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姫と騎士  作者: いつき
番外編
104/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~どんな世界でも~

 ヒーロー両方でないというまさかの展開で申し訳ないです。

 わたしにラブは書けないとようやく理解しつつあります。あと少し(?)で終わりたい。

 短め。

「どうするの?」

「あなたが聞いて理解できるの?」

 明るい色のドレスを身に纏い、よく似た少女同士は向かい合った。一人は真紅のドレスを、一人は淡い橙のドレスを。

「理解できないかもしれないけど、それを理由に訳を説明しないなんてありえない」

「随分強くなったのね」

 橙色のドレスを身に纏った少女が厳しい表情をしてもう一人に声を上げる。

 対して、真紅のドレスを揺らす少女はどこまでも余裕を持って笑っていた。金髪がふわりと揺れて、橙色のドレスが地面に広がる。

 橙色のドレスがよく似合う少女、グレイスはその場にへたり込んで顔を覆った。

「セシルを、セシルを裏切ってそんなに楽しいの?」

「別に、裏切ってないわ。わたしは、わたしの中の『リシティア』を裏切りたくないだけよ」

 真紅のドレスを同じように床へ広げ、ティアは嫣然と笑った。

 邪魔にならないようにとまとめられた金髪が、ゆるゆるとグレイスの膝にかかる。グレイスはそれを忌々しそうに見つめた。

「『リシティア』って、何? ティアじゃないの」

「そうね、少なくとも……わたし自身であっても、可愛らしいオヒメサマではないわ」

 あなたとは違うの。

 決別を意味するその言葉を呟いて、ティアはゆっくりと立ち上がる。それからグレイスに手を差し出し、決断を求める言葉をその唇から吐き出した。

「守られてばかりで、何も出来ないオヒメサマ? あなたはいつまでセシルといたい?」

「どういう、こと」

「王族の血を取る? 普通の生活を取る?」

 どちらが、あなたにとって正しいの?

 ティアはグレイスを引っ張り起こし、その小柄な体に似合わない力でグレイスの手首を握った。

 その力強さに、グレイスは顔をゆがめて逃れようとする。それなのに、グレイスは大した抵抗もできずにその場に叩きつけられた。

「あなたを見ていると、イライラする」

「え?」

「愛されて、大事にされて……それがどれだけ尊いものか、あなた自身は分かってない」

 ティアの顔が歪んで、それからグレイスにいくつもの書類を投げつける。

「父は! あなたのために、わたしが調べた全ての証拠を破棄させたわ!! 有罪の証拠も、無罪の証拠も全て!!」

 真紅のドレスが、怒りによってより一層鮮やかに輝く。

「……姫君のわたしより、王の父のいうことをよく聞く人間が多いことは分かっていたけど。まさかここまでしてやられるとは思っていなかった。アレク以外の全員が寝返るなんて」

