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姫と騎士  作者: いつき
番外編
116/127

間幕 とても我侭な

 ヒロインは誰も出てきません。本編と番外編のヒーロー達の会話。

 甥の顔を見ながら、自分にそっくりな事実に気づいて笑った。実の父親である兄を超えて、自分と父にそっくりな漆黒の髪と瞳を見つめる。

 その色はこの子の両親ともに持っていないはずなのに、とてもしっくりしていた。

「何だか、最近さらに似てきましたね」

「アレクと父に、ね。ボールウィン家も安泰ですな、と嫌みを言われるよ。ほっといてほしいくらいだ」

 今年四歳になる甥は聡そうな瞳をこちらに向ける。

 確かに、跡継ぎにふさわしく育つだろうと自分の髪と同色のそれを撫でながら考えた。まるで自分の息子のようで、可愛く思ってしまう。

 兄には悪いが、抱いてて父親に見えるのはこちらだろう。

「アレクのとこはまだなの?」

「この間婚儀を上げた弟にそんな不躾なことを聞きますか? 兄さん」

 好奇心を丸出しにしている兄を煙たく思うと同時に、これこそ余計なお世話だと思う。婚儀を挙げてすぐに子供を作った兄と一緒にしないでほしい。こちらはこちらで色々考えているんだ。

 甥を抱き上げながらそんなことを考える。こちらの心情は知らないだろうに、腕の中の甥は何かを察したようにじっとしている。やはり賢い子らしい。

 あの狸である父が甘くしているのも頷けた。直系に漆黒を持つものが生まれたのが嬉しいのだろう。それはこちらとしても同じで、長年の呪縛から解放された気がした。

「ティアと新婚気分を味わいたいのかい?」

「それもありますよ、もちろん。やっと一緒になれたんですから」

 さらりと肯定してやれば、『箍が外れるとこんなになっちゃうんだね』と感心された。何でそんな目で見られなきゃならないんだ。ニヤニヤした笑みにも嫌気がさして、腕の中の甥を抱き締めた。

