第三十三話 ロボットは人間の代わりになり得るか
登校して早々、樹は九条に捕まった。
「君は僕に借りがあるもんね?」
「う、うん」
校舎に入ってすぐ、笑顔で腕をつかまれた樹は困惑する。
恐らく借りとは、椿を探しに旧帝ホテルに向かった時のことだろう。
「な、なに?」
「人が足りない」
「あ、トーナメントの? 運営のほう?」
「そうなんだよ」
九条は腕を組んだ。
「いや、手伝ってくれる子たちは大勢いることは、いるんだけど」
「ん? じゃあ、何が問題なの?」
一緒に教室に向かいながら話を聞くと。
「魔女科のレディたちがね、僕に見とれてしまって」
「あ、はい」
「そんな冷たい目をしないでおくれよ」
九条は樹の肩をつかんだ。
「ともかくも設営ができる男手が足りなくてね」
「受付とか力仕事以外は人手があるけどって話ね」
樹が納得して九条に提案する。
「クラスの皆にお願いしてみたら?」
「ふふ。そりゃしたよ、でも」
「でも?」
がらりと何故か閉まっていた教室の扉を九条が開けた。
中では、光のない目で教科書を見つめているクラスメイトたちの姿が。
「あ……追試、か」
「追試がクリアできないと動けないと言われてしまってね」
「……Bクラスに頼もう。多分、追試組少ないはず!」
樹が隣のBクラスを覗く。
「あ、佐藤くん!」
「ん? 三橋? どした?」
丁度、覗いた直線上にいた顔馴染みの生徒がいたため樹は手招きする。
「ごめん。あの、実はお願いがあって」
「お願い?」
樹は九条を紹介する。
「こちら、九条くん。今度、やる体育祭かわりのトーナメント大会を主催するんだ」
「ああ、噂の!」
佐藤が九条を見上げる。
「やあ、初めまして。すまないね、実は男手が足りなくてね。手伝ってくれると助かるんだけど」
「Bクラスで手が空いてる人、いたら連れてきてほしいんだ。Aクラスは、その」
樹が言葉を濁すと、佐藤は察してくれたらしい。
「あー……了解。何だったら、俺、友達がCクラスにいるからそっちにも声かけてみようか?」
「いいの? 助かるよ」
これで人手は確保できそうである。
「助かったよ、三橋くん」
「どういたしまして」
「ああ、それと」
九条は再度満面の笑みで告げた。
「君は、僕とエキシビション担当だ」
「エキシビション?」
首をかしげる樹に九条は笑顔を崩さない。
「トーナメントだからね。一日目が予選で二日目が本選」
「本格的だね」
「勿論。で、今回スポンサーになってくれた東三条グループからの希望でね。新型アンドロイドの動作学習用だって」
「動作学習用?」
樹がピンとこない顔でいると、九条が説明する。
「モーションキャプチャーって知らないかい?」
「知ってる。ゲームキャラとかの動きを役者さんにしてもらう時に使うやつ」
「そうそう。何でも、もっと複雑な動きができるようにデータが欲しいらしくてね」
「それで……戦ってるデータが欲しいってこと?」
理屈は理解できた。しかし。
「……医療用ロボットの開発してるんだよね?」
「そうだね。まあ、でもあそこって元々、目指しているのがあれだから」
「あれって?」
樹の問いに九条は、声を潜めて耳打ちした。
「人間そっくりなアンドロイドを作りたいらしいよ。もし人間がいなくなっても国が運営できるようにね」
「……」
樹が言葉を失うと九条が笑った。
「そんな怖い顔をしなくて大丈夫だよ」
「でも」
「心配いらない。不可能だ」
九条は言い切る。
「僕のような人間と」
すっと樹を指さす。
「君のような、予測不可能なことをする人間を完全再現なんてできるはずがない」
「……理想的な人間をトレースしたいだけなら?」
「それを君が言うかい?」
九条は肩をすくめた。
「誰を理想とするかなんて人によって違うんだ。例えば、僕は父が理想だ。でも君は違うだろう?」
「それは、そうだけど」
「そういうことだよ。正直に言うよ。僕は父が理想だけど父みたいなロボットだらけの国になったら、この国は終わる」
「終わるの?」
驚いて樹が尋ねれば九条は頷いた。
「だって父は、自由な発想はできるしとても誠実な人だ。でも、決定的な問題がある。利益しかみない」
「これは仕方ないんだ。父は会社を経営している。利益になることをしないと社員を養えない」
九条の説明に樹は聞き入る。
「でも、そんな人間だけになったら? 競争ばかりで、結局上に立つものしか存在しなくなる」
「……消費者もいなくなる?」
「そういうこと。完璧な人間だと思って、その人物をトレースしたところでね、支配者層の思う理想の人間と社会全体から見る理想の人間は違う」
九条の解説に樹は頷いた。
「そう、そうだよね」
「そうだよ。というか、君が言ったんじゃないか」
「俺が?」
素っ頓狂な声を上げる樹に九条は肩を落とす。
「人間が作ったものが完璧であるという保証はないって」
「……そうだね」
話していると始業の鐘が鳴った。
ほんの少しの不安と違和感を残しつつ、樹は教室に入った。




