キスに思いを込めて 8
ラスト。ラブなしの、若干気持ち悪い感じです。
そして親御さんのお話。嫌な予感しかしない方は、バック推奨。主役カップル達で『狂気』を書きたくなかった……。
~さてその他はみな狂気の~
騒ぐ騒ぐ。あぁ、煩い。
どいつもこいつも、皆同じことを言う。ユリアス、この名前を何度も出す。王に相応しくないと、とんだ大馬鹿者だと。
私の前で何度も何度も。何も考えてないくせに。ただユリアスを王座から引き摺り下ろしたいだけだろう。
そのために私が必要なだけで、お前達は私自身を何も見ていない。
見ていないから、私がユリアスより優れているなどと。
「ウォルター様、ユリアス王がお呼びです」
「今行くと、伝えろ」
ユリアス、聡いお前ならもう気付いてもいいはずだ。あちこちで不穏な動きがあると。
いや、シルドが知らせているか。情報収集にかけて、あいつと並ぶ才能がある人間が他にいるとも思えない。もう証拠も全て揃えてたりして、な。
幼い頃からの親友が待っている間に入り、相手を見上げる。いつ見てもその顔は朗らかで、その中に隠しきれない王としての資質が見える。
そう、お前が似合ってるよ。お前だから、似合うんだ。
私ではそこへ座れない。私にはその資質がない。私が王だと、笑わせるな。私はそんな器じゃないし、そもそもそんなものいらないんだ。
王座なんて、興味がないんだ。
ただ、欲しいとすれば。
「久しぶりだな、ウォルター」
「お久しぶりにございます、陛下」
お前の隣で、お前の傍で、同じ位置から世界が見たかったんだ。
王座なんて要らないから。幼い頃と同じように、お前の隣にいて、同じものを見て、同じように話したり笑ったりしたかった。
お前が跡継ぎでなかったらよかったのに、と思ったのも一度じゃない。
「何だか嫌だな。お前に陛下呼ばわりされるのは」
「私なりの、けじめですから」
少しでも、気を抜いてしまえば。私はお前を元のように『親友』だと思うだろう。あの頃のように、城を抜け出し、町へ出て、あちこちの店を冷やかしながら歩く。
そんな、もう今では考えられないような行動を、取りたいと願うだろう。
「お前も、シルドを見習え。あいつはそんな素振り一切見せないぞ?」
「まぁ、シルドはな」
シルド。お前が羨ましい。お前はごく当然のように、ユリアスの変化を受け入れている。それが正しいのだと、ごく当然のように思っている。
その一方で、ユリアスの友人であることも忘れない。お前はそういう奴だったな。三人の中で唯一王族ではないのに、私たちに何の気後れもせず話しかけてきた。それに見合う実力も合った。
だからお前は、今でもそうなんだろうか。
「シルドはどうしたのですか? いつも傍らに控えさせているでしょう?」
ユリアス、そうやって眉を顰めるものじゃない。私は臣下として当然の言葉を話しているだけだ。
お前と私では、立場が違いすぎる。同じ王族でも、格が違うんだと……誰が言っていただろうか。幼い頃は考えもしなかったな。
「他の仕事を与えた。いつも傍にいてはかなわん。煩くてな」
「……シルドに相手にされなくなったら」
それこそ終わりだ。
あいつは見切ったら最後、二度と戻ってこなくなるような奴だ。一度疑えば、生涯その疑惑を持ち続ける。
あいつに目を付けられて、秘密を保持できる人間なんているわけがない。それは、私でも同じことなのだろう。
「無駄話のためだけでしたら、私はそろそろ戻ります」
「相変わらず、手厳しいな」
ユリアスがくつりと笑った。
それに笑い返し、席を立とうとする。しかし、今しておかなければならない気がして、ユリアスの傍へと進んだ。
もしかしたら、これが最後になるかもしれない。『友人』として、お前に会える最後かもしれないから。
今日にでもシルドが情報を持って帰るだろう。私が、言い逃れできないほどの多くの証拠を持ち出して。
「ユリアス王」
「何だ、気持ち悪い」
笑いながらこちらを見つめるユリアスに、わずかな微笑を返す。
お前はもう、知っているだろうか。いつの間にか、私が後戻りできないところまで来ていると。何も自覚しないまま、何も考えないまま、私がお前を殺そうとしているなんてことを。
ユリアスのマントを手に持つ。さらさらとした、心地いい手触りだ。別にこのマントを手に入れたいわけではない。そして手に入るわけがない。
そう思いながら、マントの先へそっと口付けを落とした。
「私の、心からの愛を」
「……気持ち悪いぞ。ウォルター。お前らしくもない」
「そう、だな」
疑っていいぞ、ユリアス。それで正解だ。
シルドが間違えるわけがない。あいつが、そんな甘い証拠を出してくると思うか?
