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姫と騎士  作者: いつき
番外編
106/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~積もるほど~

 壊れそうで壊れないグレイスです。

 グレイスが連れて行かれたのは暗い部屋だった。ここがどこなのか分からない。しかし、地下牢とかそういう類のものでないことは何となく分かった。

 グレイスはほのかに冷たい床に座り込み、ぼぅと天井を見上げた。

「何が、正しいんだっけ」

 もう感覚が麻痺している。何が正しくて、何がよくて、何をすべきか。

 何も分からずにただ天井の模様を見上げた。ここは美しい、とグレイスは思う。どんな思惑があろうと、この城は美しい。

 ここに住む人たちが心でどんなことを思っていようと、この地下で何が起こっていようと、この城の美しさは損ねられることはないのかもしれない。

 天井にさえ施された、目立ちはしない細工がそれを告げていた。

 昔から、ここはそうなのかもしれない。もしかしたら、父がここで生きていた頃から。

「王様」

 お礼を言えばいいのか、それとも真実を聞けばいいのか。グレイスは歪な笑みを刻んだ。

「アレクさん」

 何と言えば彼はあの悲しそうな笑みを止めてくれるのか。やはりティアでなければいけないんだろう。

 そう思うと、少しだけ気の毒になる。あの二人に幸福は訪れるのだろうかと、グレイスは聞きたくなる。

「セシル」

 口に出してしまえば、こんなにも容易い。

「セシル……」

 呼んだって、彼はここへいないのに。そう思うと、グレイスは泣きたくなって顔を伏せた。

 天井が歪んで見えて、グレイス自身が焦った。絶対に、泣かないと決めていたのに。ティアの前についていくときに、そう思ったのに。

「セシル、セシルっ。セシルっ!!」

 呼べば呼ぶだけ、今更後悔してしまうのはなぜだろう。ティアの前では強がれたのに。

 むしろ呆然としすぎて感情さえついてこなかった。何でもよかったし、どうでもよかった。なのに、今はこんなにも悲しい。

 唇をかんで、嗚咽を止めようとする。グレイスのそんな努力とは裏腹に、口からは絶え間なく呻き声が溢れた。

 口元に手をやり、声を押し殺し、必死に涙を止めようとしてついに咳き込んだ。情けなくて、どうしようもなくて、弱い自分が嫌になる。

 どうして自分は何もできないんだろう、と似ているはずのティアを思い出した。

 グレイス自身は思わなかったが、似ていると言われた。雰囲気が、だろうか。いや違うだろう。自分はあんなに強くないから。

「セシル」

 助けを求めることなんてできなかった。自分から彼の手を離したのだから。

 今度こそ、自分は自分の意思で彼から離れたのだ。あんなに必死だった彼の手を、自ら突き放した。もう、どんな資格だって残ってない。

「じゃぁ」

 もういいじゃない。

「帰ろう」

 優しいマザーのところへ。きっと驚くだろうし、ひどく心配させてしまうだろう。

 だけどやっぱりマザーはマザーで何も言わずに迎えてくれるはずだ。そうやって、逃げていると自覚しているのに、グレイスは他に何も浮かばなかった。

 逃げたっていいじゃない。わたしはわたしで、生きていくって決めたんだから。だってしょうがないもの。セシルとわたしじゃ、何もかもが違いすぎた。

 そんな言い訳を並べてみるが、もうすでにどうでもいいくらいのことだった。

 傍にいたいと願ったとき、そんなことは関係ないと思った。どんなに不釣合いでも、似合わなくっても、彼の瞳さえあれば大丈夫だと思っていた。

 事実、今でも少しグレイスは信じていたのだ。

 彼は優しいから。頼もしいから。自分が望めばそうしてくれるかもしれない。もしかしたら、ティアを説得できるのかもしれない。

 彼が言うように、その地位さえ手放してしまうのかもしれない。だけど、それでは自分が惨め過ぎた。

 自分にそこまでの価値があるなんて思えなかった。

「価値って、何?」

 彼が自分と出会うまで、ずっと育て続けてきたものを彼自身の手で壊させることなんてできなかった。

 捨てさせる、勇気がないのだ。だってもし捨てて、取り返しがつかなくなって、いつか後悔されたら自分がどうなるか分からない。

 もし、『あのときティアの言うことを聞いていれば』と言われて、泣かない自信がない。惨めだし、どうしていいか分からなくなる。そしてわたし自身もきっと責めるのだ、彼を。

