1話 始まり
それは突然だった。
「お子さんは女性体である可能性があります。うちの病院でももう少し詳しい検査をすることはできますが、やはり大きな病院へ行く方が良いでしょう。県内なら○○病院をお勧めします。」
診察室に入った時から妙な顔をしていた医者は、一息にそれを告げた。
「なにぶん私もこんなことは初めてで……。私から○○病院へ詳しい医師がいるか問い合わせをさせてもらうつもりです。その上でその方へ紹介状を書きましょう。」
体育の授業でサッカーをしていて足の付け根を妙にひねった。それだけのはずだったのだ。
レントゲンを一度撮った後、もう一度検査すると言われ、なぜか超音波検査とかいうので下腹辺りを探られた。もしかしたら妙な話になるのかな、とも思ってたけれど。これはさすがに、おどろきだ。
「あの……、それでどうすれば良いんでしょうか?」
未だ後ろであんぐりしている母さんに変わって自分から聞く。僕のことなのに母さんの方が動揺してるのが少しおかしい。
「向こうの先生の診察時間か、空いている時間に受診してもらうことになります。おそらく平日のお昼になると思いますが……。」
先生は母さんに目を向ける。母さんは働いていて休まなきゃならないってことだけど。
「……あっ、はい。大丈夫です。」
そうして僕は学校を休むことになった。
それから三日後、母さんが運転する車で片道40分、県庁所在地にある病院へ向かった。
行くとしばらく受付で待たされた後先生がやってきて、先生につれられて空いている診察室へ入る。その扱いが喘息とかでよく来ていたいつもの病院とは違うのだと意識させられて、戸惑う。
「ホルモンバランスとかその辺りが専門の井上です。そう言う先生にはだいたいホルモンが衰えてくる時、つまりおじさんおばさん相手が専門って人も多いんだけど。私は一応、0歳からティーンズまでの方に詳しいから、頼りにしてほしいな。」
そんな風に冗談を交えて自己紹介した先生は割と若い男の人で、いわゆるおじさんと呼ばれると微妙な気分になるお年頃な人だった。
最初に問診と触診、その後に検査。触診で下半身も見られたんだけど、その時に「お母さんには少し出てもらう?」なんて聞いてくれる辺り、良い先生なんだなと思った。
まあ母さんにはもう既に全身ひんむかれて観察された後「そっか、小さい袋はあるけど玉がないんだ……。」とか「この胸はそう言われれば確かに。」とかまで言われてるから意味ないんだけど……
「まず、芳春君の体が今どうなっているかを確認していくよ。」
一通りの検査の後、先生はそう切り出した。
「芳春君には卵巣があり、精巣がない。保険の授業とかで子供のできる仕組みは知ってるかな? うん、そう。だから君は女の人とは子供が残せないってことだ。遺伝子的に雌雄を決める染色体については血液検査の結果待ちで明日以降でないとわからないけど。ただおそらく女性を示す『XX』だと思う。卵巣・子宮・膣が完全にあるから。」
先生は『息子さん』でなく僕をみて喋ってくれた。それが少し嬉しかった。
「それで先立っての問題は、芳春君に初潮が来るかもってことなんだ。今は女性器の出口を男性器が塞いでるんだけど。もし月経が来たら、その経血が体の外に出られない。それが体にどんなに悪いかはなんとなくでも分かるだろう?」
ふとお腹をさすってしまう。女の人が一ヶ月に一度卵の片割れを血と一緒に捨てるというのは知っている。お腹の中に血がたまる。それは確かに怖かった。
「……じゅあその、僕のこれって何なんですか?」
指で指すのも恥ずかしくって、目線だけで自分の股を指す。
「うーん、そうだな……。あのな、お母さんのお腹の中に命が宿った最初から10週間くらい、頭からお尻が30cmを超える頃まではね。みんな女の子の格好をしてるんだ。」
このぐらいかなと笑って先生は学校の物差しサイズに手を広げる。
「もちろん格好だけの話で、卵巣を持つか精巣を持つかは最初っから決まってるんだけど。それがお腹で大きくなるにつれ、男の子は男性ホルモンってのをたくさん浴びて男の体になっていくんだ。」
その言葉にふとお母さんのお腹に目がむく。あそこで自分が育った、それを改めて考える。
「だから、人の外見って最初から案外あやふやなものなんだよ。」
