木の下風
「「お客様の案内が無事に終わりました」」
「ご苦労。鈴。三茶」
鈴は鼻が小さく、地面につくほどの長い髪を巻貝のように後ろでまとめ、三茶は鼻が高くて丸坊主、さらに性別の違いこそあれど、可愛らしい端正な顔立ちで長身の二人は一見すれば双子と見誤るほどに似ていた。ただし、性格は真反対である。鈴は怒りっぽく、三茶は泣きっぽい。
「今日も振られたみたいっすね」
情けないと少し怒っているような鈴の言葉に、塁は眉根を寄せながら、先程の約定が書かれた紙を机の引き出しの中に仕舞った。
「実家から無理矢理引き離す事などできないからな」
「塁様、あなたがそんな弱腰だからいけないんすよ。もっと懇々と圭にお願いしないといけないっす」
「懇々とお願いするって言葉がおかしくないか?」
「さっさと泣き落とせばいいんすよ」
「そんな格好の悪い事を誰ができるか」
「さんざん見せてるんで安心してくださいっす」
「まあまあ、よしなさい。塁様も鈴も」
いつの間にか鼻と鼻とがくっつくほどの距離の近さにいた塁と鈴の間に移動した三茶。落ち着きなさいと、おっとりとした口調で告げる。
「圭にも都合があるんだからいいじゃないですか。毎日通ってくれているし」
呑気な事を言う三茶に身体ごとぶつけるように向きを変えて鈴は睨み付けた。
「圭には立場ってもんが今はあるんすよ。城にいていろいろ学んでもらわないと困るんすよ」
「だから毎日花嫁修業も勉強も頑張っているでしょ」
「まだまだ頑張ってもらわないといけないんすよ」
「頑張り過ぎは身体に毒です」
「だから城に住んでもらった方がいいんすよ」
「いえいえ。息が詰まりますよ、実家通いで十分」
鈴はすでに目を三角にしているし、三茶はすでに涙目になっている。
「私と一緒にいるのが息が詰まるって言うんすか?」
「言い辛いけどそうですね、鈴は熱血過ぎますから」
「あんたは見守り過ぎなんすよ」
「おいおい、落ち着け」
見慣れた光景に呆れと微笑ましさが生じて、苦笑交じりに告げる。そして、次の衝撃に備える。わかっているのだ、締めくくり方は。決まって。
「「塁様が悪いっす/んですよ」」
衝撃波が襲いかかる。こういうお遊びみたいな二人の会話では自分が悪いで終わるのだ。
「わかった、わかった。私が悪いです」
「「真剣みが足りない!」」
「…もう暫くは圭の好きにさせたいんだ。私は甘いな」
「そんな理解のある男を演じても寒いだけっす」
「そうですね。塁様はもう少し板につけないと。今のままでは自分に酔っている感が満載です」
「……だからおまえたちの傍にいると嫌なんだ。早く圭に会いたい。早く明日になればいい」
拗ねる主にやれやれと顔を見合わせて首を振る凛と三茶。本題に入らんと、互いに向き合っていた身体を塁へと真っ直ぐに向けた。雰囲気が変わった二人に、塁もおふざけは止めて王子として向かい合うと、三茶が口を開いた。
「曇晴殿の身分確認はどうしますか?」
「いや、いい。どうせ時間がかかる」
「では見張りを付けますか?」
「それもいらない、が。見聞を広める為に、時々圭に一緒に行動してもらおうと思っている」
「二人きりですか?」
「ああ」
「危険ではないと判断されたのですか?」
「そうだな」
「…お考えがあっての事でしょうから口出しは致しませんが、一つだけお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「よもや曇晴殿と圭を夫婦にしようと考えていらっしゃるのではないですか?」
「……圭は他国へ嫁ぐ運命だ。九尾の妖狐に選ばれようがそこは変わらん。よって、曇晴殿は候補者の一人に数えられる。まあすぐに外されるだろうがな。まともな生活が送れるとは思えん。衣食住。慎ましくともすべて備えられる人間でないと、圭はやらんよ。特に相手を慮る無限大の愛は必須だ」
「ご自身は候補に入れないのですか?」
塁は鼻で笑った。
「莫迦を言え。俺の圭への想いは妹に注ぐ愛そのものだ。夫婦ではない……今日はもう疲れた。休むから下がっていいぞ」
「「はい」」
三茶と鈴は小さく頭を下げると、部屋から退いた。彼らの退室を見届けた塁は溜息をついた。意図せずに出たものだ。なんの溜息かは掴めない。
(日月国は確か、妖怪と渡り合った陰陽師の集団がいると聞いたな。昔の話で今は薬作りに傾倒しているらしいが。術まで廃れているのかどうか)
休息を取る為に寝台が備わっている自室へと向かう為に、執務室の灯火を消す。すれば、カーテンで窓を閉じられ、扉もしっかりと閉められたこの部屋である。常闇が視界を塞ぐ。扉の傍に備え付けられている灯火を付けたり消したりできるボタンではなく、部屋の中央にあるそれを押した為に、わざわざ暗闇の中を歩かなければならない。
自分でした事とはいえ面倒だな。
軽く悪態をつきながら、椅子や机に当たらぬように歩を慎重に進めていく中、思い浮かべるのは二人の人物。
「おまえは、おまえたちは、どう動くのだろうな」
届けようとした言葉はしかし、この暗闇に吸い込まれるだけであった。
(2019.7.9)