 そう思ってグレイスは唇を噛んだ。

 あなたが選んだんでしょうと。そんなことを言うのだ。自分を守ろうとして。

「もう、ヤダ」

 逃げたい。帰りたい。全てを捨てたい。逃げられる前に。捨てられる前に。失ってしまう前に。

 膝を抱えて座り込み、来もしない姿を求めつつ泣いた。それくらいしか、自分にできないのだと自暴自棄にもなってくる。

 答えは決めた。だから後はティアに伝えるだけだ。早く伝えなければいけない。そうしなくては。

「決意が鈍っちゃうよ」

 早く離れてしまえばいい。早くいなくなってしまえばいい。そうしなくては、自分の弱さに嫌気が差して、今度こそ動けなくなる。

 セシルをひどく傷つけたくせに、傷つけたその手で彼に縋ろうとしてしまう。それだけは嫌だと思った。

 グレイスは震える手を握り締め、ゆっくりと立ち上がった。

 ふらふらとする足を何とか踏ん張って、扉に向かう。外にいるだろう騎士に言って、ティアに伝えてもらえばいい。『答えは決めました』と。

 たったそれだけでいい。そうしてそのあと王様に会い、全てを話して帰るのだ。

 グレイスはゆっくりと息を吐いて、扉に手をかける。

 この数ヶ月間は夢だったのだ。戻ればまたあの平和な暮らしに戻っていける。優しいマザーがいて、世話焼きの街の人がいて、みんなで笑ってて。贅沢じゃないけど優しい生活がある。

 戻りたかったはずだ。ずっと、ここは自分の居場所ではないと思っていたはずだった。セシルがいると、そこはほんのりと温かくなり、少しだけ……本当に少しだけ離れがたいとも思ったけれど。

 だけど自分がいることで、セシルがその場所から出なければならなくなるなら、そこまでの執着もない。

「セシル、ごめん」

 がちゃっと扉に手をかけたグレイスの目に飛び込んだのは、一人の男だった。

 身形のいい、見たことがない男。年の頃は四十をいくつか越えた頃だろうか。何のようなのだろうと騎士のほうを見れば、何故か座り込んでいた。

 おかしいと思って近づこうとすれば、目の前の男がいきなり跪く。

「お会いしとうございました。グレイスさま」

 顔を上げた男と目が合った。見上げてきた男の目は、何故かキラキラと輝いている。

 ずっと探していたものを見つけたかのようなその瞳にたじろいで、グレイスは一歩下がった。何故かとても恐ろしくて、部屋の中へと入る。

「誰、ですか」

「あなたのお父上の友人にございます」

 友人? 父の?

「ずっと、お探し申し上げておりました。ずっと、ずっと。この十六年間ずっと」

 男が立ち上がって、一歩前に出る。それに合わせて、グレイスも一歩下がった。

 ドン、とやがて壁に当たり、グレイスは立ち止まらざるを得なくなる。恐れをなして肩をそびやかせば、男は少しだけ悲しそうな顔をした。

「何をそんなに恐れておいでなのですか」

「だって」

 何をしに来た? なんでここへ来た? ティアの指示では絶対にない。こんなやり方、彼女なら絶対にしない。彼女はこんな愚かな方法は取らない。

 いくつもの考えがグレイスの中に湧き出て、男を恐れる対象として見る。右へ逃げようか、左へ逃げようかと視線を彷徨わせるも、男は笑顔でその退路を封じた。

 両手で手首をつかまれ、今度こそグレイスはびくりと肩を上げた。

「離して下さい」

「そういうわけには参りません。お話を、聞いていただきたく」

 丁寧な口調。優しい笑顔。それなのに、その手に込められた力は怖いくらいに強くて、グレイスは振り払おうと手に力を込めて振った。

 上下に振ろうが、左右に振ろうが、男が手を離すはずもないが、グレイスはそれでも構わず繰り返す。

「あなた様は、エインワーズ家最後の生き残りです」

「それが、どうしたというんですか」

 わたしは!!

