―――― 0000 prototype Ⅵ ――――
かさり、エースのポケットの中で小さな金属片が音を立てた。アークの部屋での作業を終えたエースは欠けた部品を預かり部屋を後にした。別段目的のないまま適当に歩いていたものの、エースがたどり着いたのは礼拝堂だった。
「…ま、どこで誰が見てるかわかったものじゃない、か。爺さんに言われたとおり礼拝しますよーっと」
音もなく扉を開いたエースはそのままそっと閉じ、音を立てずに祭壇の前まで歩み、跪いた。手を組んでは目を閉じ、祈るように数十秒微動だにしなかった。静かに瞼を開き立ち上がり、一番近い長椅子に腰を掛ければエースは改めて礼拝堂の中をぐるりと見渡し始めた。
「…ここも変わらないな。何もかも、何一つ変わってない」
礼拝の動作、祈る際の手の組み方。否、そもそも礼拝という行為の価値観自体にエースは意味を感じていなかった。故に。先程の一連の流れも、エースにとっては事務的な行為であり意味も感傷も見出してはいなかったのだ。
「…ん?」
エースが礼拝堂を見渡していた時だった。一番奥の長椅子の足元に白いハンカチが落ちているのを発見したのだ。がた、と鈍い音と共に立ち上がったエースはハンカチの許まで歩いては落とし物を拾い上げた。
「これは…メアリー、か…?」
隅に花の刺繍のしてあるかわいらしい落とし物に表情綻ばせたエースが持ち主へ届けてやろうと扉へと向きを変えた時だった。
「ここか!」
閉じたままの扉越にも響いてきた足音、その刹那勢いよく開かれた扉と共に礼拝堂に響いた言葉。
「お…ただいま、メアリー。探し物はこれだろ?」
「む、ハンカチ!…と、お兄!?おかえり!いつ帰ってきたの!」
驚いたように目を見開いたハンカチの持ち主、メアリーは栗色の肩までの髪を二つにくくった快活な少女である。常に大きく開いて目と口角の上がった唇は彼女の裏表の一切ない性格をよく表している。つまりは彼女の辞書にオブラートや優しい嘘といった文字はない、ということでもあるのだが。
「おう、今日、さっきな。…にしてもメアリーも変わらないなぁ、まだその髪型なのか?」
「そうだよ、お姉ちゃんと一緒、だって妹だもん!」
にひひ、とメアリーは高い位置でくくっている髪の結び目を握りしめた。
「あぁ、そうだな。姉妹、だもんな」
まさに純粋な少女を見て安心したように微笑み、エースは手中にあったハンカチを手渡した。
「ほれ、探し物」
「あ、そうだった!ありがと、お兄!」
エースは返事の代わりにとメアリーの頭を撫でるも、呆れたような困ったような表情をしては質問を投げた。
「お前も熱心だよなぁ、ちゃんと礼拝してんだ」
「当たり前でしょ、だっておじいちゃんもお父さんも、みーんなやってんだもん!」
「…そうだな、皆やってるもんな」
「お兄もそうでしょ?」
見透かしたような瞳で見つめられ、エースは僅かに目をそらしてしまった。
「…あぁ。僕もやってる。ここにいるのが何よりの証拠だ」
疑うことを知らないメアリーはにっかりと歯を見せ笑い、上機嫌に大きく頷いた。
「ね、お兄、この後って用事ある?」
「用事?…いや、そうたいしたものはないけど」
「なら、ならさ!アーリアの『開眼』修行見てあげてよ!」
「開眼…って、アーリアの奴まだ指標が見えてないのか」
「うん、私は10歳で見えたのに、アーリアはまだ見えてないの。だからね、『何でも』できるお兄なら全部試せるんじゃないかって!」
「…ん、確かに。もうてっきりアーリアも得意分野を伸ばしてる頃だと思ってた。もう17だろ、これはまずいな…」
エースは眉間に皺を寄せ、一番若い少女を思い出していた。上に兄二人を持つもののその両方が伸びた方向はまるで真逆で、かの少女に一番可能性のある伸びしろは兄二人のどちらかと同じ方向ではあるが。
「とにかく見てみよう、最悪『僕と同じ』かもしれない」
「うん、ちょっとみんな心配し始めてるから、お願い、お兄!」
数歩先行くツインテールを追いかけ、エースは礼拝堂を後にした。扉をくぐる前に祭壇に向かって頭を下げた行為は意味のないものであるはずなのに頭を上げた際のその表情はどこか敬虔な信者と呼ぶに似つかわしかった。




