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姫と騎士  作者: いつき
番外編
109/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~密かな誓い~

 あと二話で終えるとか書いちゃったので、詰め込み、話を切り、急展開で突貫工事。セシルの成長が垣間見れるかも、しれません。

 自分の前に出されている選択肢は、たった一つしかない。

 それを手に取らないわけにはいかないのだから、溜息が漏れる。そう思いつつティアは額に手を当てた。全てが自分の思い通りにいくわけではない。それは納得できる。

 自分の考えの甘さや見通しの不確実さ、その他もろもろ読み間違えたことを思えば、自分に都合のいい結末などどこにも用意されていないことは分かっていた。

 が……、ある程度の利益は求められると思っていたのだ。

 少なくとも、王族の血は残せると。それは馬鹿げた幻想でしかなかったとでも言うのだろうか。結局は争いを生むものでしかなかったと?

「愚かね、リシティア」

 自らの名前を呼び、嘲笑するように唇を歪める。

 自分の力を過信しすぎたゆえの結末だ。そうに違いない。ティアは握り拳を机に叩き付けないように、机に押し付けた。

 少しでも浮かせてしまえば、大きな音を立てて殴りつけるだろう。そうすれば何事かと、外にいる護衛たちは動揺する。

 何よりも今扉の前に立ち、こちらを心配しているアレクに、余計心労をかけさせることになる。

 今回のことで、かなり無理をさせてしまったから、これ以上は大人しくしておいた方が彼のためにもいいことだろう。

 言い訳のような理由付けをして、ゆっくりと拳を左手で支えた。

 冷静で感情を表に出さない白薔薇姫のやることではない。

 自分に言い聞かせて、ティアはその拳を額に当てた。冷静になろうと自分に言い聞かせれば言い聞かせるだけ、冷静さを欠いてしまう。

 その理由がはっきりと分かっていて、ティアは唇をかんだ。

「つまらない嫉妬なんて、してる暇なんてあるの? リシティア。あなたには、大事な役目があるはずよ」

 痛みを感じるまで手を握り締めて、明日の準備のために色々と動いていたときは怒りやその他の感情を感じる暇さえなかった。

 大臣方への口止めをエイルに任せただけ楽だったが、その他の手回しなどは全てティア自身が行った。

 信用できない者に任せるよりもよほど楽だし、安心だと、グレイスもセシルも逃がさないように『幸せ』の準備を抜かりなく行う。

 誰もが傷つかない、少なくともグレイスから見える範囲で不幸な者が出ないその結果は、ティア自身の望みを少しだけ含んではいた。

 しかしその望みを補って有り余るくらい、ティアの想像外のことが含まれていて喜ぶ暇さえなかった。

「グレイス、あなたの選択に祝福を。女神のご加護がありますように」

 その言葉だけは、本心だと自分自身に言い聞かせた。

 せめて、数少ない同胞の幸せは祈るべきだ。

 それがどんなに自分の中で飲み込めない『しこり』になっていたとしても。それがあろうがなかろうが関係なく、明日は来て、結果は発表されるのだ。

 告げるのは自分だ、しっかりしなくては。

「リシティア、あなたは仲間がほしかったの? 民のために命を投げ出す、そんな仲間が……本当に、必要だったの? 血が、あなたをそこまでかき立てるの? ねぇ、リシティア」

