第九話 ……養って、ますたー
「それで、なんでお前は箱の中にいたんだ?」
どうにかフタを開けた俺は、手で縁を掴んでいる少女に尋ねた。
そう。
箱の中にいた人は、なんと女の子だったのだ。
眠たげに細められている赤目と、銀色にも見える長い白髪。
彼女はいわゆる、アルビノという人種だろう。
話には聞いた事はあるが、実際にアルビノを見るのは初めてだ。
たしか、遺伝子がどうのこうのって理由で、髪の色が変わったりするんだったか?
まあ、そんな事はどうでもいい。
問題は、何故この白い少女が箱の中にいたかという事だ。
それに、俺には気になる点がもう一つあり……
「……なに?」
「いや、なんというか」
コテリと少女が首を傾げると、頭上に生えているウサ耳も一緒に傾く。
銀色がかった白い耳で、若干垂れていてとても可愛らしい。
まさか、人は人でも獣人とは。
街でも見かけた時はあるが、こんな間近で見た事はない。
ファンタジーの定番である、エルフと双璧を成す存在。
いやー、良い物を見せてもらいました。
《あー、なるほど》
「ん?
知ってるのか、ティナ?」
《はい。
彼女は箱耳族ですね》
「箱耳族?」
箱耳族とは、一体どんな種族なのだろうか。
名前のニュアンス的には、獣人族の一種のような気もする。
まあそもそも、この世界の獣人が、獣人族と呼ばれているのかはわからないが。
そんな俺の困惑が伝わったのか、ティナが教師のような声色で説明していく。
《簡単に言いますと箱耳族とは、箱の中に突然発生する魔物です。
どういう原理で発生するのか解明されていませんが、持ち主がいない箱に入っているモンスターなんです》
「そうなのか」
意外だ。
この世界のモンスターが、こんなに可愛い見た目だったなんて。
常にジト目に見える赤目が台無しにしているが、目の前の少女の顔立ちは整っている。
「……見てんじゃねーどーてーが」
訂正。
口の悪さでも、損をしているわ。
「というか、その言葉はどっから仕入れてきた!?」
《箱耳族は、箱の製作者の知識を手に入れる事ができるんです》
「えっと、つまり?」
《この箱の製作者……神様からの知識だと思われます》
なんてこった。
よりにもよって、俺をこの世界に連れてきたやつからの知識かよ。
……神って、随分と俗物的なんだな。
「……わたしを養え」
「なに言ってんだこいつは」
思わず呆れる俺に、ドヤ顔を披露する少女。
「……わたしは動きたくない」
「いや、知らねぇよ。
だから、俺に養ってもらおうとすんなし」
「……おお」
何故か、ダメ思考な箱耳族は目を丸くして、小さな手で拍手をした。
《どうやら、賢人様が翻訳したのを凄いと思ってるようですね》
「そうなのか?」
「……以心伝心」
「いや、だからお前を扶養する気はないからな?」
そう告げると、少女はちっと舌を打つ。
冷たい視線で俺を一瞥した後、フタを手に箱に篭ろうと──
「だから、引き篭ろうとすんなって!」
「……実家に帰らせてもらう」
「箱はお前の実家じゃないわ!」
面倒臭い魔物だな、本当に。
ゴブリンとかより安全なんだろうが、正直さっきの戦闘より疲れてしまう。
《おかしいですね。
本来、ウサ耳タイプの箱耳族は、むしろ人を助けようとする魔物なんですが》
「ティナの知識が間違ってるんじゃね?
明らかに、こいつが俺を助けようとするわけないだろ」
「……わたしは、箱耳界に旋風を巻き起こす」
「お前みたいな存在が増えたら、もう俺の手に負えないぞ」
《ふぅむ。
そういえば、箱耳族は金髪なのが普通なんですけど。
この箱耳族は違いますね》
つまり、こいつは突然変異種という事だろう。
神の箱から発生したぐらいだし、むしろこの程度の変化で良かったと思うべきか。
下手すれば筋肉ムキムキの箱耳族や、怪獣級の箱耳族が現れてもおかしくはない。
「それより、俺は箱の中身に用があるんだよ」
別に、こいつの存在がメインではないのだ。
俺がここに来た目的は、箱の中にある銅貨なのだから。
そう考えて告げた俺を見て、少女は動きを止めて目を逸らす。
おい、待て。
なんだその反応は。
自然と睨む俺に、彼女は眠たげな目を返す。
「……置いてきた」
《あ、そうそう。
箱耳族が発生する時、中身は吸収されます。
残念でしたが、まあ仕方ありません》
「お前が食ったのか!?
俺の貴重なお金を食べ尽くしたのか!?」
思わず箱耳族の肩を掴んで揺さぶると、手のひらからなにかが繋がる感覚を感じ取った。
急速に嫌な予感が膨れ上がっていき、引き攣った笑みで口を開く。
「なあ、ティナ。
なんか、目の前のこいつと繋がった感じがしたんだけど」
《ああ、契約できたんですね》
「契約?」
《ええ。
魔物と相性が良いと、こうして魔物の方から契約をしてくれるんです。
竜と契約して竜騎士になったり、強力な魔物と契約して魔獣使いになったり。
良かったですね、賢人様。
箱耳族と契約できたとは聞いた事ありませんし、前代未聞ですよ!》
興奮した声音で告げるティナに対し、俺は頭を抱えて叫びそうになるのを堪えていた。
つまり、俺は目の前のニート箱耳族と、契約してしまったんだよな。自分の分だけで精一杯なのに、このダメ箱耳族を養わなければいけないんだよな。
恐る恐る顔を上げた俺に、彼女は微笑を向けてサムズアップ。
「……養って、ますたー」
「ぎゃー!?」
こうして、異世界転移二日目で、俺はニートを養う事になるのだった。
《ああ、なるほど。
魔物を倒して女の子を仲間にするって、ある意味王道の展開ですもんね。
これも、スキル効果という事ですね》
……本当に、このスキルは呪いだよ。