お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~唯一の生き残り~
知ってましたか。……100話超えましたね。
長々と申し訳ないですが、あと二、三話で決着つけたいです。飽きた。
「そんなこと、無駄です。無駄に決まってる、第一ティアが許さない!」
「あなた様は勘違いしていらっしゃる。あの姫君にそんな力はありません」
男が歪んだ笑顔を浮かべつつ、嬉しそうにグレイスの足をより一層強く掴んだ。
グレイスが悲鳴を押し殺し、その手を外そうともがく。橙色のドレスが揺れ動き、男はそれを見て嬉しそうに笑う。
「あの姫が大きく出られるのも、ボールウィン大臣やその息子達がいるからです。その他の理由は何もない」
男がグレイスの足首を掴んだまま、その手を上にずらす。
嫌悪感が限界まで引き上げられ、グレイスは悲鳴も出せずにただ息を吐き出すことしか出来なかった。助けを呼ぼうと口を開くが、一番近くの騎士は生きているのかどうかさえ分からない。
「は、はなっ」
やっと出た声も、明確な音にはならず、ただ掠れるようになる。男はより一層笑みを深くし、さらに言い募った。
「セシル殿も手に入る。お父上の罪もなくなる。あなたは新たな王として、この国の統治者になる。
よいことずくめではありませんか。何を迷う必要があります? あなたはただ『はい』と一言おっしゃればいい」
ガクガクと震える体が言うことを聞かない。
グレイスはずるずると後ろへ下がろうと床に手をつけて身を引いた。それでも思うように足が抜けず、恐怖はより大きくグレイスを襲った。
「さぁ、早く。頷いてください」
恐怖に負けて頷きそうになる。それでもグレイスは首を振り続けた。声が出なくなっても、体の震えが止まらなくても、それでも父とこの男を否定し続ける。
「わたっ、は。わたしはっ」
誰も傷つけたくない。綺麗事だと言われてもいい。現実不可能だと言われてもいい。それでもわたしは。
「誰も、傷つかない方法で城を去りたい!!」
グレイスは目を瞑って叫んだ。この後どうなろうが、これだけは言っておかなければいけない。
「わたしは、王様が好きです。ティアも好きです。アレクさんだって、エイルさんだって、プルーさんだって。皆大切です。誰も、傷つけたくない。
特に、セシルだけは……どんなことがあっても、セシルだけは」
守りたいと思う。
グレイスが足を掴む腕を取り払うことだけに使っていた手を離し、顔を覆った。色々勝手に傷つけたくせに、手を離したくせに、グレイスはただセシルの幸せを願っていた。
大切だと、声を大にして訴えていた。
それがどれだけ勝手なことか分かりつつ、どうしても願わずに入られなかった。
「どこに迷う必要があります? セシル殿は傷つけないのに」
「セシルだけじゃダメだもの。わたしは、『誰も傷つかない』選択を取りたい!」
違う、とグレイスは心の中で呟いた。今ここで自分がこの人の腕を振り払えば、この人がやってきたことが露見するかもしれない。
そんなことがあれば、ティアは絶対に許さないだろう。どんなにグレイス自身が止めても、この人は無事ではいられない。
それなら、誰も傷つかない選択なんてないのかもしれない。
「ティアみたいに強くないから、どれを一番に守ればいいかなんて分からない。優先順位なんて付けられないし、自分がどれくらい守れるのか分からない。
もしかしたら、誰も守れないのかもしれない」
グレイスは顔を覆っていた手を退かした。ぐっと目に力を入れ、目を合わせることができなかった男のほうを向く。
その瞳は今までの彼女とは明らかに違っていて、男は小さくたじろいだ。思い出したのだ、自分が偽りの中仕えていた王の目を。
そしてそれに繋がる、少女とよく似た容姿を持つ、恐ろしいまでの王女のことを。
「それでもわたしは、自分の選択で守れるかもしれない人を守りたい」
そう言ったときだった、扉に背を向けるようにして座っていたグレイスの肩を、誰かが引き寄せた。それと同時に、男へと言葉が紡がれる。
聞きなれているのに、ずっと求めていた声だった。
「彼女は決断した。お前らの負けだ。その手を離せ」
ぎゅっと抱きしめられて、ついで足を掴んでいた手が離れた。強制的に離されたと言ってもいい。
男は目の前にある現実が信じられないらしく、驚いたように目を見開いた後、ぐっと眉を寄せて唸った。
「計ったな。リシティア」
「計った? 人聞きが悪いわね。わたしはただ、グレイスに考える時間をあげただけ。その間に勝手に入ってきたのはそっちでしょう?」