「ちょっと、うちの息子なんだけど。返してくれるかな?」

「私の息子だと言っても誰も疑いません。むしろ兄さんが疑われますよ」

「確かにね! だけど俺の子だから。全く、漆黒を持つ息子の誕生は嬉しいけど、何だか複雑だよ。アレクによく似てるとことか」

 兄がため息をつきつつも、嬉しそうにこちらへ手を差し出す。

 すると甥は少し迷うようにそちらへ腕を伸ばした。子供の高い体温が離れるのは何だか寂しかったが、実の父親から子を取り上げるわけにもいかず大人しく返した。

 特別子供が好きというわけではなく、むしろすぐ泣かせてしまうので苦手だったのだが、自分の血脈は可愛いと思う。

 甥でこれなのだから、彼女との子であればさらにだろう。すでに子煩悩になりそうな自分に気がつき、苦笑するしかなかった。

 子を持ちたいなどと、考えたことさえなかったのに。一体ティアは自分にどれだけのことを与えてくれるのか。

「兄さんは、子供が好きでしたっけ?」

「いや。むしろ苦手。理屈が通じないのは怖いから。泣かれるのも嫌だし。同じ理由で、貴族令嬢も怖かったけど」

 確かに、ティアへ喧嘩を売ってしまうような彼女らが思慮深く、理屈が通じるとは思えないが。女性のあしらいが上手そうな兄から出るとは思わなかった。

 それに泣かれると困るって、泣かれたことがあるのか? と疑いたくなる。

「でも息子は可愛いんですよね」

「まぁ、俺のというより、グレイスの子だし。とても可愛いよ」

 好奇心旺盛なとこはそっくり、と語る。

 この子はエインワーズの末裔、か。今さらそう思い、数少ない王族の一人なのだと認識する。

 配色はボールウィン家一色だが、流れている血には深い意味がある。一部の人間しか知らない、隠された意味。

 謀反を企てた、と罰せられたエインワーズ家。そのたった一人の生き残りであるグレイスと兄との間に生まれた子。

 この子は色んなものを背負っているのだ。その小さい背には重すぎて潰れそうなほどの荷を。

「二人目は?」

「どうかな。できれば、火種は起きない方がいいけど、起こったときを考えれば戸惑うよ」

 確かにそうか。息をはいて甥の頭を撫でた。

 ボールウィン家の跡取りであり、漆黒を持つ者であり、エインワーズの末裔であり、王族でもある。

 ティアともうっすらではあるが血が繋がっているのだ。そんな子が多いと、いらないことを考える人間も増える。それはグレイスも望まないだろう。

「だからアレクのとこはたくさん生んでほしい」

「生憎、こちらも事情がありますからね」

 元女王に息子が生まれでもしたら、無駄な争いが起こるだけだ。王座争いなどに自分の子供をさらしたくない。

 今の王妃には二番目のお子が宿っているからまだいいが、ティアの子は必ず王位継承権を持つ。

 それが何を意味するか分からないほど馬鹿な兄ではないはずだ。とりあえず王の第二子がどちらか分からない今の時点で、どうにかする気はなかった。

「子供は授かりものだよ? 計画ばかりだと恵まれなくなる」

「そうは言っても、ティアの精神に負担がかかりかねません」

 ならば別に子供はいらないかもしれない、と思うことはあった。

 子供がほしいから結婚したわけでもないし、ティアさえいれば不足に感じることもないはずだ。

 いればいたで幸せだが、ティアの心労を増やしてまで欲しているかと問われれば、首を横に振るしかなかった。

 絶対ほしいわけでもないし、兄のように義務を負っているわけでもない。

 王族に言わせれば、王位争いは避けたいが、このまま王族が減り続けるのもいただけないから生んでほしいだろう。そんな思惑のために作るつもりなど全くないが。

「子供は、いいよ」

「そうですか?」

「うん。とても満たされる。何て言うのだろうね、自分が少しずつ親になっているんだって分かって、感動するよ」

 兄が苦笑いしながら語る。甥を見つめながら、ふと思う。

 彼女に似た、自分に似た、だけど彼女でも自分でもない存在が当たり前のようにいる生活を送ってみたい。

 腕の中の温かい温度を思い出して、思わず笑う。あの心地よい重さと体温を感じたとき、胸に宿ったのは紛れもない幸福だった。

 柔らかくて、抱き締めたくて、泣きたくなるくらい優しい気持ちになった。

 ティアに抱く『愛しい』とは違うものだった。

「よかったって、思った。グレイスと一緒に悩んで、出した結論の答えがこの幸せなのかって、涙が出た。この子は確かに色んなものを背負っているけど、それでもよかったって」

 親の欲で、将来たくさんの試練があるだろうけど、それでも。

「生まれてきて、これ以上ない幸せをもらえた」

 子供は、そこに存在すること自体が『いる意味』で、幸せなのかもしれない。問題を孕み、一見不幸になるかもしれなくて、そして心労を増やしても、それ以上にその子が愛しくなるのかもしれない。