「わたしは! この血を捨てます! こんな争いしか生まない血、わたしの代で途絶えさせます。だから、離して下さい。

お話を聞くつもりもありません。わたしはこの血を捨てて、元の世界に帰ります」

 グレイスの声の力は強かった。説得にも応じない決意とともにその言葉を吐き出せば、それはすんなりと空気に溶け込むことなく部屋の中で大きく響いた。

 当然のように男にも届いていて、男はまたも悲しそうな顔を作った。

「仕様のない我がままを言わないで下さい。あなた様は私達の誇りであり、集うべき御旗であり、希望です。あなた様さえつけば、私達の主張は正当性を帯びる。お父様の計画したことが実現できる」

 それは、一体なんだと言うんだ。グレイスは唇をかんで男に向き直った。

「王を殺し、リシティアを今の地位から引き摺り下ろせる」

「それを、父が望んだと?」

 にやりと男がそれまでの表情を一片させて笑った。何を今更、と口が動く。

 ぞくりとする嫌悪感を抑えきれず、グレイスは掴まれた掌で男の胸を力いっぱい押した。その拍子に手が外れ、グレイスは素早く身をかわす。

 男が再び掴もうと伸ばした手は後一歩のところでかすり、グレイスは体勢を崩しながらよろよろと扉へ向かった。

「父は、王を殺すことを本当に望んだんですか? 血が、繋がっているのに?」

「繋がっているからでしょう? 二人とも同じほどに生まれ、同じように育ちました。剣術を修め、勉学に励み、同じように生きてきたはずです。

それなのに、一人は王へそしてもう一人は一官吏に」

 それがどれほどの屈辱か、あなたには分かりますまい。

「同じ才能がありつつ、同じ血を受け継ぎつつ。地位はこんなにも違う」

「それはっ!!」

 仕方ない。そんなこと言ったって、どうしようもない。

「父の願いは、間違った願いだったというだけです」

「いいえ、違います」

 男はうっとりとして笑った。どこか歪なその笑顔は、恐ろしいだけではなくどこか不快だった。

 父のことを、その口から語って欲しくないのに、グレイスはそれを止めることもできない。このまま話を聞けば、父のことさえ嫌悪しそうだ。

「お父上は、ずっと長い間計画を練っていました。そしてその計画に沿って、お父上が亡くなられてからもずっと機会をうかがいました。そして七年前も一度ことを起こそうとしました。

まぁ、それも失敗したのですが。しかし今回は違います。あなた様さえ、手に入れば」

 手を伸ばしてきた男の手を払い落とし、扉を目指す。それなのに男は床に手をついて、グレイスの足を掴んだ。

 くっと喉が詰まって、悲鳴さえ喉から出てこない。こんな場合なのに、扉の外の騎士は身動き一つしなかった。

 ……まるで、生きていないかのように。

「力を、お貸しください。あなた様さえいれば、同志は如何様にもなりましょう。リシティアを亡き者にすれば、セシル殿も自由だ。そうではありませんか? 

あなた様が誰と結ばれようと、文句を言う人もいなくなる」

 あなたが『ウォルター・エインワーズ』の娘であるようだと、あちこちで噂です。

「そして、あの頃の仲間が次々に連絡をくれますよ。ずっと、息を潜めてきた甲斐がありました。七年前に死んだ仲間も喜んでいるでしょうね」

 足を掴む腕を放そうとするのに、グレイスの手では太刀打ちできない。それでももがきながら、必死に言葉を紡いだ。それは拒絶の言葉であり、父との決別の言葉だった。

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