア陛下。私は少し、頭を冷やします」

 アレクの声がわずかに沈んで、それとともに彼の気配が小さく動いた。それはそのまま扉のほうへ向かい、がちゃりと無機質な音がした。

 戻ってしまった敬語に、表情をなくしたその声に、わたしは選択を誤ってしまったのではないかと急激に焦る。

 彼が求めていた答えを口に出さず、彼を傷つけてしまったのかと怖くなった。それでも、この場所では何も言葉は出てこなくて、自分はどこまでも縛られる立場であることを自覚した。

 そう、彼を想う過程で気づいた。わたしは『縛られている』んだと。

 それを考えたこともなく、役目の重さに気づかず、その苦しさにも辛さにも無頓着だった。今なら分かる、わたしたちは悲しい定めを背負っているのだと。

 声を出そうとして、縛られたままの体は言うことを聞かない。

 引き連れた喉は彼の望んだ答えを出せず、ただ無常なまでの『女王としての答え』を出す。今のわたしに、彼を引き止めることなんてできなくて、また唇をかんだ。

 言うことができないたび、言いたい言葉を飲み込むたび、わたしの唇は少し傷つく。握り締めた手は、指輪の装飾によって少しだけ赤くなる。

 それを見るたび、自分はこの状況を心の底で嘆くのだ。今までは気づかずいたこの状況が、どれだけわたしに『女王』を強いているか。

 それでも、今伝えなくてはいけない気がして、握り締めていた手のひらを開き、彼が出て行った扉を開いた。そしてそのまま彼の手首を掴み、力任せに引き寄せる。

 意外なほど抵抗なく、彼の体はこちらに傾いた。支えきれずに倒れる、と思った瞬間彼の手はわたしの後頭部と腰と包み、床に直撃することを防いだ。

 ……その瞬間に納得する。あぁ、わざとだったんだって。わたしの後頭部に回った手は壁とわたしの間に挟まって、痛みなど欠片も感じなかった。

 反動で倒れた体は床に打ち付けることなく、ただ壁と床それから彼との間に収まった。さっきより近く、彼を感じる。体の熱がじんわりと上がった気がした。

「何、ティア」

「謀ったわね」

「そういう言い方もできる」

 床に肘をついて起き上がれば、背中に冷たい壁の感覚。そしてそれらに押し付けるように、アレクはわたしの両側へ手を突いていた。

 ここは廊下だ。周りに誰もいない。いるはずの騎士の気配さえ感じないことに疑問を抱くより先に、わたしは自分に言い訳をしてアレクの制服の襟を掴んだ。

 ここは廊下、執務室じゃない。

 わたしを見ている人間は、アレクしかいない。それが言い訳にもならないことは自分が誰よりよく知っているけれど。

「ティア、聞かせて」

 わたしはこの声に逆らえない。掴んだ襟を強く引き、無理やりに彼の頬へ唇を寄せた。

 これが答えだとは、言わないけれど。

「あなたがどんな言葉を望んでいるか、そんなこと関係ないわ」

 これはわたしの気持ち。あなたが望んでいるから口に出すわけじゃない。

「大切で、大好きで、時々わたしから理性も何もかも奪っていくくせに」

 本来ならば天秤に掛けるまでもないものまで、あなたと比べてしまうのよ。馬鹿らしい限りでしょ。

 このわたしが、民にあれだけ望まれたリシティアが、政務に励む一方であなたに溺れてるのよ。それってもう……。

「言葉で表せるわけないでしょ」

 あなたを、どう思っているか、なんて。




「性悪ー」

「エイル、お前、一度俺と本気でやりあいたいならそう言えばいい」

 後ろから聞こえた声に精一杯の笑顔で答えると、そいつは『嫌だね』と軽く笑ってから自分の腰に佩いている剣を揺らした。

 一歩二歩とその長い足でこちらへ追いつき、少しだけ高いこちらの肩に腕を回してからまた『性悪』と呟いた。

 何が言いたいのかよく分かっているこちらはそれに返事をせず、やつの腕を振り払ってから腰の剣に手をやった。

 どうやら本気でやりあいたいらしい。

「冗談だってー。いや、でも政務中のうちの姫さん誘惑するなんて、駄目な騎士だなーって」