 自分の中には、王族である自分しかいない。

 それはグレイスとは異なるところだ。自分は王族として生きたことしかなく、それ以外の生活の仕方など知る由もない。

 ただ民の生活はこんな感じなのだと、教師達から聞くだけだ。実際に経験したこともなければ、それが必要だとも教えられなかった。

 ティアはそれが正しいのかどうかは分からない。

 民の実情を知り、政策を練らないといけないことは分かっている。それならば民の生活も少しは知っておかなければいけないのだろう。

 しかし、それを実体験として得るかどうかはまた別問題だった。

「あなたは、グレイスに何を望んでいたのかしらね」

 何も望んでいないのかもしれない、なんて今のティアには言えなかった。





「セシル」

 無言のセシルの後に続き、グレイスは戸惑っていた。

 強い力で引っ張られ、抵抗は許されない。いつも緩く、優しいだけの拘束だったのに、今はグレイスが逃げ出すとでも思っているような力の強さだった。

「君は」

 やっと口を開いたセシルの口から漏れた声は、最低限の音量で小さく響く。

 それは城の廊下だからだろうかとグレイスが思うが、どうやらセシル本人は心の中に渦巻く激情を押さえ込んでいるらしかった。

 自分の部屋の扉を開け、その中にグレイスを半ば放り込むような形で入れる。それからベッドまで引っ張っていき、今度こそベッドへ放り投げられた。

 ぼすんとベッドが大きく音を立てて、グレイスを飲み込む。丁寧に整えられていたベッドのシーツが皺くちゃになった。

「セシ」

「君は、何度俺を殺せば気が済むんだっ!!」

 びくっとグレイスが肩を振るわせる。

 それでもセシルは言葉を弱めなかった。弱めることなど、できなかった。

「なんで君は、俺のためだといって何度も俺の心を殺す……? 俺はそんなこと、望んでないのに」

 強かった言葉はだんだん力を失っていき、ついには消え入るまでに小さくなっていった。

 グレイスはそれに反論できるはずもなく、ベッドの上で苦く笑った。

「二十年以上大切にしてきたことを、わたしのために捨てろなんて言えるわけないよ。家の大切さだって、今分かったし。

余計、ボールウィン家を捨てさせるわけにいかなくなる」

 そんなことが言いたい訳ではないのに、グレイスの口は勝手にそんな言葉を紡ぐ。

 傷つけることしかないその言葉に、何故だがグレイスは安心していた。心が揺れていたのに、今はどうしてか静かだった。

 ティアと話したからだろうかと見当をつけて、そっとセシルの頬に手を当てる。痛ましげに眉を寄せたセシルに、小さく笑いかける。

「あのね。両親が無実であればいいと思ってはいたよ? 

だけどね。それで王様とか、ティアとかが傷ついて、セシルの身に何かが起こるのはもっと嫌だった。それだったら、帰ればいいと思ったの。

だって、それで丸く収まるじゃない。誰も、傷つかないじゃない。王様も、ティアも、アレクさんも、セシルも」

「俺は、傷つくよ。グレイスが、いなくなる。

一度帰ってしまえば、君はもう二度と俺の前に現れないだろう。マザー・アグネスのところに戻って、どこか遠くへ行こうとでもしてなかった?」

 その言葉に、グレイスは首を傾げた。

 その後のことはあまり考えてなかった。ただ日常に戻るのだと信じていた。信じるように務めていた。

 他の事は何も考えず、元のような生活に戻るんだと。

 その元の生活に、セシルは含まれていなかった。ただそれだけだ。

「君の中で、俺はその程度だったの?」

「違うよ。それは違う。だけど、セシルの幸せにわたしはいないんだなぁって」

「俺は! そんなことを言わせるために、事件を調べてたわけじゃないっ!!」

 セシルが怒鳴って、グレイスの手を押さえつけた。

 それから悲しそうに目を細め、ゆっくりと笑う。

「俺には、好きな人間と家を天秤にもかけられないのか。その権利さえ、与えられてないって言いたいの?」

 君が、好きだよ。

 セシルが繰り返す。

 何度となく伝えてこられた言葉を、ここへきてまた繰り返された。

「わたしも、好きだよ。それは、変わらないよ。ただ、好きの結果が普通の人たちと違うだけ」

 涙が流れない。

 何を喜んでいいか分からない。

 グレイスはただひたすら、『好き』だと紡ぐ。それ以外、セシルを慰める方法などなかった。しかしその唯一の方法でさえ、セシルの悲しみを止めることはできなかった。

「ティアに、似てきたね。グレイス。俺との未来は、想像できもしない?」

「この国の身分制って厳しいから。……街娘が、未来の公爵のお嫁さんにはなれないでしょ? 

