お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~それは~
無事最終話。思ったより短くてすみません。グダグダやるとまた長くなりそうだったので。
ティアちゃんのところと違って、この二人にはあまり試練は与えたくないと思います。
ご都合主義ドンとこい!
「本当にそれが罰?」
「罰? あぁ、そういえばそういう名目で言うんだったわね」
クリーム色の、気取らないデザインのドレスを翻しつつ、ティアは思い出したように笑った。
まるで今の今まで、これから言う言葉を『罰』として認識していなかったとでも言いたげな口調だった。
廊下に飾られた白いバラの花弁を触りつつ、ティアは笑った。
「そうよ。ま、色々な打算やなんかが混雑してるけど。彼女たちには最善の選択だと思わない?」
「そう、でしょうか。目先の利益に目が眩んで出した、のちのち不幸になる選択かと」
後ろからついてくるアレクのセリフに、ティアはむっとしたような顔をした。
いつも外では笑顔を絶やさない彼女にしては珍しく、不機嫌さを顕わにした。自分の出した選択が間違いだと批判されることに慣れていないのだ。
「目先の利益ね。彼らにとってはそれだけじゃないと思うけど」
ティアはそう言って、重い扉を自らの手で開いた。いつも近くにいる護衛さえおらず、開いた扉の先にも二人しかいない。
「さぁ、二人とも始めましょう。わたしが出した答えを受け取って?」
ティアは鮮やかに笑って言った。
四人の他には誰もいない広い部屋で、ティアの言葉だけが煌々と光を集めているようだった。グレイスは緊張で強張った手を握り締め、その手をセシルが包んでいた。
その手を見て、ティアはにっこりと笑う。
「心配しなくても、貴重な血脈を殺しはしないわ。罪は背負ってもらうけど」
「彼女には関係ないはずだっ」
「それなら、アレクも家と関係ない理論になることが分かってるのかしらね」
ティアが呟いてセシルの近くに行った。
「確かにグレイスは、十六年前の事件とは何の関係もない。グレイスに罪を背負わせることは、ある意味理不尽以外の何ものでもない。
まぁ。エインワーズ家の自覚があるのだから、その理不尽さもどこまであるのか分からないけど」
ティアが『罰』だと言ったその口で、セシルの言葉を責めた。
「それならアレクもだわ。ボールウィン家と彼は関係ない。あなたが彼に当主を譲ろうとするのも、ある意味理不尽。
そうでしょう? グレイスが選んでエインワーズ家に生まれたわけじゃないように、アレクも望んで漆黒の髪と瞳を持っているわけじゃない」
わたしから彼を取り上げないでちょうだいな。あなたの望みの通りの罰をあげる。
ティアがアレクに任せていた書類を取り上げて、高らかに読み上げる。その声は可憐だと称えられる声でなければ、愛らしいと表現される音でもない。
ただ厳かに響く、威厳に満ちた王の声だった。
「グレイス・エインワーズを城から追放する。また、セシル・ボールウィンに彼女を監視する任を渡す」
グレイスがぽかんと顔を上げ、それから『それだけなの?』と聞いてきた。
「ティア、王様はそれだけで許してくださるの?」
「もともと、どうだったかあやふやな事件よ、そうでしょう? 犯人は分からない。真相も闇の中。
ならばあなたをどうにかする理由もない。それがユリアス王が出した答え。ここからはわたしの言い分なんだけど」
ティアがセシルの方を見つつ言った。
「グレイスがエインワーズ家であるという事実は隠せても、消せはしないから。二人は結婚して、子供をもうけてくれないかしら?」
一瞬にして二人の顔が驚きに満ちる。
その反応に満足したのか、ティアはその整った顔に最高の笑顔を浮かべた。二人のリアクションが相当気に入ったらしく、くすくすという小さな笑い声さえ出していた。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう。これは命令よ。結婚して、セシルはグレイスを監視し続けるの。
ま、証拠を満足に集められなかった罰だったと思って、大人しく受け取りなさい。あと、子供には王位継承権があるから、それだけは了承してもらうわ」
「……命令がなくても、結婚はするつもりだったよ」
セシルの声が小さく響いて、『そうでしょうね』と言ったティアのセリフにかき消された。
「グレイスはどう? 一生監視されるけど、エインワーズ家の名は一応守ったわよ。真相は闇の中。それが望みでしょう? 他に何か言いたいことはある?」
「だって、ティア。それじゃ」
それじゃぁ、わたしたちにいいことばかりじゃないか、とグレイスは口に出した。
甘すぎる罰は逆に不安になる。後から何か大変なことが起きるのではないかと、心底心配した。その様子を見て、ティアは小さく頷く。
「確かに、甘すぎる判断だとは思う。だけど、こちらに利益がないわけじゃないの。
セシルの隣にいる限り、我が王家は血脈を見失うことはない。名目上は、あなたが反旗を翻さないための監視ということになるけど、どちらかと言えば王家の血を消さないためのものだし。
それに、あなたの子供は王位継承権を持つ。あなたにはあまり重要じゃないかもしれないけれど、これは大きな意味を持つのよ」
ティアが言い聞かせるように言った。
