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雪嵐

「ならんな」

「土守」



 最速で長老の家に辿り着いたシャロとキャルロット。そこには思いがけず土守もおり、好機とばかりに状況を説明したうえで、願いを申し出たわけだが無下にされた。

 時間が迫っていないのならば、話を聞いてくれただけでも有難いと思う状況だが、今回ばかりはそうはいかなかった。



「まあまあ君たち。まずは座らんか」



 頭、胴体、手足と、羽以外の身体を構成するすべての部分が蒲公英の綿毛で覆われている長老は、家の入口で立ったままのシャロとキャルロットに椅子に座るように勧めた。

 呑気な事を言っている場合かとシャロはいきり立ったが、進んで座ったキャルロットに押されるように、乱暴に椅子に腰を掛けた。これで、長老とキャルロット、土守とシャロが向かい合う形になった。

 話し合う場が整ったと小さく頷いた長老は、土守に顔を向けて口を開いた。



「土守。無理は承知だが、わっしからも頼めんかの」

「ならんな」



 妖精用に作られたものよりも三倍ほど大きい椅子の上で、器用にとぐろを巻いている淡い水色の胴体に金色の眼を持つ蛇、土守はシャロとキャルロットを見据えた。


「一体のマンドレイクが暴走した件はすでに知っていた。愚かなマンドレイクよ。あやつは切り捨てる。そちたちの結界などどうでもいい。故に許可は出さない」

「九尾の妖狐の結界がなくなった場合の対策を講じなくていいと仰いますか」


 土守はこの状況下でさえ、柔らかい態度を崩さないキャルロットに視線を射止めた。


「それは我たちの範囲にあらず。戦が始まるのならそれでもよい」

「地に潜るあなた方には関係ない」

「そうだ」

「マンドレイクと妖精が息絶えたとしても?」

「残念な事だが、それが自然の摂理だったと受け入れよう」

「あなた方にも危害が及ぶとしたら?」

「それはないと答えておこうか」

「どうして鱗をくださったのですか?」

「範囲内であると結論が出たからだ。しかしそうだな。時間をかければ。あるいはそちたちの願いも聞き入れられるかもしれんな。しかし此度は時間がない。ならば答えは一つ。許可できぬ」

「マンドレイクを勝手に連れ出したらどうなりますか?」

「協定は破談。牙を剥く仲間もおれば、見捨てて海の向こうへ行く仲間もおろうな」

「あなたはどうしますか?」

「我か。そうだな。ここにおるそちたちだけを喰ろうて、普段の生活に戻ろうな」


 土守は長くて細い赤い舌を口から出して威嚇するように動かした後、口の中へと閉まって、薄く口を開く。


「と。通常であるのならば、告げておったな」

「異常事態が起きていると仰いますか?」


 土守はキャルロットの問いかけに答えず、長老に視線を向けた。長老は小さく頷いて口を開いた。


「マンドレイクの生まれかわり時期に入っているらしいの」


 土守曰く。


 マンドレイクの生まれかわり時期とは、マンドレイクの分裂時期の事であり、詳細は言わないが、時期や期間は不明で直前にならないとわからず、その間は不思議な事が起きるらしい。戦争時もその時期に入っていた。


「人間の魂がマンドレイクの中に入った原因はこの時期の所為だろうの」

「戻す方法は知っていますか?」


 キャルロットの問いに、長老は小さく首を振り、土守にどうだと問いかけた。土守はゆるく頭を振った。否定とも肯定とも取れるわけでもなく、ただ緩慢に二度三度と。動きを止めると、宙を仰いだ。目に優しい黄緑色の天井が瞳を飾った。


「戦争時に烏天狗国に取り残され、近頃目覚めたマンドレイクに気付いたマンドレイクがあちらに向かった。ほかのマンドレイクたちも向かおうとしているらしい」

「止めろとの要請ですか?」

「いや。今からの時間は我らのもの。家でおとなしくしてもらおうか」

「質問に答えてほしいんだが、土守。戻す方法はあるか否か」


 今まで黙視していたシャロは初めて口を開いた。土守は頭を下げ、シャロを見据えた。


「答えておらん事が答えと思わぬか?」

「あんたらはまどろっこしいからな。おちょくり、本題、煙撒き。手順通りに話す。緊急事態だってのに、すっ飛ばすって事を知らない」


 土守は口の端を高く上げて薄く笑った。シャロは首を振り、言葉を投げかけた。


「戻す方法はあるか否か。答えてもらおうか」

「知らんな」


 シャロは眉を潜めた。


「なら最初からそう言えっての」


 土守は口を尖らせるシャロを、そして柔らかな笑みを浮かべ続けるキャルロットを注視した。


「感情の揺れが見当たらないな」

「その可能性の方が大きいとは考えていたからな」

「ほかに訊きたい事はあるか?」

「…今日は随分と親切だな」

「陽気の所為であろうな」


 気分がよいと言葉を紡ぐ土守。どうだと重ねて問う。


「そうか。なら一つ。俺とキャルロット、ジャンクウォーター、ラグナは烏天狗国に行く。おとなしくしてろって言ったが、見逃せ」

「よかろう」


 シャロの片眉を跳ねあがった。あまりにも物分かりがよすぎる。不気味だ。これはなにかよからぬ事が起こる前兆ではないか。心底そう危惧するが口には出さず、有り難いとだけ言葉にしては立ち上がり、長老に身体を向けた。