だから、あいつが持ってくる証拠は多分全部本物だ。自分の欲のために、証拠を捏造する人間でもないだろう。
でも友人として、お前に少しだけ悩んで欲しいとも思うな。私が裏切ったか、否か。幼い頃からの親友が自らを殺す計画を立てているか、否か。
「一人称、似合ってないぞ」
「そうか? でもまさか、大臣達の手前『俺』というわけにもいかないだろう?」
「確かにな」
茶番劇だ。偽りの、一瞬の雑談だ。
この会話が、近い将来お前を苦しめるんだろうな。俺を殺した後、シルドと二人、お前達は何度も何度も俺のことを考えるだろう。
殺したことが正解なのか、それとも不正解なのか。
「そうだ、ウォルター。お前娘がいたな」
「何だ、まだ生まれてもいない、未来の王の妃にでもするつもりか?」
王族らしい金髪と、代々受け継がれている碧の瞳を持つ娘。
俺にも、お前にもそこそこ似ているなんて言ったら、お前どうする?
「シルドのところに、息子が二人いるだろ。どっちかの嫁にしたらどうだ?」
「嫌だね。あそこと親戚になるつもりはない」
一度だけ、ちらりと見たことがある。
一人はシルドに似ていない、黒色を持たない息子だった。あと一人はこの前見たな。奥方が抱いていた。
……あれは正真正銘、ボールウィン家を継ぐ色合いだった。どっちにしろ、こんなことを考えることなど今日で最後だ。
「上の子なんてどうだ? シルドに似ず可愛らしいと思うが」
「お前のところに第一子が生まれたら」
そのとき、俺はもういないけど。
「そしたら、考えようか、ユリアス」
最後に、呼ばせてくれ。お前の名を。
幼い頃からずっと隣にいた、大切な友人。もしお前と俺が王族じゃなくて、ごく普通に知り合って、ごく普通に友人となっていたら。
今頃俺たちはどうなっていただろう。俺は無理して『私』を使うこともなく、お前も俺を疑うことなく。
ずっと、同じ景色を見れていただろうか。同じように子供を作り、嫁に来いとかやるとか、息子をどこの役所へつけるとか。
そんな親馬鹿な発言もできていただろうか。
シルドも交えて、三人で酒でも飲みながら、国の将来なんてものを憂いて。俺はそんな未来が、欲しかったんだ。
いつまでも三人一緒で、いつもでも同じところで。お前が俺を、心配そうな目で見ることもなく。周りの人間が、こぞって俺を王に祭り上げようとするものでもなく。
そんな未来が……欲しかった。
「そうだな。俺のところに子供ができたらなー」
「嫁に愛想着かされなかったらな」
「それを言うな! クラリスは俺を愛してる!」
どーだか、と呟いてから、二人で顔を見合わせて笑う。
この距離が、愛しいんだよ。この距離が、好きだったんだ。ずっと、この先も続いて欲しいと思ってたんだ。
ごめんな、ユリアス。
この距離を崩したのは、最終的には俺だな。俺のこの感情は、お前とシルドに対するこの感情は。もう友情ですらないのかもしれないけれど。
だけど、俺はお前達が大切だったよ。大切で、手放したくなかったんだ。……それは、狂気だろうか。
ユリアスのマントから手を離して、そんなことを考えた。
どこにキスさせるか迷った挙句、マントにキス。