ちょっと勉強したから、それくらい分かるよ。別にね、わたしは自分を貶めてるわけじゃないよ。

釣り合わないって思うこともあったけど、それって結局わたしの度胸が足りないだけだって分かったし。

あとね、セシルの心を疑ってるわけでもないよ。当然でしょ」

 じゃぁ、足りないのはなんなんだろう。

 今更ながらグレイス自身にも分からなくなっていた。自分はどうしてこうも頑なに、セシルの言葉を跳ね除けているのか。

 一体誰のためなのか、セシルのためじゃないのか。

 それならば何故、セシルは今泣きそうになっているのか。

 セシルの頬を撫でつつ、グレイスは眉を下げて笑いながら言った。

「誰も傷つかない選択肢、選べてないね」

「当たり前でしょ。君は自分自身も俺をも傷つけてる。

結局得したのは、ティアだけだよ。事件を隠して混乱を押さえ込み、謀反の芽を摘み取った。俺の弱みも握ったし、アレクの力も知らしめた」

「でも、ティアも少し傷ついてた」

 これが正解だったのか。

 それは分からない。きっとその結果はすぐには出ないんだろう。グレイスは唇をかんでその事実を受け入れようとした。

 ティアがするように、自分の決断に責任を持とうとする。それでも今回の結果の重責は重すぎて、心が砕けそうになった。

「ねぇ、グレイス。結婚しよう?」

 耳を疑った。

 グレイスは起き上がり、セシルの顔をまじまじと見る。

 今の会話から、一体どこにその雰囲気があった? むしろ自分たちは今、別れの儀式をしているのではなったのか。

 生きる人生が完全に分かれていて、それを飲み込む儀式だったはずではなかったのか。

「セシル」

「うん?」

「今わたし達、身分制度云々の話から、ティアの話をしてたよね」

 そして自分は今、確かに自分で出した選択肢の結果を思っていた。

 その責任を感じていたはずだった。グレイスはそれを確かめるように、セシルに尋ねた。しかし彼は、悲しそうな顔をしたまま首を振る。

「身分のない国にいこうかって話。ティアとか、公爵家とか関係ない土地に行こうかって」

「セシル、ちょっと待って」

 グレイスが制止の声を上げる。

 しかしセシルは止めなかった。

「グレイス。今まで俺は確かに、家より大切なものとか、必要なものとかあんまり感じたことはなかったよ。

それなりに仕事はやりがいもあるし、なにより公爵家に必要とされたかったのも事実だ。

だけどね、グレイスに必要じゃないと思われるのが一番応える。俺は君と出会って、君を大切に想うようになって、君のいない未来を想像することができなくなった。

だけど君は、簡単に俺のいない人生を考えて、一人で出て行こうとした」

 グレイスの手を掴み、セシルは引き寄せて強く抱きしめた。

「俺は確かに弱いし、グレイスを守れないことが多い。

それでも、どんな障害にも、君との未来を断ち切らせたくない。どんな障害があっても、どんなに反対されても、君の手を離すなんて選択はないよ。

それこそが、俺の強さだ」

 セシルがやっと笑って、そう言った。

 何度も何度も、グレイスが辛いときにくれた笑顔だった。どれだけ不利な状態でも、どれだけティアに逆らっても、その気持ちが変わることはないと言い切った。

「約束しよう。どんなときでも、俺は君の手を離さない。君のためだと言って、君をおいて行ったりしない。

君のためだと言って、諦めたりなんてしない。絶対だ」

 グレイスが固まって、声も出ないと言うように目を見開いた。

「君のためなんかじゃない。俺のためだ。

グレイス・エインワーズだろうと、グレイス・クロレスだろうと関係ない。目の前の君だけを見てる。目の前の君だけを、愛してる。

本当だよ。他は何もいらない。この国で幸せになれないなら、この国でさえいらない。国への忠誠も、王への忠心も、全部捨ててやる」

 ぼたり、と大きな音を立ててグレイスの目から涙が零れた。

 それから今までの分が一気に流れ出るように、次々と涙が溢れ出す。こんなことを、無理だと思えることを、セシルはどんな気持ちで言っているのだろう。

 そう思うと、自分の『セシルのため』の決断が酷く小さく思った。

 自分の自己満足だと言われてもいいと思っていたのに、どんなに辛くてもいいと思っていたのに、今すぐにセシルに腕を伸ばしたくなって俯いた。

 自分勝手でも、いいのだろうか。いいわけないのに、そんなことを考えた。

「わたし、自分勝手だよ。何度も一方的に、セシルの手を払った」

「そうだね。でも、最後に俺の手を取ってくれれば問題ない」

「ティアみたいになりたくて、あんな決断して……セシルを傷つけることしかできなかったよ」

「それは君が優しすぎただけだ。あとティアが洗脳しただけ。悪いのはティアだから。あと十六年前の謀反が悪いだけだから」

