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姫と騎士  作者: いつき
番外編
119/127

キスに思いを込めて 3

~頬にならば厚意~


 男どもというのは馬鹿だ。そう、馬鹿だ!

 こちらが奴らの心に気付いてないとでも思っているのだろうか。それほどまで頼りないというのか。わらわは何だ、お前の妻であり、友人じゃないのか。

 ユリアス、そなたはわらわを飾りか何かと勘違いしているのではあるまいな。

 シルド、そなたはわらわをただの弱い女子(おなご)だと思っているのではあるまいな。だから二人して、隠すのか。

「……っの、馬鹿どもが!!」

「ク、クラリスっ?!」

「何だ、どうした!」

 思わず叫んだ瞬間に、隣にいた夫は肩を揺らしてカップから茶を零した。目の前にいる友人は目を見開き、こちらの心を探ろうとしている。

 二人のその行動にさえ腹が立ち、そして律することのできない己に腹が立ち、そしてそれを抑えるために席を立った。

 我慢できない。こんなの、何だというんだ。そなたたちはわらわを馬鹿にしているのか、何なのだ。

「育児疲れか? 確かに、ティアが生まれて随分と経つが」

「それにしてもクラリス、お前苛立ちすぎだろ」

 オロオロトする夫を見て腹が立ち、呆れたようにカップを持ち直す友人にも腹が立つ。

 そうか、そなたらはそこまでしてわらわに隠し事がしたいか。ならばしかたない。こちらにだって考えというものがあるのだ。

 思い知らせてやろう。

「実家に帰らせてもらうぞ。わらわはここへいたくない」

「おい、ちょっと待て!」

「そうだ! 待ってくれ、クラリス」

 慌てたような大の男の声が二重になって聞こえた。

 あぁ、悔しい。口惜しい。そなたたちはいつだってそうだ。

 わらわに何も話さない。それがどれだけ寂しいかなんて、そなたたちにはきっと分からない。だってそなたらは、わらわを傷付けないようにと隠すのだから。

 そうやって、自分たちが傷ついてさえいれば、わらわが傷つかないとでも思っているのか。そう思われている自分が嫌だ。

「訳を話せ、訳を」

「そうだぞ、クラリス。早まるな! 帰らないでくれ!」

「……ユリアス、お前黙れ。話が余計ややこしくなる」

 無二の親友の顔が険しくなった。

 怒っている。誰に? わらわにじゃない、自分自身にだった。自分を戒めるように握り締めた手を見れば分かる。

 シルド、そなたはどれだけお人よしだ?

