第十話 神託に選ばれた男
養成校の入学者は全員寮に入ることが義務づけられている。
とはいえ、例外はある。
毎朝、黒塗りの高級車で校門前で登校してくる生徒も、その一人である。
*
「九条さまだわ」
寮から養成校までは徒歩五分程度。椿は同室の生徒と一緒に歩いていると、そんな囁きで足を止めた。
「九条……九条さまって」
「九条グループの御曹司ね」
「それは知ってます。でも、養成校に通っていらしたの?」
二年と少し通っているのに椿は初耳だった。
「九条さまは、あくまでも見識を広める一環でいらしてるらしいわ。ですから生徒というか、特別枠?」
「そんな枠があるなんて初耳です」
椿が思わず目を細めると女子生徒は笑った。
「私も九条さまの熱心なファンの子に教えてもらったの。昨年末くらいから、みたいね」
「昨年末から? 全然存じ上げなかったわ」
椿が立ち直って歩き出すと一緒に止まっていた女子生徒も歩き出す。
「今を時めく大企業九条グループの跡取り息子だもの。魔法発動媒体の研究機関と、製品化を手がけるわが国でも三本の指に入るお金持ち!」
女子生徒は、うっとりとした顔で空を見上げている。
「そんな方の運命になれたなら、どんなに素敵か」
「……運命」
椿にとっての運命は、樹だ。昨日も、あの後玄武にねだって樹の幼少期の写真をみせてもらって楽しかった。
恥ずかしがったり、拗ねてしまった顔も。寮に戻らないとならない時間まで二人と玄武で話すほど離れがたくて。
「運命なんて、お金とか地位ではないと思うわ」
「高台さん?」
「私は……お相手の方ときちんと話して、分かりあって。それがあってこその関係だと思うの」
女子生徒が椿の前に回り込んで顔を覗き込んでくる。
「それは、あなたのお相手のお話? イケメンさんらしいわね」
「……そう、ね。でも、私は別に彼の顔に惹かれたとかじゃなくて」
椿が言い訳をするように言葉を並べていると、前方が騒がしくなる。驚いて椿が視線を向ける。
「あら」
騎士科の制服をまとったモデルのような青年だった。薄い髪色に青い瞳。
(九条家の跡取りの方は確か、ハーフと聞いたわね)
椿は自分の記憶にある情報を呼び起こす。九条家の現当主が海外勤務の際に見初めた女性との間にできた子と聞いた。
情報通りなら納得だと、椿は一人思う。すっきりとした顔立ちに高い鼻。小さい顔に高い背丈。
「やあ」
「おはようございます」
椿と目があった。青い瞳が柔らかく細められ、真っすぐ椿を見つめる。視線が合ってから数秒、声を発するのに間があった。
(値踏みされていたのかしら?)
椿の心が冷めていく。反対に表情だけは笑顔の仮面を張り付ける。これまで高台家の令嬢として過ごして身に着けた処世術だ。
「君が、高台さん?」
「はい。私が高台ですが。あなたは?」
「これは失礼。僕は九条礼司。君に会えて光栄だよ」
椿は笑顔の仮面をかぶったまま首をかしげる。
「私のようなものを存じて頂けたなんて。失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」
「初対面だよ。そんなに警戒しないでほしいな。傷ついてしまうよ」
「傷つく?」
椿が九条の顔を観察する。確かに眉を下げて寂しそうな顔をしているように、見えなくもない。
「……私に、何か御用ですか?」
「ああ、勿論」
九条は、その場に片膝をついて手を差し出してきた。
「迎えに来たんだよ。僕の運命。神託によれば、僕の運命の人は、君だそうだ」
椿の中で何かが割れた音がした。