 セシルがそっと手を伸ばして、グレイスの頬をこする。

 それから瞼に口付けて、しょっぱいねなんて小さく笑った。その笑顔を見て、グレイスがまた涙を流す。

「わたしは、ここから出て行くよ。それでもいい?」

「貴族のお嬢様がほしいなら、とっくに結婚でも何でもしてるはずだよ。それに俺、順応性は高いよ。アレクみたいにプライド高くないし」

 容姿のせいかもしれないけどね、とセシルは笑って応えた。

 それにグレイスは質問を重ねる。

「謀反人の娘だけど」

「それは君自身に関係あるのかな」

「セシルは、公爵になれないよ」

「君の一生分の時間と交換するには、ちょっと安すぎると思わない?」

 だって、公爵の地位って目に見えない上に、不安定この上ないし。君の人生の方がよほど価値があるでしょ。

「ねぇ、わたし」

 あなたが大好きだよ。

「奇遇だね、俺も」

 セシルがグレイスを抱き上げた。

「たとえ、君に下される処分がどんなものだったとしても――俺の気持ちが変わることはないよ。たとえ君が再び俺を捨てようとしても」

「もしかして、かなり怒ってる?」

「そうだね。ティアに脅しをかけるくらいには、怒ってたかな」

 自分が持てる精一杯のカードを切ったのだ。

 もしグレイスに何かあれば、自分は――。

「脅し文句、聞いたらわたしが卒倒する?」

「どうだろう。案外大したことないよ」

 公爵家を継いだ後、公爵の地位を国に返すと。そう言った。

 当主の権限で、ボールウィン一族の人間の全ての地位を返却し、国の国政から退くと。そう脅しをかけた。

 つまりそれは、アレクさえも彼女から奪う、『選択』なのだ。そしてこの国で政治に長けている一族が、一切の仕事を行わないと言う無言の重圧。

 たった一人の少女のために、ティアがそんな愚かな行動をしないことは分かっている上での脅しだ。しかし、セシル自身は全くもって本気のため、跳ね返すことはできない脅し。


『恋は盲目ってことね。セシルらしくもない、考え無しの脅しね』


 負け惜しみのように返された言葉を思い出して、セシルは苦く笑った。

 確かに計画性も、慎重さもあったものではない。しかし、このやり方はセシルの弟自身が口に出して言っていたことだ。

 計画倒れになるくらいなら、実行した方がマシだと。今回ばかりはそれに賛成しよう、とセシルは弟に拍手を送った。

 確かに、やってみれば案外上手くいくものだ。

「グレイス。俺の、妻になって。公爵夫人じゃないよ、俺自身の」

 公爵の地位なんて、誰かが座るだろう。そんなふうに、セシルは割り切って考えた。

 弟ではないかもしれないが、もうそんなことはどうでもよかった。大事なものが腕の中にある、それがどれほど得がたいものか、それさえ分かっていれば他は何もいらない。

 今まで積み上げてきたことさえ、彼女と一緒にいることと天秤にかければ、守る価値はなかった。

 結局自分には、ボールウィン家の矜持などなかった。

 なかったから、髪も瞳も漆黒の色を持たなかったのだ。自分が跪くのは、王族ではないのだからそれも仕方のないことだろう。

 何にも変わることがないほど、漆黒の色を保てるほど、誇り高くはなかっただけの理由だ。

 自分が跪くのはたった一人。

 王族とは似て非なる輝きを持つ、たった一人の少女だけだ。

 セシルは立てかけてあった剣をおき、グレイスの前に跪いた。それは騎士が、自分の主にのみ行う絶対的な忠誠の証。

 どんなときも裏切らず、見捨てず、生死をともにし、何者からも守ると言う決意の証。

「俺は、騎士じゃないけど」

 そう前置きして、制約の言葉を口にする。

「我、永遠の忠誠を誓う。何人からも主を守り、離れず、約束を違わず、傍にいることをこの命にかけて誓約する。この剣が折れるまで、この身が朽ちるまで。グレイス、君を愛す」

 グレイスが静かに、一度だけ頷いた。言葉はいらない。ただそれに頷いて、抱きしめてくれるだけでいい。

 セシルが立ち上がって、グレイスを抱き上げた。その光景は、雲に阻まれ月の光でさえ見ることができなかった。

 二人だけの、小さな誓いだった。

 詰め込みました。すみません。もうグレイスのぐるぐる、堂々巡りの思考に付き合ってられなかったともいいます。

 セシルはグダグダ悩んだ挙句、この物語の登場人物で一番決断が早い人です。見極めるべきときに、きちんと事態を見極められる人。

 ティアやアレクみたいに、タイミングを読み間違えた挙句自己嫌悪に陥る人物じゃないんです。(多分)思いっきりがよく、ある意味猪突猛進とも言う。

 初めての感情に躍らされつつ、恋は盲目を自分の地位をフル活用してやっちゃう人です。

 あと一話で終わりたい!

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