お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~絶対なんて~
山場の前置きー。次回からちょっとづつ山場、の予定。だけど、あくまで予定。この2人だと毎回短めです。すみません。番外編では主役なのに。
ちょっと今回甘めかな?
「……セシル、いい加減離してくれる?」
「何で?」
「いや、何でって、部屋に帰りたい、から?」
セシルの膝の上でグレイスがもがく。もがくがその抵抗も、セシルの腕一本で押さえつけられ、後ろからしっかりと抱きしめなおされた。
ぎゅっと、心臓でも鷲掴みにしているんじゃないか、とグレイスはそっと思う。
「せっかく仲直りしたんだ、もう少しこのままがいい」
「わたしは」
もう寝たいよ、正直。
そんなこと、絶対に言えないと思いつつ、グレイスはばれない程度にため息を吐いた。
正直に言うと、今日はもう疲れ切っている。誘拐されて半日、助け出されていざこざに巻き込まれてさらに半日、仲直りするにももう半日。
……寝てない日がどれだけ続いているんだろうと思うのは当然のことだ。日付感覚はすでに失っていて、今が何時なのかも分からない。
眠いのか眠くないのか、それさえ分からずどこかぼんやりとしている頭を振った。
寝不足、という意味ではあちこちを走り回り、神経をすり減らしてグレイスの行方を捜し、さらにはティアからの言葉に耐えていたセシルが一番なのだが、本人はそんなことを微塵も感じさせない。
アレクさんから聞いてなかったら、睡眠をとっていたんじゃないかと疑っていたな、とグレイスは思った。
「セシル。疲れてるでしょう? 早く寝たほうがいいから、わたしは自分の部屋に帰るね」
現に自分もうとうとしている。安心感がほどよい眠りを誘っているのだ。
さっきから温かい背中に、お腹に回されている手。どれをとっても幸せとしか言いようがなく、そのまどろみに身を任せたいと思った。
「疲れてない、とは言わないけど。でもそのせいでグレイスと離れるんなら、眠くないと言い張らないとね」
ぎゅっと、また力を込められてますます逃げ場がなくなってしまう。
性質が悪いことに、これを振り払う気にならないのだから、グレイスは一層困ってしまった。寝たいのは山々だ。しかし、セシルと離れたくないという思いも確かにある。
「か、体に悪いよ」
「うーん」
「寝不足だと、明日からの仕事にも支障が出ると思うの」
「うん、まぁそうだね。確かに」
「だから、あの、ね。離して、ほしいんだけど、な。って、きゃっ」
するり、と後ろから首筋に擦り寄られて、グレイスは思わず声を上げた。
猫が甘えてくるように擦り寄られて、その微妙なくすぐったさにたまらなくなる。何とか声を押し殺して、今度こそ身をよじって抵抗した。
くすぐったいのは苦手だし、何よりずっとこのままでいることに耐えられなくなったのだ。
「セシルー」
「うん。なぁに」
甘い声が耳元を掠めて、よじっていた体が固まる。抗議のつもりで上げた声に、大した意味は含まれていないことに気が付いたグレイスは、腹に回されている手を掴む。
しかし最後の最後で爪を立てるわけにもいかず、結局緩く掴むだけだった。
「あの、ね。好きだよ」
どうしてか、唐突に出て来た言葉はそれで、口に出したグレイス自身の顔も驚愕と羞恥に染まっていく。一方で、言われたセシルはそれ以上に驚いているらしく、擦り寄っていた顔を上げた。
「何、グレイス」
何とか動揺を抑えた声は、それでも僅かに揺れていた。そこには確かに喜色も混じってはいたが、どちらかと言えば心配そうな声色だ。
その声を聞いて、グレイスも眉を下げる。一体、どうしてこんなことを。
「分かんないけど、言ってた」
「俺も好きだよ」
「うん、知ってるんだけど。どうしてだろう」
ふわり、とグレイスが息を吐いて小さく笑う。何かを予期しているかのような、そんな笑顔だった。それに気が付いて、セシルは抱きしめる腕により一層の力を入れた。決して離さないように。
「今言わなくちゃ、いけない気がしたんだろうね。多分。よくは、わたしにも分からないけれど」
「今言わなくてもいいよ。だって、ずっと一緒にいるから。今言わなくても、明日言えばいい。明日言わなくたって、また次に言えばいい。それが普通だって、そう言えるようになりたいんだ」
当たり前の幸せをたくさん与えたい。たくさん、たくさん与えて、いつかその幸せを『幸せ』であると、そう認識できないくらいにしたい。
幸せを当たり前だと、そう思って欲しい。そのくらい、大事にしたい。
そんなことを、セシルは繰り返し、言い聞かせるように語る。まるでそれが一番大事なことであるというように。
「ティアはね、思ったことはその場で言わないといけないって言うの。だって、いつ自分が言えない立場になるか、いつ相手に伝えられない立場になるか分からないからって」
「それは、ティアだからだよ。俺達は違う」
俺達は、違う?
