間幕 睦言に沈む音
気まずい感じの。アレクにもこんなことある気がします。ほんのりと年齢制限設けたいかも。
お気に入り400件記念がこんなものとかどうなんでしょうか。
ざわり、と肌の下がざわつくのを感じるときがある。何よりも守りたいのに、何故だかその全てを自分の手で壊したくなってしまうような。
分かっているんだ。彼女は自分のものではないと。この身を差し出して繋いだ彼女が、自分のものになるなんてことあり得ないのだと。
だからたまに、自分本意に彼女を求めたりする。帰るなり壁際に彼女を追い詰め、好き勝手にキスの雨を降らせて、彼女を狂わせてしまおうとする。
一方的に渇望して、彼女を抱き抱えて、そしてベッドに縫い付ける。この感情は、不足なんていう可愛らしいものではなくて、醜い嫉妬としか言いようがない。欠乏して、それを貪るように補給しているんだ。
そんなこと分かっている、とベッドに投げ出された彼女を見て自分に言い聞かせた。笑える。
結ばれる前は傍にいれることだけを望んだのに、と。結ばれない未来を恨みもしたが、自分の思いさえきちんと持っているならいいとさえ考えていた。
彼女を愛する気持ちが変わることなどないし、彼女が誰かのものになったところで彼女を守らなくなるなんてこと、ありはしないのだから。
それなのに、彼女と婚姻を結び、同じ屋敷に住み、生活を共にするようになると違っていた。彼女が一時的にでも自分の腕の中にいるのだと思うと、幼い頃から押さえつけるしかなかった独占欲が溢れてたまらなかった。
眠る彼女に上掛けをかけつつ、ちらりと見えた白い肌を観察する。
異名である白薔薇にさえ負けない、透けるような肌。先ほどまでうっすらと色づいていた肌が、今は驚くような白さを戻していた。その白い肌の至るところに散らされた鬱血痕に眉を寄せる。
これはもう、所有印を越えた暴力ではなかろうかとさえ思う。白い肌に散らされた赤い花は、まるで彼女を覆い隠すほど多かった。
首筋から鎖骨、胸の膨らみから脇腹、足や腕にもあるはずだ。そこで自分の異常さに気付く。
自分は彼女しか愛せない、というロマンチックな言葉では言い表せないほどの執着心を彼女に向けているのか。いつか彼女自信を壊してしまわないか。彼女を傷つけはしないか。
いや、すでに傷ついているのではないか。上掛けから出ている肌を指でなぞりながら、一人息をついた。いつからこうなってしまったんだろう。
今までの分を取り戻すように、自分は彼女を貪っているのではないか。これは狂気に繋がるものではないのか。これは『愛』などと呼んでいいのか。
「愛、なんて言えるわけない。こんなの」
自分が彼女に向けた愛は、彼女を何ものからも守り、傷つけさせないことのはずだった。例え人であろうが、何であろうが全てのものから彼女を守る盾であり、ときには剣であることだったはずだ。
いつから変わった? 彼女へ向けるものが、一体いつから。こんなにも色んな感情にまみれるようになった?