 兄の腕の中にいる、無邪気な甥を見て単純に愛らしいと思った。

 欲しいとも、思ってしまった。自分の子がこの腕にあって、隣にティアがいたらどんなにいいだろう、なんて。

 そんなことを思う。

「幸せそうで何よりです。甥の成長も見れましたし、安心しました」

「子供、欲しくなったかな?」

「そうですね、欲しくなってしまいました。兄さんが幸せそうにしているのを見たら」

 素直に認めて、甥の頭を撫でた。

 さて、そろそろ家に帰るかと腰を浮かす。そして離れようとしたとき、はしっと袖が何かに引っ掛かった気がした。

 引っかけたところへ視線をやれば、甥の目と合う。甥がしっかりとこちらの袖を掴み、子供特有の大きな瞳をこちらへ向けていた。

 困ったことになるな、と頭で思ったが袖を無理矢理取り返す気にもなれず、兄の方を向いた。助けを求めようとすれば、その前に声がかかる。

「ユージス、叔父様の手を離しなさい。困っているだろう?」

 しかし兄の言葉に対して甥の反応はあっさりとしていて、一言だった。

「やっ」

「ユージス」

 咎めるような兄の声にも負けず、甥はこちらの袖を強く引っ張った。

 可愛らしい手とは対照的に、意外に力強かった。子供の力だと馬鹿にできないな、と思いながら、兄の腕に収まっているままの甥に視線を合わせた。

「ユージス、もう帰るから離してほしいな」

「おじ様、帰る、のですか?」

「おば様が待ってるんだ。寂しい思いをさせてはいけないだろう?」

 この甥はティアのことも大好きだった。

 黒髪の因縁なのか、我が家は王族特有のブロンドに弱いらしかった。普通のブロンドには心惹かれないのに、何故か父も兄も、そして自分も王族の髪には弱い。

 ……そんなものに振り回されていると、思いたくはないものだが。

「おば様、寂しいです、か?」

「おじ様が帰らなかったらね」

 甥の髪をすきながら、言い聞かせるようにして話す。聡すぎるくらい察しがよい子なので、これだけ言えば分かるだろう。

 現に袖を掴む力は緩みはじめている。自分のことをおじ様、と呼ぶのに抵抗があったのは始めだけなので、今はさらりと口から出ていた。

「また、来て、くれますか? おば様と、一緒に」

「そうだね。また来よう。今度は剣術の練習をしようか。ユージスのお父様も、おじ様も、あぁおば様もだね、皆これくらいのときに始めたから」

 そう言うとぱっと顔を輝かせてから頷いた。

 兄には似ず、活発らしい。何から何までこちら側に似ているのだな、と思っていると、こちらを見ていた兄が不機嫌そうに声を上げた。

 剣術をさせることに反対なのだ。早すぎる、とことごとく反対している。

「ユージスは先に勉強だよ」

「もちろん、やらせますよ、兄さん。何なら俺が見ましょうか?」

 暗に教師役を買って出ると、とても嫌な顔をされた。これでもティアに教えるくらいには優秀だったはずなのだが。兄は甥がこっちになつくのが嫌らしい。

 確かに、息子が自分以外の、その上自分より似ている弟になつくのは嫌だろう。

「結構だよ。これでも自分の子に教えることくらいできる」

「ぼく、おじ様がいい! おじ様が教えてくれるの?」

 しかし甥の無邪気な声であっさりと勝敗は決まってしまう。

「ユージスが望むなら教えるよ。大きくなったら王宮に行けばいい。あそこは色んなことを学ぶにはいいところだよ。おじ様も、王宮で生活してたからね」

「ほんと? ぼく王宮に行くー」

 そうか、と頭を撫でて、予想外に騎士隊の跡継ぎを手に入れてしまったかもしれない、と笑う。

 聡く、見るからに活発そうな甥を見ていると跡継ぎでもいいな、と思ってしまった。公爵家の当主として机に座るより、甥には合っているかもしれない。

「アレク!」

「いや、跡継ぎを取ろうなんて思っていませんよ? ただユージスには合っているかもしれないな、と」

 兄の言葉を受けて弁解してみるが、どうも弁解になってはいない気がした。口に出したことは紛れもない本心なので、隠す必要もないが。

「渡さないからね」

「それはユージスが決めますから」

「え? ぼく?」

 可愛い甥に、そのうち生まれてくる自分の子供を思う。

 こんなに聡くなくてもいい、活発でなくても、跡継ぎにふさわしくなくてもいい。

 多分、そこにいるだけで自分は勝手に幸せになるから。ティアも同じように考えてくれるだろうか。いるだけでいいのだと、そんなふうに。

「ユージス」

「はい?」

「もしおじ様とおば様の赤ちゃんが男の子だったら、一緒に剣術や勉強をして、よき先生になれるかい?」

「はい!」

 ならば、と前置きしてまた一言付け足す。

「もし女の子であれば、守ってくれるか?」

「はいっ。大切に守ります」

 できれば、本当に欲を言えば、だが。できれば男の子だけでいいかな、とこの瞬間思った。

 生まれてもいない娘をとられてしまった気がした。ユリアス王が感じたのはこういう感覚だったのだろうか。

 ユージスが六歳のときに生まれたのは女の子で、彼はその子のお守役を長い間任されるのでした、というお話。

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