右隣の左横田さん
いつもの銭湯でご近所のおかしなおじさんと再会。
何を勘違いしたのかあのちゃんのファンとして扱われる。
ボクってそう見えるのかな?
それにしてもここまでしつこいならあのちゃんだって嫌がるだろ普通。
「そうだ君。左横田さんと一悶着起こしたね」
突然の追及。左横田って誰だ? まったく心当りがないと言ったら嘘になるが。
「左横田さん? 誰ですか? どこかで…… 」
「ほら引っ越して来たばかりのヒステリックな女性」
「ああ、あの人ね。俺だって仲良くしたかったですよ。でも第一印象が最悪で。
きっかけはおしぼり事件ですから俺にはどうすることも…… 」
「おしぼり事件か。それは難儀だったな。ははは…… 」
左横田さんとのトラブルを正直に告白するも元気づけるどころか笑いやがった。
「とにかく気をつけな。誰が見てるか分からないぞ」
さっきまでのやり取りを見られてたとは。これは恥ずかしい。うるさかったか?
せっかくご近所トラブルにならないように我慢してたのにあっちが騒ぐから。
本当に不可抗力。あのまま引き下がったら俺はストーカー確定になる。
あの場面では他に取る手段はなかった。信じて欲しい。
俺が悪いんじゃない。勘違いし続けるあの女が悪い。
あの憎たらしい女は左横田さん。俺の家の右隣の人。
右隣で左横田さんとは何と紛らわしい。
右横田さんと覚えるがいい。
「その左横田さんって怖い人ですよね。いつも怒ってばかり」
いきなり警察を呼ぶと脅すんだから話にもならない。
確かに出会いは最悪だったし誤解が生じたのも分かるけどさ。
俺のせいじゃない。少なくても俺だけのせいじゃない。
いや左横田さんには同情するよ。同乗する男の悪ふざけ。
いや悪ふざけとも認識してないおしぼり投げ。
上司をコントロールするのが部下の役目でも俺を恨まなくたっていいじゃないか。
代わりに謝罪だってしただろう? まったく何なんだよな。
積極的に話し掛けたじゃないか。
それを無視していつまでも根に持っていたのはあっち。
「ああ確かにね。でも喋ると気さくで悪い人じゃない。
何でも男の人が近づかれるのが嫌らしいんだ。男性恐怖症とでも言うのかな」
だからって俺に当たらなくてもさ。俺はあの女が怖いよ。
「左横田さんか。仲良くなれるといいんですが。ははは…… 」
「無理でしょう。どうやら君は相当嫌われてるみたいだしね。
放っておくのがいいよ。家内と一緒なら感じのいい人だから」
うーん困ったな。忠告は素直に受け取るべきかな。
第一印象が最悪だとそのままどうすることも出来ず悪化の一途をたどる。
もはや俺にも誰にもどうすることも出来ない。迷惑なトナラ―でしかない。
「もう近所迷惑になるようなことは慎んでくれ。俺も困るんだ」
妙に真剣に説き伏せる男。迷惑を掛けたつもりはないんだが。
行き違いがあったとは言え仲直りは不可能。
ここは素直に従うか。
それ以降は見かけても声を掛けないで無視することにした。
でも集まりやゴミ出しの時は回避できないし。
念の為にあの女にも出来るだけ近づかないように伝えてもらった。
人にはそれぞれ独自のパーソナルスペースがある。
それは他人が決めることじゃない。
勝手に踏み入るのはご法度。
しかしそれが分かる人は稀で仮に警告を発しても進んで行く者も。
そして立ち止るばかりかもっともっと進んで行こうとする。
何かがあると暴走。お宝や未知なる世界を求めて動きを止めはしない。
人間の本能。
俺にだってもちろんある。
その本能を抑えつけて己を律するのが大人であろう。人間であろう。
人間には誰しも触れられたくない領域がある。
そして誰にも知られたくない過去がある。
無理にこじ開けようとすれば罰が下るだろう。
それだけは肝に銘じて付き合っていくべきだろう。
だからと言ってそれに甘えてはいけない。
ギリギリで留めることも覚えなければ。
手探りで境界線を広げようとしてはいけない。
境界線で攻防を繰り広げるべき。
侵入者は留まることを覚え門番は庭を解放するぐらいの気持ちで。
隣人戦争でもそれは同じこと。
隣人トラブルに発展する前になんとか止める。
それはただのすれ違いや誤解から起こることがほとんどだから。
でも稀に話が通じない相手も存在する。
いきなりモンスターに変身することだって。
そんな時は決して近づかないことだろう。
境界線はその時々で変化するもの。
続く




