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姫と騎士  作者: いつき
番外編
108/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~罪を隠す~

 あと二話くらいで終わりたい。(毎回言ってる)

「お前らの口で、王を語るな」

 ティアが剣から手を離す。それからグレイスに向き直った。突き刺さったままの剣を一切省みることなく、グレイスとセシルに視線をやった後、グレイスに問いかけた。

「あなたが出した答えの一つは、腕を串刺しにされたこの男」

 やっと痛みを自覚したのか、男は唸り声を上げて剣を抜こうとする。ティアはそれを許さないと言うように見つめたが、後ろから伸びた手に目を塞がれてしまう。

「ティア、それ以上はやる必要がない。そうだろう?」

「……そうね。グレイスとの話を続けるわ」

 一瞬だけ燃え上がった怒りの気配は、次の瞬間には欠片も感じられなくなってしまう。それでもアレクはティアの目から手を離さず、ティアの目を塞ぎ続けた。

 ティアは抵抗することなく、その目隠しを受け入れた。

 それと同時にエイルが入ってきて、その光景に眉を寄せた。

 しかしあえて何も言わず、大人しく床から剣を抜き去り、簡単な処置をしてから男を引きずり出す。その手はわずかに躊躇いを含んでいるように、グレイスには見えた。

「あなたが出した答えの一つは、セシルから離れていく事実」

 王族の身分を捨てれば、彼女はただの街娘。教会にいる、ただの孤児。

 それを許すはずもない身分制度が、二人を遠く隔てるのだ。それを聞いて、グレイスは頷いた。

「知ってる」

「それでも、捨てようというの?」

 グレイスが息を吸う。そして小さく笑った。

「わたし、分かったの。エインワーズ家を守りたいなんて、思っちゃったよ」

 今まさに、そう思った。そう言って、グレイスが笑う。

「顔も覚えてないのに。育てられてないのに。どうしてかな、エインワーズ家の名を汚したくないと思った。

父の思いは分からないし、もしかしたら別の思いがあったのかもしれない。だけどわたしには、王様を殺そうとしたとしか思えない」

 だから。

「父のやったことを、全て隠して。お願い。わたしがここを去るから、何も言わないで。黙認して」

「そう」

 グレイスを抱きしめる腕に力を込めようとしたセシルの腕が、するりと離れた。ごめんね、とグレイスが呟く。

「ただ、出て行くつもりだったの。セシル」

「どうして……」

「何もかもなかったことにして、事実を公開されてもいいと思った。無罪でも、有罪でも、構わないと思った。

だって、もう『エインワーズ家の人間』はいないんだから。そんなことのために、セシルを傷つけるなんて馬鹿げてると思った。

自分が去ることで、ティアとセシルがあんな争いをしなくなるなら、セシルが傷つかなくなるならそれでいいって」

 グレイスが小さく喘いだ。

「でも、ここに来て、あの男の人の話を聞いて。罪を、隠したいと思っちゃった!! 