答えになってない気がしたけれど、僕の中のもやもやはそれで随分小さくなったみたいだった。
「お母さんに告げておくと、胎内で男性ホルモンを多く浴びて男性器が形成されるということは、割と良くあることなんです。母体の何が悪かったという訳でもありません。また今回の場合は男性器の形成、特に陰嚢が上手くできていて。そのため幼い頃わからず今日まで至ったという。とても珍しいケースですね。」
その後で先生は母さんにそういう話をした。母さんはそんなことで責任を感じる玉じゃないし、泣くなんて絶対しないと思ってたけど。それを聞いた母さんがどこかすごく安心した顔をして、目尻が光って見えたのが、目の奥に残った。
その日の夜はなぜかごちそうで、単身赴任してる父さんも帰ってきて驚いた。父さんがいなかった時のことを父さんに話すのは僕の役目で(だって母さんは大げさに話しすぎるから)、だから今日の話も僕が自分で話した。
父さんに色々を話すのは結構好きだ。そうやってると色々なことが整理できたり、たまに気づけなかったことに気づけたりもする。
そうやって、今日のことをだいたいを話し終わった最後に、先生がくれた三つの選択肢を話した。
一つ目は、完全に女の子の体になること。男性器を切り取ったり形を整えればそうなる。卵巣から出る女性ホルモンによって、体は丸みを帯びて、胸は膨らむらしい。
二つ目は、男の子の体を維持すること。卵巣を切除して女体化を止める。ただ子供はどうやっても残せなくなるし、人工的にホルモンの投与が必要になる。
三つ目は、その中間。保留とも言う。金玉袋をなくして月経のための出口を作る。けれどペニスを残す。男性ホルモンを投与すれば女性化も少し押さえられる。けれどホルモンバランス的にはほめられたことではないから、早めに結論を出した方がよい。
ついでに、月経がきちんと始まるかどうかは今の段階ではわからないのだとか。いわく女性でも多く悩んでいる人がいる難しい問題、らしい。
そんなに焦って決めることでもないし、染色体検査も終わってないのに話すことじゃなかったかな。と、最後に先生は笑った。
けれどこの先なにがどうなるのかわからない僕にとって、その話はとてもありがたかった。
その夜、母さんは、
「あなたの人生よ。あなたが迷って、迷って、決めなさい!」
と言って、
「小学生から波瀾万丈ね!」
と笑った。
父さんにはふと「子供を残すことをやめた人は動物として正しいのか」なんて馬鹿みたいなことを質問してしまった。
すると父さんは、
「人間はもう自然の理から外れてるようなところがあるからなあ。」
と、割とありきたりなことを言ったあと、
「ただ、決断する時は自分がなにを誇るのか考えると良いぞ。」
と、前後がつながりがよくわからない呟きをこぼした。
不思議な夜だった。母さんはいつもの調子のいい話だけじゃなく、昔の大失敗談までたくさん話したし。父さんはいつもはそぶりも見せないのに、コーヒーにたくさん砂糖を入れて実は甘いのが好きなんだと笑った。
一家そろって、寝床についたのは三時を過ぎてからで。けれど、次の日の目覚めは不思議と悪くなかった。
そう。これが僕の生き様が大きく変容した、その始まりの話である。
この作品は同なろうサイトに掲載されてる『僕が「僕っ子」なのには理由がある』(著:水守中也)のオマージュです。
TS物を一度自分で書いてみたいと思っていた所にかの作品に出会いまして、そのリアル気味な設定に引かれました。
というか、同作品を半分程読んだ勢いで書き始め、一話目ができたと思ったら朝でした。
作風こそ違いますが、作品の肝であるTSの流れをほぼ丸パクリした恥ずかしい作品です。
なので最初は続けるかも迷っていたのですが。続けることにしました。
もし興味を持たれた方は、ぜひ一度かの作品へ足をお運びください。
『僕が「僕っ子」なのには理由がある』 http://ncode.syosetu.com/n7921bu/
人によっては「TSものというよりISじゃね」と思われるかもですが、個人的にはリアル風味TSというのが正しい気がしてます。ISと呼ぶには作中のような例はちょっと御都合主義的なので。
なんにせよ楽しんで読んでいただければ幸いです。