後ろから声が聞こえて、思わず今自分を包んでいる腕から逃れるように身をよじった。
しかし、グレイスの抵抗も空しく、体を締め付ける腕の力はなお一層強くなっただけで、逃げるまでには至らない。
グレイスは口を一度開きかけ、唇をかんだ。
「……セシル」
「やっと、捕まえた」
ぎゅっと改めて体全体を抱きしめられた。
後ろから肩口に顔を埋められ、グレイスは嗚咽を零した。
「ねぇ、グレイス。公爵家の地位とか、貴族の仕事とか。それは大切だと思うけどね」
困ったような声で、セシルはグレイスに呼びかけた。
「だけど、君より大事なんて、俺は一言も言ったつもりないよ。君が大切だ。ちゃんと分かってもらったって思ってたんだけど、やっぱり違ったんだね」
グレイスは首を振った。そうじゃない、と途切れ途切れに言った。
それでもセシルは厳しい表情を崩さず、グレイスを抱きしめる腕の力を強めて、自分のほうへありったけグレイスを引き寄せる。
「グレイス、戻っておいで。こっちへ」
「わたしの、戻るところは教会だよ」
グレイスが小さく呟いた。自分の戻るところはこの温かい腕の中じゃない。
甘やかして、守って、ただ無邪気に笑える鳥籠の中じゃない。
ぬるま湯につかっているような、どんどん自分がダメになっていくこの優しい人の近くじゃない。
グレイスは首を振って、セシルの言うことを否定した。それとともに涙が零れていることに、彼女は気付いていない。
「もう、逃がさない。絶対に、逃がさないから。君のためじゃない。俺のために」
力強い手は、グレイスを捕まえて離そうとしない。そして、同時に目の前の男に鋭い目を向けた。
「彼女に、余計なことを吹き込んだらしいね」
「余計……? 何を、この方は知らなければいけない。どれだけの血が流された計画の中心なのか!
グレイス様は知らなければ。そして、こちらへ戻ってこなければ。それこそが正しい道です」
セシルの空気が冷たくなったことを感じて、いよいよグレイスは抵抗を始めようとする。
それでもセシルが本気になれば、片手でグレイスを押さえることなど造作もなかった。
「彼女は彼女だ。二度と、そんなことで彼女を巻き込むな」
セシルの声が、過ぎた怒りで震えている。どれだけ怒っても、ティアに対して叫んでも、泣き出しそうな声なんて出さなかったのに。
「俺はっ。だから巻き込みたくなかったんだ。君を」
こんなところへいさせたくなかったんだ。
セシルが後悔の声を上げた。グレイスを抱く腕に力を込めて、まるで抱き潰すかのように締め付ける。
「俺から、君が離れていくなんて我慢できない。縛り付けてでも行かせたくない。
ずっと、守るから」
セシルがそっと呟くのを、グレイスは幻のように聞いていた。どうしてこの人を手放すことができるなんて思ったんだろうと、一人で後悔し始める。
それでも、自分の中で出た答えを覆すには遅すぎた。
セシルの手を離す以上に、グレイスにはしなければいけないことができてしまった。
皮肉なことに、この男によってその事実を突きつけられた。自分は、ただ一人の生き残りなのだと。エインワーズ家の血を継ぐ、この世に残った唯一の存在なのだと。
「ちがっ。セシル、お願い。違うの。わたし、ティアと話さなきゃいけないの」
もう抱きついてしまいたかった。それなのにグレイスは頑なに首を振り、それから目の前に出てきたティアを見つめた。
ティアはにっこりと笑ってから、目の前の男に向き直る。
「性懲りもなく、また計画を立ててたのね。そして、ウォルター・エインワーズはやっぱり父を殺そうとしていた」
「王はこの期に及んでまだ信じていたか。何と愚かな」
ティアの言葉に男ははっと馬鹿にしたような笑い声を上げた。その声を聞いて、穏やかだったティアの声が急に冷たくなる。
「愚か……? あなたが、それを口にする? 仕掛けられた罠にまんまとはまった奴が、わたしの父を侮辱するの?」
きらりとティアの手の中で何かが煌いたのは一瞬だった。
次の瞬間には、その剣は深々とグレイスの足を掴んでいた手に突き刺さっている。男が目を見開き、自らの手を見つめた。あまりの驚きで、声も出ないらしい。
それはグレイスも同じらしく、静止する暇もなかった。
微妙なところでまた切りました。
何だかもう……自分でも何が書きたくなっているのか。やっぱりじっくり書いたほうがいいんですかね。
いっそ110話完結とかの方がきりがいいのかな。(伸ばそうと思えば、いくらでも伸ばせる伏線の多さ)