何も知らないのに、愛着なんてあるわけないのに、エインワーズ家がたった一人だと思ったら、守りたいと思った。

どうしてだろう……。父をね、恨めなくなっちゃった。許せないって思うのに、間違ってるって思うのに。名を、汚したくないなんて」

 グレイスは床に落ちたセシルの手を掴んで、それからそっと自分の頬に手を当てさせる。

 セシルが眉を寄せて、懸命に痛みを耐えるように目を瞑った。目を塞がれているティアからは何も見えない。

 だからこそ、その声に厳しさは宿るのかもしれない。

「罪を、消せと?」

「ううん。黙ってて欲しいの。事実は消えないから」

 どんなに自分が悔いたところで、どんなに自分が泣いたところで、父が計画した事実は変わらない。

 そのことをグレイスは分かっていたし、それを消したいとも思わなかった。

「あなたが王族に戻るなら、『無実だ』と言ってもよかったのに」

 ティアの声に宿るのは、安堵か無念さか。

「罪を、背負う覚悟はある?」

 ティアの声が、大きく響いた。

「ないって言って、許されないことは知ってる」

「なら話は早い」

 ティアの手がアレクの手を振り払う。グレイスも誘われるように立ち上がった。よく似た二人の少女は向かい合い、お互いの瞳を見つめてしばらく沈黙した。

「無罪だとは、言わないのね。なら、罪を償う?」

「「ティア!」」

 アレクとセシルが同時に声を上げた。それをティアはチラリと一瞥するだけで黙らせる。

「あなたたちに、発言権を与えたつもりはないんだけど……? ボールウィン家の息子達」

 ひんやりとした声に、彼女の怒りが篭っている。

 その怒りは自分の思い通りに行かないグレイスを責めているのか、それともグレイスの決意を揺るがせようとしている二人を責めているのか。

「いいわ。あなたの決意は受け入れた。どう処罰されるか。それはわたしには分かりかねるけど。

父に相談してみましょう。それまではセシルの部屋にいなさい。もう、王族じゃないということを前提に話を進めるから」

 その意味が分からずに、グレイスが首を傾げた。しかしその意味を問い返す前に、再び後ろから抱き寄せられる。

 温かい腕は自分が今しがた離したものなのに、どうしてかよく馴染んだ。

「セシル。あなたの決意も、ちゃんと分かったから。よく、休みなさい」

「俺は本気だから」

「知ってるわ。王様も、ね」

 ティアが小さく、本当に小さく笑った。




「ティア様」

「プルー。どうしたの? 何かあった?」

「あの男が、捕まったと聞いたので」

 あぁ、とティアがやっと思い出したように呟く。それから気まずそうに、『言ってなかったわね』と続けた。

「終わったの、全部。罪を隠すの。全て。……大臣達が分かっていることも、プルーが分かっていることも。実行した人が苦しんでいることも全部、全部隠しちゃうの。

痛みも、苦しみも、希望も、光も。この事件に関わって感じずにはいられなかった、全ての感情を」

 ティアが歌うように続けて言い、それからプルーの顔を見て苦く顔をしかめてみせる。

「だから、プルーは誰も責めなくていい。許してあげていい。お父様を、エイルを、わたしの父を、グレイスのお父様を」

 プルーが首を振り、それから膝をついて顔を覆った。

「なくなったことには、できません」

「そうね」

「だったら」

 プルーがティアの方を向き、涙で濡れた顔を晒した。

 その頬にそっと手を伸ばし、ティアは首を傾げる。そして息を小さく吸い込んで、冷静な声を出してみせた。

 まるで、何の問題もないというように。

「これで、王族は一人減るわね。それだけよ? 問題じゃないわ。

わたしが、どこかに嫁げばまた減るでしょうけど。シエラがいるもの。きっと、大丈夫」

「違いますっ。私が言いたいのはっ!」

「終わったの。全部終わったのよ。もう、誰もこの件を蒸し返さない。こちらに証拠がある限り、二度とこんな馬鹿げた争い起こらない。

わたしが、約束する。だからね、プルー。わたしも、許そうと思うの。色んな人を」

 ティアがそう言ってから扉の向こうにいる人物へ声を上げた。

 『エイル』と。それを聞いた瞬間、プルーの肩が大きく揺れたのをティアは見逃さなかった。それでも何も言わず、扉から入ってきた人物に笑いかけた。

