黒南風
初めて、圭を直視した。その刻、
怖いと、強く実感した。
「わしは圭を死なせはしない」
命を殺したのだと強く実感したのだ。
妻を亡くした時は、ただただ復讐心に身を焦がしていたが、戦争がなければとは思わなかった。妻を殺した相手を憎み、同時に、妻を守れなかった自分を憎んだ。
だが今は違う。戦争時に己が奪った命を、年月を少し経て、圭を直視したその時に、強く実感した。
命を奪った。
命を繋ぐ為ではない。
おのが強さを証明する為だ。
他が弱さを証明する為だ。
戦争時に出会っていたら。
殺したのか、自分は。
圭を。
殺していたのか。
圭は殺していたのか。
自分を。
戦慄した。心と呼べるものが一度は確かに、散り散りに別たれた。
純粋無垢なこの魂が、柔らかなこの身体が、脈動するこの命が、明日も明後日も生き続けるこの子が、次には骸と成り果てるのか。
骸にさせてきたのか。
自分が、
『かづら?』
『圭。おぬしは、なにをしにここに来た?』
『土を見たかっただけ。この国の土からなにが芽吹くのか、見たかっただけ……だけど。今は、違うものも見たくなったから、ここにいる』
『違うもの?』
『うん』
ああ、どうしてか。どうして、もっと、圭の顔を見てこなかった。今浮かべているこの表情が常のものかそうでないのか、判断のしようがないではないか。
しかし、判断してどうする?知ってどうする?どうにもならないというのに。
命を差し出すくらいしかできないというのに、
『土と同じくらいに見たいもの』
訊きたかった。訊けなかった。
妖怪や妖精がいない世界を見たいのではないか。
『…そうか』
恐れを抱く。いつの間にか、抱いてしまった、愛おしさ。
どちらに傾くか。占められるか。きっと、いついつまでも、問いかけ続けるものだとばかり思っていた。
「死なせない」
断言するその言葉に安堵すべきで、笑みを浮かべてもいい状況。にもかかわらず、のばらの心中は靄がかかったように不快感が拭えない。
(なんだろう。嫌な予感が、する)
巡術はやしろが圭の元へ行った時点で解いていたので、状況はわからない。だから不安に思うのだ。そう判断したのばらは払拭せんと、やしろに伝術を使って状況を聞き出そうとした。
その時。
「お初にお目にかかります。こごめと申します。仮名ですが」
目は閉じていても気配は感じ取れる。無論、こごめが突如として現れても、直前に気配を感じ取れたので、驚くべき事ではない。
本来ならば。
しかし、のばらは思わず目を開いた。開かされたのだ。
のばらの眼に映るのは、灰色のもや。大抵の妖怪ならば地上ではこの姿になる。烏天狗と、地上への移住を許可されたものではない限り。
こごめの力は量れる。しかし、表面的、のような気がしてならない。
大抵の妖怪ならば誤魔化せるだろうが、のばらの眼はこごめの違和感を捉えた。ただし、違和感だけ。正体も全容も掴め切れない。
しかし、今は些末な問題であった
「こごめと言ったわね。圭のいる場所に向かったとばかり思ってたんだけど」
「申し訳ございませぬ。時間が迫ってきましたので、念を入れて迎えに来たのでございますが、場所を特定できませんでしたので、こちらに参った次第でございます。とても強い力を目指せばきっとお嬢様にも辿り着くと思いましたので」
つたに伝術を使って訊くなり、巡術を使って探せばよかったではないか。
こごめが烏天狗であればそう問い詰めていただろうが、こごめは正体の掴めない妖怪。烏天狗の術を使えるとは限らなかった。
「そう、まあいいわ。どうせ妖精国ですべてを成そうとしていたから。圭が来るまでここで待っていてもらえるかしら。勿論、憑依を解く薬はできあがったのよね?」
「勿論でございます。ここに」
灰色のもやから突如として竹筒が飛び出してきた。この中に薬が入っているらしい。
「どうやら竹林に来られない理由ができたのではないかと思いまして色々と用意もしてきました。本当ならばわたくしめの秘密基地で行った方がより成功率が上がるのですが」
「そこはあなたがどうにかして。必ずよ。失敗は許さない」
「ええ、わたくしめの」
眼前に見えるのは灰色のもや。しかし、のばらはその中で、にたりと不気味に笑う口元が視認できた。ゾッと背筋が凍ると同時に身構えた。なにかが来る。自分にとってよくないものが。そう認識した瞬間、身体が臨戦態勢に入る。
「いや、こごめの名に置いて必ずと伝えておこうか」
(2019.7.10)