「愛なんて、綺麗なものじゃない」
「そう? わたしは好きよ、こうされるの」
いきなり涼やかな声が隣から上がり、びくりと肩が震える。声を上げた彼女はその顔に笑みを浮かべながら、恥ずかしげもなく体を反転させてこちらを向く。
上掛けが少しだけ下がり、胸の上半分が見えてしまう。何だか居たたまれなくて、上掛けを引き上げた。
「なぁに? さっきはあれだけさっさと脱がせたくせに」
「いや、うん。ごめん」
決まりが悪くて、自然とそういう口調になってしまう。対する彼女はとことん楽しんでいるらしく、くすくすと笑いながら自分の肌を指でなぞった。鬱血痕を上機嫌で確かめ、押したりなぞったりしている。
「起きてたなら、言ってくれればよかったのに」
「んー、そうね。黙ってたら、あなたがどうしてわたしにあんなことをしたのか分かるかもしれないし」
笑顔のままそう言って、彼女はこちらの瞳をじっと見つめる。照明が絞られている事実に今さら行き当たったのは、彼女の翠とも蒼ともとれる瞳の色がうまく識別できなかったからだ。
白い肌は暗闇の中でも浮かび上がるし、金糸の髪は少ない照明さえ吸収して輝くので、気に止めることもなかった。気付いてみれば、彼女の表情も微妙に見にくい。
「それで、分かった?」
「分からないわ。あなたが性格に似合わないような振る舞いをするのが」
どうせ傷付くのは自分の癖に、と彼女は小さく溢した。彼女には今の精神状態がはっきりと分かっているらしい。
自分がいかにひどい顔をしているのか気になったが、見られてしまったものはどうしようもないので何も言えなかった。
傷ついている訳じゃない。ただ自分の感情の変化に戸惑っているだけだ。どんどん貪欲になっていく自分が、彼女を壊しはしないか警戒しているだけ。
彼女を傷つけるのなら、例え自分でも許せないから。
「さっき、言ったのは」
「あぁ、こうされるのが好きっていうの?」
こう、とはつまり先ほどまでしていたことで。
いつもみたいに優しくキスするのでなければ、睦事を囁くこともない行為だ。
即物的に、自分本意に彼女を翻弄して、一方的に快楽へ向かわせるような。
そこには行為以外に何もないような。
何の感情も含まれていないような。
自分が嫌悪してさえいる行為。彼女が気を失ったことに、欲を吐き出した後気付くようなそんなもの。
「何だか、余裕がなくて好きよ」
しかし彼女は笑って、好きなどとのたまう。緩く表情を和らげ、こちらを見つめて微笑む。どこか満足げで、勝ち誇ったかのような。
「翻弄されているのが、自分だけじゃないって分かるのがとても好き。余裕のない手が、声が、たまらなくいい」
彼女の声はわずかにかすれていて、抑えきれていない疲労感も加わって、いつになく艶めいていた。それが耳元で妖しく囁かれ、思わず彼女から目をそらした。
そんな、学生時代ではあるまいし。
「あなたはわたしを傷つけてる訳じゃない。でもそれに納得いかないなら、言い換えるわ。あなたは、わたしにあなたを刻んでる」
わたしが、あなたのあちこちにわたしを刻むように、ね。
「時には痛みも伴うけど、別に嫌じゃないの。怪我をするわけでもないし、こう見えて、わたしは丈夫だし」
何でもないように言って、彼女はこちらを見つめた。妖しく光る、女の目だ。
いつの間にか彼女は、この目を持っていた。自分が気づかないうちに。幼さを残す唇は、それでもこちらを誘うように少しだけ開いていて、また肌の下に不快な感情が走った。
さっきあれほどやった行為を、まだ続けようなどと思わないのに。心と体が遠く隔たっているような気分になる。
「ねぇ、何に悩んでいるのかなんて分からないけど、わたしはあなたが思うより強いの。姫を相手にするような態度、妻には不要だわ。まだ分からない?」
彼女の瞳が、暗闇の中でも輝くのを感じた。どうしようもないくらい、恐ろしいと思った。何故か、彼女が怖かった。
「君を、壊しそうなんだ。守りたい君を、俺はいつか自分の手で握りつぶしそう」
「潰していいのよ、わたしはあなたのものだもの」
だけどね。
「あなたを壊してしまうのは、わたしが先かもしれない。あなたはわたしのものだから」
彼女が笑ってこちらの手をとり、自分の首元に持っていった。細すぎるその感触に恐れを感じたが、予想以上に強く握られととっさの抵抗を封じられた。
彼女の拘束を解くなんてこと、思い付きもしない。自分の指先が首筋に当たる。そこはちょうど、王族の証が眠るところ。
「ここにアレがない限り、わたしはあなたのものよ。あなたはどんなことがあっても、わたしのものだけど」