「七年前、謀反を起こそうとしていた人間がいた。しかしその人物は密かに処分され、今ではどこの誰かも分からない。そうよね?」

「おっしゃる、通りです。姫様」

「そして、今回首謀者を捕らえた。だからもう、この事件は終わり。違う?」

「いいえ」

 ティアが、何かを決めたように目を光らせて口を開いた。それは、誰もが幸せになれるかもしれない、グレイスが出した『選択』に対する答えだった。

「なら、この事件に関する一切の追求を禁止する。大臣にも、そう伝えなさい。無罪だとも、有罪だとも言わずに……ただそれだけを。

賢い人間なら沈黙し、そうじゃない人間は賢い人間の真似をするだろうから」

 それだけで、十分でしょう。ティアが少しだけ疲れたように笑った。

「それから」

 疲れたように笑うわりに、その笑顔はどこまでも毒を含んでいるようで、エイルとプルーは肩をそびやかした。

「証拠は内密にボールウィン大臣に。この国で、誰より信頼できるあの人に預けなさい。まさか息子の嫁候補に不利なことはしないでしょう。

……グレイスを切れば、セシルも躊躇わずカード切る。流石に大臣も、『恋は盲目』を息子で体感したくはないでしょうからね」

 ボールウィン大臣の手に渡れば、彼にとっていい方向へ向かうはず。

「それは、わたしの望む方向でもある」

 プルー、先に行きなさい。

 ティアは表面上だけ優しげな笑顔を浮かべ、プルーを促した。プルーは一瞬だけ不満そうな色を顕わにするが、ティアの笑顔が深まるとすぐさま立ち上がり一礼して出て行った。

「エイル。怖い顔をするのは止めてくれるかしら?」

「姫様、あいつを混乱させるの止めてもらえませんかね。俺も、別に許しを請いたいわけじゃないですし」

 ティアがプルーの出て行った扉を見つめたまま、エイルの話を聞く。

 対するエイルは視線を外さずに、ティアの方を見つめ続けた。その顔に浮かぶのはわずかながらの怒りであり、悲しみだった。

「グレイスがそうであるように、プルーがそうであるように。……わたしが、そうであるように。あなたは何も悪くない。そうは思わないの?」

「思いたくも、ない」

 吐き出すようにして出されたその言葉を聞き、ティアはエイルの方を見た。

「命令よ。忘れなさい。全て、忘れて任務にもどれ。今後一切、このことを考えるな。いいな。

これ以上、グレイスにも、プルーにも重荷と思わせるようなことを思い出させるな。エイルが考えるだけで、気にする人間もいる。分かるな?」

「王が、姫様がおっしゃるなら。その通りにいたします」

 ティアは口調を改めて、それからまた笑顔に戻った。このくるくると変わる表情と雰囲気は、いわば彼女の仮面だ。

 それを知っているエイルは、改めて息を吐き出して騎士の礼を取った。跪き、頭を垂れ、君主に絶対の忠誠を示す。

「さて、準備を」

「姫様?」

 立ち上がったティアに向かって、エイルは不思議そうな顔をして騎士の礼を崩した。

 何も言われなかったことを不審に思ったのか、はたまた肩透かしを食らったのか。エイルが顔を向けたままな事に気付いたティアが笑いかけた。

「初めから、こうなるのかなとは思ってたのよ」

 セシルの顔を見た、あの瞬間から。

「物語の最後は、ハッピーエンドって決まってるでしょう? 何の取り得もない女の子が、素敵な王子様と出会って結ばれる。これはそんなお話」

 ティアが寂しそうに言って笑った。

「解放しましょう」

 それから大きく息を吸って背筋を伸ばした。

 どこまでも強い、王女様の顔で。

「それが彼女の望みなら。オヒメサマの、夢なら」

 誰も傷つかない結末を望むと彼女が言い、選んだならば。

「それが、正解なのね。間違っていても」

 幸せにしましょう。そう言いつつ、ティアは小さく小さく眉を寄せた。

 たった一人、取り残されてしまったような気がしたのだろうか。一人だけ幸せになる王族を、羨ましいとでも思ったのだろうか。

 それは、近くにいるエイルも分からない。

 扉の外にそっと佇み、ただその様子を見守ることしか出来ないアレクにさえ、分からなかった。

 着実に(?)結に向かっておりますので、もう少しだけお付き合いください!

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