嵐の風
逃げたいと思っていた。
逃げたいが死にたいと同じ意味だと思った。
死にたいと思うようになった。
死ねないと思った。
九尾の妖狐の命を持ったまま死ねない。
そして今は、生かそうとしてくれるみんなの為に、死ねない。
死にたくないではない。
死ねない。
(違う。違うちがう!)
お願い。お願い。この夢を奪わないで。悪夢を見せないで。
これは現実だと突き付けないで。
これは過去の出来事だと。
今生では起こり得ないのだと知っている。
知っているのに、
衝突する音がする。
衝突して、砕け散る音。砕け散ったまま、集まる事はない。
違うのに。
衝突は奪うものではないのに。
衝突は芽吹かせるもの。続けられるものだ。
こんな風に、絶やすものではないのだ。
『記憶を消してくれと願うか?願うのなら、叶えてやる。願うのなら、いくらでも叶えてやる。言え。苦しみから解放してくれと。言え…さっさと言え!』
嫌だ。いやだいやだいやだ!
もう間違えたくない。もう戻れないような事をしたくない。
『…いや……いやだ。あなたにはもう、願わない。絶対…いや』
願われる事できっとなにかを得ようとしている九尾の妖狐。
きっと得たいなにかは手にしていたはずなのだ。
手にしている事に気付いていないから、きっと、あなたはまだ言うのだ。
願え。あらゆる願いを叶えてやる。
あなたの願いはなにか。
訊いたらきっと、あなたはわからないと言うに違いない。
大袈裟に考えすぎなのだ。
油揚げを食べたいだって、立派な願い。
あなたは数えきれないくらいに願いを告げて、叶えている。
あなた以外の願いを求めなくたって、ほしいものは手にしている。
私が行かない先、あの記憶の先で、あなたは手にしている。これからも手にし続ける。
だから。
「早く命を戻して」
(2019.7.28)




