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積乱雲






 更を連れてきうなの家に戻って来たやしろ。ラグナの浮かない表情を見ては、溜息をついた。


「俺には楽しい記憶が流れてきた。だから気分が悪くなる顔は止めろ」


 反論する余地なく告げたやしろに、ラグナは聞き返すことなく強張らせた表情を和らげ、更に近づいた。


「圭が目を覚ましたのね」

「はい。短い時間でしたが」

「ふふ。きっと私の日々の楽しい記憶が圭にいい影響を与えているのね」

「ああ?誰の記憶だって?俺のに決まってんだろ」

「私の。彩り豊かな記憶に決まってるでしょ」

「俺の。勇猛果敢な記憶に決まってんだろ」

「杉と闘うだけの記憶でしょ。変化がないわよ」

「はっ。どうせおまえのは今日はこれこれ食べました昨日とは違ってますとかちっちぇえ変化だろうが。んなもんより、一つの事に熱中してる記憶の方がいい影響を与えるに決まってんだろ」

「そんな殺伐とした記憶は悪影響よ」

「俺が楽しんでんだからいいんだよ」

「圭も一緒に楽しめる記憶がいいのよ」

「あいつが楽しめるもんなんか土観賞以外ないんだよ」

「そんなわけないでしょ」

「こんなに見つめ合って言葉も交わしているのに、ラグナ様はやしろ様がお嫌い。複雑で難しいですね」


 張り合うラグナとやしろを見ては、首を傾げずにはいられない更。熱が冷めるまで、彼らを黙視し続けるのであった。






「妖精国に妖怪が憑りついた人間がいるのですか」


 そろそろお茶でも飲みましょうか。

 きうなに言われて漸く言葉を止めたラグナとやしろ。喉に渇きを覚えて、有難く杉茶を頂戴しながら、更に妖精国で起こった事を説明したのであった。


「そう。それできうなさんに人間の子に憑りついている妖怪を捕まえる道具は貸してもらったんだけど、人間の子をどうやって人間界に帰せばいいのかがわからなくて。こればっかりは九尾の妖狐にお願いするしかないんじゃないかと思うんだけど。もしくは、陰陽師の雲母さん、石英さん、曇晴さんが対処法を知っているんじゃないかって」


「実は今、雲母様が九尾の妖狐様と行動を共にしているのですが」


 ラグナは喜色満面になった。九尾の妖狐がいれば万事解決だと。しかしそれは時期尚早であった。


「九尾の妖狐様は調子が悪いようで、今は何の役にも立たないと、雲母様が仰ってました」

「そんなあ」


 ラグナは肩を落としたが、九尾の妖狐に期待していなかったやしろは、陰陽師はどうなんだと更に尋ねた。更はお待ちくださいと言って、繋がっている雲母に現状を思念で伝えた。


「申し訳ありません。現段階で雲母様方が結界を開ける術は持っておらず、どうする事もできない。九尾の妖狐を復活させるので、待っていてほしいと仰っています」

「九尾の妖狐任せじゃだめだ。おばさん。どうにかできないか?」


 やしろとラグナ、更の視線を集めたきうな。湯呑を置いて、無理だと簡潔に告げた。


「だっておばさん。結界どうにかできるって言ってたじゃねえか」

「それは、妖怪国と妖精国の間にある結界だけ。かづらが一度こじ開けてくれたから、私もどうにかこうにかできるの。妖精国と人間国の結界が妖怪国と妖精国の結界と同じだったら開けられるかもしれないけど、その可能性は皆無だと私は考えているわ。だから、無理ね。ごめんなさい。力及ばずで」


 一時沈黙が場を支配するが、やしろの明るい声がそれを破った。


「妖怪を退かしたら、もうそいつ妖精国で暮らせばいいんじゃね」

「そんな可哀そうな事できないわよ」

「なんで。おまえらが手厚く保護すれば可哀そうじゃないだろ」

「それは」


 ラグナはあっけらかんとしたやしろに最初は怒りやら呆れが生じたが、その可能性も考えた方がいいのかもしれないと真剣に考え始めた。


(でも、今は妖精の大きさだけど、妖怪を退けたら、元の大きさに戻るんじゃないかしら。そうなったら、ご飯いっぱい食べさせるにはどれくらいの量が必要になるのかしら。もし、私が考えるよりも量が必要なら。それにもし病気になったりしたらどうするの。私たちの治療法で元気になればいいけど。だめだめ。悲観的な事ばっかり考えない。九尾の妖狐の調子を戻るまでなら何とかなるわよ。でも、調子が戻らなかったら)



 いつまでも九尾の妖狐を当てにしていていいのだろうか。

 ふと過った疑問。



 ラグナはやしろを見たが、もう解決したと言わんばかりに杉茶を堪能。考える気皆無の姿に、だめだと、がっくし肩を落とした。


(圭が関わっていなかったらどうでもいいのよね、基本的に。人間も妖精も)


「海から移動できたらいいのですけどね」


 更の発言に、ラグナは大きく頷きつつ、無理なんだけどと言った。


「海にもそれぞれ侵入できないように結界が張られているから」



(………人間国は妖怪国と妖精国とは海からも入れないけれど、雲母様や曇晴様が他の人間国『日月国』から来られたように繋がっている。では、妖怪国や妖精国はどうなんでしょう。他の人間国は侵入できるのでは)



 更は疑問に思ったが、口にはしなかった。

 圭の件では協力する立場を取っているが、そもそもは敵対、もしくは関わりたくないもの同士なのだ。必要以上の情報は与えたくなかった。


「へえ。おまえ、海でも飛んだ事があるのか?」


 海という単語に興味を示したやしろは会話に参加した。


「好奇心に負けて何度かね。でも、海の上は調子が悪くなって、そんなに遠くまでは行った事がないのよ。やしろは?」

「俺は行きたいと思った事すらないからな。けど、そうだな。海の上にも中にも強いやつがいるのかもしれねえし。行ってみるかな」


 ラグナは慌てて立ち上がったやしろの前でとうせんぼした。


「ちょっと、今からは止めてよね。なんにも解決してないんだから」

「そうそう、やしろ。もうちょっと真剣にラグナちゃんに協力してあげなさい」

「だってよ」


 きうなに言われて渋々腰を下ろしたやしろ。考えろって言われてもなと眉根を寄せた。


(そもそもどーでもいいしなあ。けど。こいつ、悲観的な考えするからな。人間を人間国に戻せなかったら、圭にも悪影響与えそうだし)


 ぽく、ぽく、ちーん。

 考えるのがそもそも得意ではない体当たり思考のやしろが考えに考えた結果。


「更。九尾の妖狐を連れてきてくれ」

「え。でも調子が悪いって言ってたじゃない」

「ああ。けど、九尾の妖狐で結界を殴り続けりゃあどうにかなるだろ」


 満面の笑みで残虐的な事を言ってのけるやしろに、ラグナは顔を真っ赤にさせて莫迦と叱咤した。


「そうそう。本当に莫迦」

「んだこら!」


 聴き慣れた口調に即座に反応したやしろが向けた視線の先には、更がいて。丁寧な口調はどうしたと思いながら、やしろの顔に冷や汗が一筋流れた。

 なんだろうこの既視感は。

 更だけど更じゃないような更は片手を上げて呑気に言った。


「おはよう。こんにちは。やしろ、ラグナ」

「「圭!?」」

「あら、まあ」











(2021.8.24)



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