 こんなわらわの行動にも、自分の責任を感じるのか。

「そなたらが、信用できん」

「っ、おい! それ、どういう意味だ。クラリス」

 シルドがついにかっとなってこちらに手を伸ばした。肩をしっかりと掴まれて、無理やり彼の方を向かされる。

 ふいっと視線を他所へとやれば、そこには困った顔をした夫がいて、何故だか申し訳なくなってから俯いた。

 あぁ、違うんだ。ユリアス、そなたにそんな顔をさせたいわけではない。

 これはわらわの我がままで、そなたらが気に止むことなど一切ないんだ。

「ウォルター・エインワーズを、そなたら……どうした」

 ぴしりと固まったのは空気と、肩を掴んでいた手だった。

 ほら、そなたらはあれほど嘘が上手いくせに、こんなに簡単にわらわの前で動揺を顕わにする。だから甘いというんだ。

 隠せないなら、隠さなければいいのに。そなたらはいつだって愚かだ。この国の頭脳と呼ばれる二人が、揃ってそんな簡単に嘘を見抜かれるなど。

「どこで、聞いた」

「……わらわは人形ではない。生きていればそれくらいの噂など、すぐ耳に入る。女子の情報網を舐めるなよ」

 シルドの顔が、辛そうに歪んだ。

 違う、そんな顔して欲しかったわけじゃない。

 そうじゃなくて、何で。どうして。

「そなたらは、馬鹿だっ」

「クラリス、お前な」

「わらわは、弱くないぞっ。そなたらが傷ついていることくらい、分かる!」

 夫が辛そうに目を細めるのも、友人が日に日にやつれていくのも。

 そんなの、ずっと見ていたら分かるに決まってる。彼らがどれほど『彼』を大切にしているかなんて、ずっと知ってた。

 仲のいい三人が、羨ましかった。

 その一人を、罰するなんて。この二人が傷つくことくらい分かる。平気なわけがない。国を握るにはあまりに優しすぎるから。

「そなたらは、大馬鹿者だ! わらわのことなんて、気にしなくていいのにっ」

「そういうわけにもいかない」

「クラリスは姫だからな」

 ぎゅっと両側から抱きしめられた。右は夫に、左は親友に。

 いつの間にか泣いているわらわを挟んで、二人は静かに笑っていた。友を偲ぶ、とても静かな笑みだった。

 悲しい。王族は悲しい。

 愛した友でさえ、切り捨てねばならないなんて。

「俺が証拠を集めて」

「俺が判断した」

「「友をこの手で、殺したんだ」」

 なんて愛しい大馬鹿者だろう。こんなに傷ついてさえ、友を恨まないなんて。自分たちを責め続けるなんて。

 いっそ『彼』を憎んでしまえばいいのに。謀反を企てた『彼』が悪いのだと、言い切ってしまえばどれほど楽になるだろう。

「夫と、親友も守れぬほどわらわは弱いか。何も話せぬほど、信用がないのか!! そなたらは、わらわは何だと思ってる」

 するりと、頬にキスを落とされた。慰めるように、労わるように。

 右の頬に、キスが一つ。左の頬にも、キスが一つ。そうやって彼らは、わらわをいとも簡単に騙して手玉に取るのだ。

 機嫌を直せ、と夫が苦く笑う。すまなかった、と親友が謝る。

 気を使わせたかったわけじゃないのに、結局わらわだけが安堵を手に入れた。申し訳ないほど、二人の思いやりに安堵した。

「今度から、黙ってないでわらわに話すと約束するか? もう隠さないか?」

「それはどうかな。約束はできない」

「クラリス、お前は何の心配もしなくていい」

 そうか、まだダメか。

 そなたらは、そうまでしてわらわをここから追い出したいか。よく分かった。

 抱きしめてきた二人の腕を振り払い、さっさと部屋から出て行こうとすれば二人は慌ててわらわの手首を両側から掴んだ。

 焦ったように二人してこちらの機嫌をとりにかかる。

 夫よ、王としての威厳は皆無なのか。

 親友よ、お前ここにいる暇があるなら自分の家に帰れ。

「悲しいなら、辛いなら、わらわに話せばいい。わらわには何の力もないが、話を聞いてやるくらいのことはできる。そなたらの、辛さを感じることくらい、できる」

 親友に裏切られたら、わらわは死んでしまうだろう。

 大切な友人を、自らの手で殺めたらもう二度と笑うことなどできないだろう。

 それでも二人は国のためにそれをやり、わらわのために何事もなかったように笑うのだ。それが悔しくて、愛しくて、どうしようもなくなる。

 自分の非力に憤るより先に、悲しくなるのだ。彼らは一生そうやって生きていくしかないのだと思って。

「クラリス。俺たちはお前が大切なんだ。お前を、泣かせたくないんだ。それはシルドも一緒で、当然なんだ」

 夫の言葉など、聞きたくもない。

 救いを求めるように友人へ手を伸ばせば、ふわりと抱き上げられた。夫の眉が片方だけ器用に上がる。

 あぁ、嫉妬しているのだな、などと思いながら古くからの友人の頬にキスを一つ落とした。

 これ以上傷つかぬように、これ以上悲しい笑顔などわらわに見せないように。そうしてそわそわと落ち着きのなくなった彼にも抱きつく。

「お前は俺を翻弄するのが上手い」

「いや、わらわは本気でシルドが好きなだけだ。ユリアスをからかっているわけではない」

 そんなことを言って、この国の王にも一つ、キスを落とす。もちろん頬へ。

 彼がこれ以上、辛い選択肢を選ばないように。選んだ後、無理して笑わないように。せめて、わらわにだけは打ち明けて欲しいと思いながら。

 きっと、彼らには無理なお願いなのだろうけど。

 固まってしまったわが夫は、存外に可愛いお人なのだ。そう思って友人に目配せする。願わくば、彼らに優しい選択肢を。

 これ以上、辛い選択など取らないように。

 大切なものを、大切だといえるように。

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