「からかう相手がほしいなら」

 お前のとこの副隊長にでもやれ、と言いおいて、廊下を足早に移動する。

 こんな会話、他の人間に聞かせられない。しかしこいつから逃げられるはずもないので、とりあえず人がいない道を選んで歩く。

 それは相手も分かっているらしく、何も言わずについてきた。何と口で言おうと、こいつがティアを大切にしていることくらい知っている。

「で、珍しいことに騎士隊長様がどうして不安になられたんでしょうかねー。そこのとこ、詳しく聞きたいわけですが」

「これといった理由があるわけじゃない」

「あ、不安になったことは認めるんだな」

 揚げ足を取られた。だからこいつと話すのは嫌いだ。ついつい本音が漏れるし、こいつもこいつで本音を引き出そうとする。

 言葉遊びの混じるこいつとの会話は、いつだって気を引き締めていないといけない。でなければ自分の弱みまで外に晒される。

「お前な」

「だって、そうだろ。我らが騎士隊長様でも、不安になることがあるなんて」

 勝手なことを言ってくれる。あの人相手に、不安にならないわけがない。

 彼女が望めば、多分大抵のものは手に入ってしまうんだ。そんな人を、俺は手に入れたいと思ってる。

 この国で誰より愛されている女性を、俺は望んでいるんだ。この手の中に隠してしまいたいと、思ってるんだ。

 いつだって不安だ。この手をすり抜けていきそうで、いつだって手を握り締めていなくちゃいけない。

「不意にな、確かめたくなるんだ。それだけだ。子供っぽいだろ」

 彼女が女王である場で言葉を貰おうなんて、馬鹿げていることは知っている。それが叶うはずもないということだって、お互いに分かっている。

 あそこには決して越えてはならない境界線がある。それを見つめているだけの日常が、時折酷く怖くなるのだ。

 その距離は一生近づくことなどないのではないかと。別にティアがどうとかいう問題ではないことは、嫌というほど分かっているけど。

「お子ちゃま」

「好きに言え」

 ラインいりの黒いマントを翻し、エイルの言葉を跳ね返すように笑って見せた。

 その途端、エイルは笑いを引っ込めて、『姫様はアレクを甘やかしすぎだ』と呆れたようにため息をつく。

 その言葉に、もっともだな、と思ったのは心に仕舞っておこう。彼女は自分を甘やかしすぎる。跳ねつけていい要求を、彼女は自分が傷つきながらでも受け入れようとする。

 傷つけるつもりなんてないんだ、と言ってみたところで彼女の唇がわずかに傷つくことを止められない。指輪の跡がはっきりと残るまで手を握り締める彼女を助けることはできない。

 傷つけた後、毎回思う『守りたい』という気持ちは間違いではないのに。

「姫様はああ見えて、優しすぎるんだ。アレクなんてほっとけばいいのにな」

「そうだな、ティアは優しすぎる」

 彼女の優しさは本来、自分に与えられるものじゃない。

 国に与えられ、民に与えられ、分け隔てなく降り注ぐものだ。それは誰のものでもなく、彼女のものでさえない。

「アレクさー」

「ん??」

「実はお前、かなり欲張りだよな」

「なんだ、今気づいたのか」

 自分は欲張りだ。皆のもの、であるはずの彼女を、『自分だけのもの』にしたいと思っている。

 多分、手に入るまで思い続けるんだろう。どんなに騎士ぶって、彼女を守りたいだけだと言い張ったとしても。

 結局自分は、彼女がほしくてほしくてたまらない。

「欲がない顔して、実は一番欲深いよな。アレク」

「欲深いのは、自覚済みだ」

 それがどれだけ罪深いかも、自覚している。

「でも、他に望まないんだ。一番尊いものを望んでいることくらい知ってるからな」

 だから、どうか神様。

「彼女だけ望むことを、許してほしいと思ってるよ」

 久しぶりなので、可愛げがあるお話を、と思って。

 可愛げは、あるのか??

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