クスッと笑って彼女はこちらの手を放した。強く拘束されたわけでもないのに、彼女の手が掴んでいた部分はじんわりと熱かった。
その熱は不快ではなく、じくじくと肌の表面を伝い、身体中に広がっていく。
「わたしは妻で、あなたは夫で。だからわたしたちは一緒よ。わたしが偉いわけでも、あなたが偉いわけでもない。嫉妬もするわ。喧嘩だってする。だけどね、結局互いに離れたくないだけなの」
かちん、と冷たい金属音がして、その音の正体を探ろうと視線を下げる。見れば互いの左薬指に嵌められた指輪を彼女がぶつけただけだった。
彼女の色を自分が、自分の色を彼女が、そう思って交わした指輪。それが何よりの証だと思った。これが彼女を自分のものだと証明しているのだと。
それが嬉しくて、顔が緩んでしまった。
「愛してる」
「何? いきなり。たくさん言うと、価値が下がるわ。もっと勿体ぶって言ってくれる?」
そう口に出しつつ、彼女も嬉しそうだった。笑顔でこちらに近づき、こつっと額を当てる。何だか不思議と、罪悪感も流されていた。確かに体は辛そうだけど。
「言うほどよ。わたし、もっと我慢しなくていいと思ってる」
「何で?」
「好きなの。何度もわたしの名前を呟くあなたを見るのが。うわ言みたいに、何度もわたしの名前を言うのが好き」
わたしは意外に嫉妬深いのよ、何て言って彼女はこちらの首筋にきつく吸い付いた。
しかししばらくして彼女が離れると、耳元で不機嫌そうな声が漏れる。そしてまた、柔らかい髪と共に頭が沈んできた。
同じ場所を再び食まれる。甘い感覚が胸に広がった。ちゅっと濡れた音が響いてゆっくり離れる。
すると今度は満足げに笑われた。そのまま首筋から鎖骨にかけて、同じ動作を繰り返される。じれったくなるような、鈍い痛みが断続的に続いたが、別段気にするほどでもなかった。
胸に広がる、甘い満足感に比べたら。
「明日、制服の胸元を寛げて仕事をしてきて」
「え?」
「あなたを狙っている侍女たちへの、とっておきの挑発よ」
ちくっとまた小さく痛みが走って、笑われる。可愛らしい言い分に頷きかけたが、今の自分の役職を思い出す。
そんな浮かれたことができるほど、自分は偉くない。気を引き締めて丁度いいくらいだ。王に遣えているのだから。
それに。
「王に、嫌みを言われます」
「あら、シエラが?」
「姉を奪った、憎き相手なのでしょうね」
度々近状を聞かれ、当たり障りのない報告をすれば『実の弟よりよく分かっているんだな』と言われる。王直々の嫌みはかなり堪えるのだが。
鬱血痕をつけて行った日にはどんなことを言われるか。正直考えたくない。
「侍女には見せて?」
「風紀を乱すことなんて、できるわけがないだろ。これでも隊長だ」
狐や狸がごろごろいる場所に行くことだって当然ある。どんな叱責を受けるか分かったものじゃい。大抵はからかい半分だろうが。
自分の父や兄を思い返しつつ、ため息をついた。
「ねぇ」
彼女がそっと近づいて、肩に頭を乗せてきた。珍しく甘えるようなことをするので、首を傾げて続きを促す。こんな機会滅多にないと思えば、できるだけ甘やかしたくなる。
「何で嫉妬したの?」
「嫉妬って分かった?」
「今の回答で推測が確信に変わった」
完全に鎌をかけられていたらしいことを知り、大人しく白旗を上げることにする。隠したって無駄なことはある。彼女には大抵無駄だ。ばれる比率が圧倒的に高い。
「若手の隊員が」
「隊員が?」
「この前ここへ来ていた美人に会いたいとか、恋しそうとか、挙句どんな人なんだろうとか」
何気なく出た会話で、むしろ知っている隊員が必死で止めようとしていた。気にする必要なんて一切ないし、気にする方が心が狭いと思う。
思うが、押さえられなかった。
「それだけ?」
「その隊員が、言ったんだ」
『でも、なんか。誰のものにもならなさそうですよね。綺麗すぎて、手に入らなさそう』
彼の観察眼は鋭い、と思った。思って、事実がゆえに腹がたったのだ。大人げないけれど。
「図星を指されて怒るなんて、どこの子供だろ」
「手に入らないねぇ」
彼女が小さく笑った。
「わたしは、もうアレクのものだけどね」
「俺もティアのものだよ。ずっと前から」
「王女が所有するのと意味が違うわ。わたしは今、あなたの人生ものともアレクを捕まえてるんだからね」
そこでふと、もしかしたら妻と王女に向ける感情の違いに焦っていたのかと気付く。違いが分からず、恐れていたのか。
当然違うはずの二つを一緒に見ようとしていたから、焦っていたのか。向ける感情など、違うに決まっているのに。
「愛してるよ」
女性として、妻として。王族としてではなく。
今更、そんなことに気がついた。
新婚さんー。