「いいよな。長老」

「無論。心して向かうのだの」

「ああ」


 背を向けてから先に行っているとキャルロットに言い置いて、シャロは家から静かに出て行った。扉が閉まる音を聞き届けてから、キャルロットも立ち上がって長老と土守を正視して、深々と頭を下げて、おもむろに頭をもたげた。そして、長老に視線を定めた。


「もしも私たちが戻らなかったら、緊急事態時用に定めた行動を取ってください」

「わかっておるが、しかし、」


 全身が綿毛で覆われている為、感情の機微は言葉か声音か綿毛の動きで判断するしかない長老。そよそよと口の辺りの綿毛が泳ぎ始めたのを見て、笑っているのかなとキャルロットは予想した。


「君たちが無事に帰ってくる事は確定だからの」

「もちろんです」


 キャルロットは目を細めて小さく会釈をすると、シャロ同様に静かな足取りで家を後にした。






 完全にシャロとキャルロットの気配がなくなったと感知するや、だらりと、土守はとぐろを巻いていた身体を弛緩させて、椅子の上には頭だけを残し、あとは床へと投げ出した。水色しか見せなかった身体に紺青色が加わる。


「もーやだ。土守疲れた。あちしも自由に動きたい。マンドレイク助けに烏天狗国に行きたい」

「よう頑張ったの」


 他の妖精が見れば、目を剥いて気絶するような光景ではあるが、長老はそうはならず、土守の頭を優しく撫でて労わった。チロチロと、土守はだらしなく舌を出し入れした。


「君は君でここでやらなければいけない事があるだろうの」

「そうだけど。そうだけどぉ。いいえ。わかってるの。あと五分したら動くわ」

「眠るかの?」

「昼間寝たからめっちゃ頭冴えてる」

「ならば長老特製茶を淹れようかの」

「うん。お願い。あちしあれめっちゃ好き」

「嬉しい言葉だの」



 長老は椅子から身体を浮かせては離れて台所まで移動し、戸棚からよもぎの粉末とたんぽぽの蜜が入っているそれぞれの瓶を取り出して台に置き、蓋を開けてスプーンで掬い、秘伝の配合で土守専用のコップに入れて、ポットからお湯を注いでかき混ぜて、家の中に生えている蒲公英の息吹を借りて、コップを浮かせて移動し、土守の椅子の上に置いた。



 土守はありがとうと告げると、極細のストローのように真ん中が空洞で、穴が開いている喉元まで繋がっている舌の先をコップに中に入れて、こくこくと飲み始めた。

 よもぎの際立った苦みに、たんぽぽの蜜のほんのりとした甘さが優しく寄り添っている。

 飲み干した土守は、ほっと安堵の息を漏らした。目線は純白のコップに固定。時間はあと二分少々。思い描くは黒いくろい土の色。


 地の深く底。長いながい眠りに就いている間に、島は衝突し、衝突した島の生物と戦争が起きていた。目が覚めれば、見慣れた島の光景と、見慣れない大きな鏡があった。


 戦争時に土守である自分たちが起きていればなにか変わっていたのだろうか。


 問いかけにまだ答えられてはいない。




「烏天狗国にいるマンドレイクの悲痛の叫びが耳に残って離れないの」


 狂暴化への恐れ。妖精国への切望。そして、戦争と人間への懺悔。一番強い声。


「マンドレイクは普段あまりしゃべらないの。質問しても返ってくる答えは僅か……言い訳よね。言葉を理解できるのに、力になれないのが悔しい。こんなに生きているのに。あちしは役立たずね」

「土守」


 長老が否定の言葉を贈るよりも早く、土守は頭をもたげて、入り口へと颯爽と向かい、外と家の中の間で止まり、口を開いた。



 本当ならば、こんな風に威圧的に言いたくなどないのだ。

 対等であるはずなのに、どうしてこんな上下関係があるように言わねばならない。

 疑問と葛藤。これらを抑え込むのは、古いふるい、カビの生えた因習。

 打ち破れないのは、弱さ故。



 生を受けてより千年も過ぎて時期に寿命が尽きるというのに。あまりの不甲斐なさに、自嘲さえ零れない。


「これよりは我らの時間。妖精は家の中で待機。万が一の場合は、我らが即座に知らせるので、キャルロットの言を実行せよ……長老。頼んだ」

「承った」


 長老の言を聞き、土守は闇の中へと姿を消した。











(2019.7.1)




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