「いい? わたしはいずれ、どこかの国に嫁ぐでしょう。寒国かどこかの王族に。
そこで子供を産んだって、光国―リッシスク―の王位継承権なんてあってないようなものなの。その国の王位継承権のほうが強いから。
つまり、シエラに子供が生まれなかったら、あなたたちの子供が王位につく。これがどれだけ波乱を呼ぶか、危険か、あなたには分からないかもしれないけど……。
エインワーズ家の名と交換に、あなたはそれほど重いものを背負うことになる。これが本当の罰」
グレイスが息を呑み、セシルが眉を寄せる。反論をしようとセシルの口が開いたが、結局何も言えずに終わった。
「俺はグレイスを愛してるよ。だから、彼女に害をなすものはどんなものだろうと取り去りたい。それが、たとえ王族の命令であったとしても」
「いい心構えね。王位継承権云々の話は身内同士の口約束みたいなものだから、いざとなったらどうなるか分からないし?」
ティアがそう言って、懐から小剣を出してグレイスに渡した。
「自分の身は自分で守りなさい。強くなりなさい。いつかセシルを守れるように。
いざとなれば、誰より強くなれるから。それがわたしたちの血の証拠。覚えておいて、どんなときでも諦めない強さがある。それがわたしたちなの」
その小剣は、いつかグレイスに預けようとしていたものとは微妙にデザインが違う。それを目で問えば『あ、分かった?』と頬を緩められた。
「わたしのはね、お父様から頂いたの。だからあげれない。代わりに、あなたにもあなたのお父様から小剣を」
目を見開いたグレイスに、ティアはイタズラが成功した子供みたいな無邪気な笑顔を向けた。今までずっと立てていた計画が、最高の形で成功したというように。
「お揃いだったらしいわ。この剣。ずっとお父様が持ってらしたのですって。それで、あなたに返したいって」
ティアが笑ってグレイスを抱きしめた。
「大嫌いで、大好きなわたしの同胞。きっとあなたのお父様も同じだったのね。
大嫌いで、憎くて、それでも大好きで、どうしようもなかった。それを解決する方法が、謀反だったのかしら」
「分からないわ。わたしはティアのこと、憎めないもの」
お人よしだという自覚は、ここにいる間に出てきた。グレイス自身が『自分は甘いのだ』と自覚した。
それでもそれを直す気にはなれず、結局大して変わらないままここまで来てしまった。グレイスにはそうとしか感じられずにいるらしい。
誰よりも変わった彼女に、変化がないという人などいないのに。
「たとえ表立って同胞だと言えなくても、あなたがわたしの大切な人だという事実は変わらないわ。いつでも遊びに来てちょうだい」
ティアはグレイスに抱きついたままそう言って笑った。
「もし喧嘩して、家出をするならこっちへ来てね。セシルが迎えに来ても叩き出してあげるから」
「物騒なことを言わないでほしいな。グレイスを傷つけることなんてありえないよ」
誓ったからね。そう笑ったセシルと目が合い、グレイスは目を細めた。幸せだ、と声にならない声を出す。
「この先、辛くなるかもしれない。自ら背負った責任に、押しつぶされるかもしれない。それでも言うわ。何度だって。
……あなたに女神のご加護があらんことを。心からの祝福をっ」
この国で唯一、女神に例えられる少女から出た言葉が何よりの祝福であることなど、本人は知る由もない。
グレイスが嬉しくなって抱きしめ返すと、耳元で軽やかな笑い声が溢れた。『せめて、あなただけでも幸せに』と囁かれる。
「グレイス、こっちにおいで」
それからするりとティアからはなれると、すかさずセシルに呼ばれる。首を傾げて近づけば、ふわりと抱き上げられて怒ったような顔をされた。
グレイスは不思議そうに首を傾げるが、セシルの顔は直らない。
「何でティアばっかりにいくかなぁ。君の相手はこっち。それを忘れちゃ嫌だよ?」
「忘れてないけど、ティアのことも大切なの」
もらった剣は、形見らしい形見だった。美しい彫が施されているわけでもない、軽くて使い勝手がよさそうなものだ。
その剣をセシルが押さえて、それから柔らかく笑ってグレイスの頬に口付けをした。
「君にこれは使わせない。君の楯となり剣となり、君を守ると誓ったから」
「アレクと同じようなことを言うのね」
後ろで茶化すティアを無視して、セシルはグレイスに向き直る。一度グレイスを下ろし、グレイスの前で膝をついた。それからグレイスの手を取って、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「絶対に、悲しませないよ。グレイス。後悔もさせない。だから、結婚してください。君を絶対に幸せにする」
その言葉に、グレイスは頷いた。それから飛びつくようにセシルへ抱きつく。
「やっと捕まえた。やっと、捕まえられた。もう逃がさないからね」
うん、と頷く声は涙で濡れている。それでも言葉を紡ぐことを止めなかった。
「今でも十分、幸せだよ?」
「欲がないなぁ。もっと幸せになるの!」
セシルがグレイスを抱き上げて笑った。隠された王族の少女が、たった一人の男性のお姫様になった。
これはそんな、幸せな物語。
たった一人ために選んだ、少女の夢。オヒメサマの夢は覚めることはない。
尻切れトンボですが、今のところ精一杯です。この二人にティア並みの試練は可哀想です。
長々とお付き合いくださり、ありがとうございました!!