本当に、そうだろうか。そんなに、この関係は違うんだろうか。グレイスは急に出てきた不安を押し殺すように、セシルの腕を掴みなおした。
相手の手に傷をつけないように、それでも離さないように。
「言えなくなることなんて、ないよ。絶対に、ない。ずっと、このままだから」
それが事実なのかどうなのか、グレイスには分からなかった。それ自体は、セシルにさえ分からないのかもしれないけれど。
「このままで、いれるのかな」
口に出して、その恐ろしさに改めて身を振るわせた。そんなことが、本当に許されるのだろうか。何一つ解決していない、こんな状況で、ずっとこのままでいれるわけがないとそう思った。
グレイスは湧き上がってきた不安に負けないようにセシルの腕を掴む。
ぐっと、その力の具合でセシルはグレイスの不安を知った。しかし、セシルにそれを緩和させてやれる材料は何一つない。
だから、訳もなく確信めいた言葉を繰り返した。
「いれるよ。大丈夫、絶対にいれる」
出来のいい彼のこと、世の中に、特に政の世界に『絶対』がないことくらいよくよく知っていた。
それでも、彼は口に出さずにはいられないのだ。グレイスの心配を否定することしか、今の彼には出来なかった。
「グレイス、愛してる。俺は毎日でも言うよ。明日の分を、今日言っても、明日はまたそれ以上の言葉を尽くそう。君が、不安にならないように。俺が、心配にならないように」
それは、彼女をこちら側に縛り付ける呪いのようなものだ、とセシルは思う。
決してティアのようにならないために。王族とは何か、何をするべきかが分からないように。それについて、納得しないように。ただただ、普通の少女でいるように。
そんな、勝手すぎて逆に純粋な想いを込めて。
「愛してるよ。グレイス。世界で一番、君のことを愛してる。たとえ、どんなことがあっても、俺は君を愛し続ける」
恥ずかしいはずなのに、何故かグレイスは泣いた。
ボロボロと涙を零して、子供のように嗚咽を漏らす。やがて抑えていた嗚咽が大きくなり、叫ぶような声を上げた。
怖いのか、不安なのか、一体自分の胸を締め付けるこの想いが何なのか、グレイス自身にも分からない。そんなグレイスの体の向きを変え、セシルはゆっくりとしたリズムで彼女の体を叩いた。
トン、トンと緩やかなリズムはグレイスの泣き声を抑えるためのものではなかった。
「セシル」
「うん?」
「うん、大丈夫だよ。大丈夫。何も、起きっこないよ」
それは縋るような言葉だったが、セシルは何も返さずただ頷いた。
無自覚でのラブラブは、きっとアレクとティアより酷いと思ってる。周りの人間が全力で引くくらいだと勝手に想像してる。
山場の更新はちょっと遅れるかもしれません。そして予想以上に盛り上がらないかもしれない。