 ぐっとティアの手に力がよる。

「証拠がないと、あなたが無罪かどうかさえ分からなくなってしまった。だから、わたしの計画は全て崩れたわ。

あなたを王族に復帰させる道はあるけど、わたしが考えたものではなくなった」

「王様が、証拠を」

 動揺したグレイスが言えるのはそれだけで、あとは言葉が出てこなかった。

 グレイスには、その行動が何を意味するのか本当の意味では理解できていない。だからティアがそこまで怒っている意味も、グレイスを疎ましく思う理由も分からない。

「あなたに、選択肢なんてあってないようなものだった。なのに、父は『本当の意味で、選ばせるように』と」

 本当の、意味で。

 冷静さの中に、確かな苛立ちと腹立たしさを混ぜて、ティアは先程と変わらぬ笑顔を浮かべた。声の激情からすれば、不釣合いであるその顔に、グレイスは恐れを抱く。

「時間をあげる。選ばせてあげる。これは『王命』だから」

 わたしの意志じゃない。

「分からない? あなたは王族の血を引く姫君として、謀反に関係なくセシルに嫁ぐことができる。望むなら無罪だと言える」

 父が、『無罪』であるといえば、それが無罪になる。

「反対に、全てを忘れて、なかったことにしてマザー・アグネスの下へも帰ることができる。ただの街娘、グレイス・クロノスとして」

 あなたが、元通りになりたいというなら。

「選んで。どちらをとっても、わたしは手出しできなくなった。どちらが正しいのかも、わたしには分からない」

 ティアが再び倒れているグレイスの顔に、己のそれを近づけた。

 よく似ている二つの顔が、ごく近いところで向かい合う。一方は訳が分からないと同様を顕わにし、一方はその美しい顔を歪めていた。

 どちらも己の心の内をさらけ出した表情だった。

「あなたは、それでいいの? ティア」

「わたしに選択肢は与えられていない。『王命』なら、聞くしかない。父が何を考えているか、わたしには理解できないけれど」

 罪滅ぼしなのだとしたら、それは心底馬鹿らしい。

「いとこを死に追いやり、王座に就き続けていたのだったら、それを最後までやるべきだった。たとえ、それが間違っていても。

現に今この国はどの国より民が心安らかに暮らしているんだから、それは間違いではなかった」

 謀反が起これば、今の生活はなかった。

「必要な悪があると、あなたは思いたくないでしょう? わたしも、思いたくはなかった。駆け引きも、汚い手口も、大嫌いだった」

 ティアが、苦しげに言葉を出す。

「だけど。もし、民のためにそれが必要なら……わたしは。わたしはその方法に手を出すよ。わたしは、守るべきものを守りたいの。無力じゃないと、分かりたいの」

 自分の手を見つめ、ティアはその手を握り締めた。

「この手が血に汚れても、どんなに罵られても。あなたに軽蔑されても、幼馴染が離れていっても」

 守りたいものの前なら、そんなもの関係ない。

「わたしは、わたしの信念で動いた。間違いだったなんて言わない。言うことを、許されてない。これからも、それはずっと一緒だし、変わるなんてありえない」

「たとえ、アレクさんを失っても?」

 グレイスから出た言葉は、予想以上の威力を持ってティアの胸を突いたらしかった。苦い苦い顔をした彼女の顔が、ほんの少しだけ悲しみの色を浮かべた。

 複雑なその表情に、グレイスは聞いてはいけなかったことだと分かった。

 しかし、それを撤回する気には、今のグレイスはならなかった。

「その結果、アレクさんを失っても、ティアは後悔しないって言い切るの? 本当に??」

「本来、天秤にさえかけないことよ。それって」

 ティアが苦笑いで答えて、それから息を吸う。泣き出しそうな心を落ち着けるようなその表情に、息の震えに、グレイスは泣きたくなる。

 何が正しいか、分かりもしないくせに。それでもグレイスは泣きたくなった。

 何が大切か、なんて、自分で決めてしまえばいいのに。『民と国』と始めから決めなければいいのに。

「アレクも、セシルもグレイスも。みんな大切よ。大切で、大事」

 でもね。それとこれは違うもの。全然、比べられないもの。

「でも、国と民は『大事』なんじゃなくって、『無くせないもの』なんでしょうね」

 無くせない。失えない。それって、大切で大事ってことと何が違うんだろう。

「グレイス、あなたの無くせないものを教えてちょうだい?」

 ティアは緩く笑って、グレイスを立ち上がらせる。

 それから騎士を呼んで、二言三言小さく指示を伝えた。見慣れない騎士が型どおりの礼を取り、そっと手を差し出してきた。

 それに手を預ける気になれないグレイスは、助けを求めるようにティアを見つめる。

「地下牢へ、と言いたいところだけど、もしあなたが罪のない『エインワーズ家』を再建したいなら、『地下牢』は色々と都合が悪いから客室へ。悪いけど、見張りはつけさせてもらうわよ」

 こくり、と頷くことでしか返事はできず、与えられた選択肢について再び考え始める。

 何を選べばいいのか、何を選べばセシルはまた笑ってくれるのか。どうすれば、みんなが幸せになれるのか。

「ティア。わたし、みんなが幸せであればいいと思っているの。偽善でも、ありえなくても……そう思ってるの。もちろん、みんなにはティアも入ってて、セシルも入ってて。王様も入ってる」

 それが当たり前だ。今まで暮らしてきた世界ではそうだった。『みんな』が幸せでさえあればよかった。

「優しいグレイス。あなたはどんなにひどい目に遭ってもそうなんでしょうね。どんな世界で生まれても、どんな人に育てられても」

 たとえ、王族として育ってさえ、その考えを持ったんでしょうね。

「わたしにはできないことを、あなたはいとも簡単に実行する」

 連れて行きなさい。

 ティアが笑って騎士に伝えた。

 短めですみませんでした。

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