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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
終章 シノの奮戦

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第51話 別れ


 闇の中にたたずんでいた。いや、正確に言えば、ここが暗いところなのか、明るいところなのかも分からない。立っているのか寝ているのかも定かでなかった。


 ――夢を見ているのか?


『……しの……起きろ。……起きろ、しの……』


 おれに話しかける者がいた。姿は見えない。


『篠、いつまで寝ている? そろそろ起きろ。もうじきお別れだ。わしはもう形を保っていられそうもない』

「……だれだ、おまえ!?」

『だれだとは、ずいぶんとつれないじゃないか。いつも一緒にいるだろ』

「…………」

『村雨丸殿のいうとおり、雷の杖、ちゃんと使えただろ?』

「……ひょ、ひょっとして……相棒なのか!?」


 その声の主が『そうだ』と短く応じた。その瞬間、頭に電流が走ったように感じた。この世界に転移する直前のことを思い出したのだ。空白になっていた記憶が蘇る。


 一か月前のあの日の朝、おれは相棒と建築現場に向かっていた。その途中、近道をしようと住宅街に入ったんだ。


 それで……ランドセルを背負った子供が物陰から急に道路に飛び出してきた。それから……その子と……衝突しそうになった……


 ――おれは、急ブレーキをかけたんだ……はっ!


「おい、相棒! あの子供はどうなった!? ブレーキは間に合ったのか?」

しの、落ち着け。あの子は無事だ。なんともない。ぶつかる直前でわしんだからな』

んだ? どういうことだ?」

『子供との衝突コースからわし自身をほんの少しだけ強制的にずらしたのだ』

「えっ?」

『すまんな。ずらしたはいいが、その先にあったひずみを避けきれなかった。ゆるせよ』


 なんでも運が悪いことに、相棒が跳んだ先にはちょうど世界の歪とやらがあったらしい。SF風にいうなら特異点だろうか……。まあ、なんでもいい。とにかく、クルマはその歪に飲み込まれた。相棒は歪から脱出することができず、もがいたらこんなところに吐き出されてしまったのだそうだ。


「そんな……それじゃあ、おれをこの異世界につれてきたのは相棒、おまえだったのか?」

『だから最初にあの森に飛ばされたときに詫びただろ』


 ――そういえば、そんな声を聞いた気がする。


 相棒は意識をもってからそんなにたっていないらしく、付喪つくもの神としては若輩者なのだそうだ。未熟なせいでヘマをしたと言っていた。


『それとな、ここは、まったくの異世界というわけでもないぞ。村雨丸むらさめまる殿がいうには、ここは、別の平行線とやらにある地球のなかの日本だということだ』

「はっ? 日本にこんな場所はないぞ」

「違った道を進んでいるから全く一緒というわけではない。ここはお主の故郷の別の姿だ。言葉はそれほど苦労せずに通じているだろ』


 ――そういわれれば……そうだ。


『さあ、いつまでも寝ているな。おまえを慕う大事な人が待ってるぞ。早く目覚めてやれ。ここでお別れだ。しの、楽しかったぞ、元気でな……』

「ま、まってくれ。もう少し話が……うっ……」


 おれは相棒を呼び止めたけど、もう声は返ってこなかった。





 あたまが、ガンガンする。まぶたに光を感じて、急に明るくなったような感じがした。目を開けると、家の中で寝ていることが分かった。


 ここは……アカリの家だ。すぐそばにいたカグヤちゃんとばっちり目が合う。


「はっ、あわわ……」

「お、おはよう……かな?」

「お、お兄ちゃんが起きた……動いてる……わぁぁぁぁ……お姉ちゃん!!」


 ――そんなに慌てなくても……


 カグヤちゃんは表へ飛び出して行ってしまった。体があちこち痛いけど、どうにか動かせそうだ。ゆっくり起き上がってみる。背中が少し突っ張る感じがするけど、手足は自由に動かせた。まあ、大丈夫だろう。


 あの最後の一頭に勝ったらしい。


 カグヤちゃんがアカリを連れて戻ってきた。


「シ、シノ、うぐ、ぐすっ……よ、よがった」


 アカリは鼻声でそういうと力が抜けたように、ふにゃっとしてしまった。おれは慌てて抱きとめる。


「ごめん、心配かけたみたいだね」

「あなたは四日間も眠ったままだったのよ。もう目が覚めないんじゃないかと思って怖かったわ」

「……四日間……」


 おれは、三頭目の大鬼猿に最後の一撃を加えたあとのことをアカリから聞いた。


 やはり、おれはアイツをちゃんと仕留めていた。村人は、おれの体に半分覆いかぶさっていた大鬼猿を急いでどかし、おれを救出したそうだ。


 その後は、負傷者の手当や戦場の後始末などで大忙しだったらしい。


 シナツさんはまだ安静が必要だけど、比較的元気にしている。あとでお見舞いに行こうと思う。


 さっき腕に添え木をしたタダがちょっとだけ顔を出した。ニィッと笑っただけですぐに出て行ってしまったけど。


「シノ君!」


 騒々しい娘が姿を現すと、勢いよく抱き着いてきた。


 ――重い、どこがとは言えないけれど……


「シノ! あなた張り倒されたいの? 早く離れなさいよ!」


 ――そんなこといっても仕方がないだろう……おれがくっついているわけじゃ……


「シノ君、元気そう。よかったね!」

「あーもう! サギリもいつまでもくっついていないでどきなさいよ!」

「えー少しくらい、いいじゃない。シノ君、聞いてよ。あなたが倒れてからずっと大変だったんだから! アカリが泣き喚いちゃって……うぐぐ」


 サギリの口はアカリの手で強制的に塞がれた。


「はは……心配かけたみたいだね。悪かったよ」


 おれは怖くて聞けなかった質問を最後にした。


「あの、アカリ……ダイカクさんはやっぱり……」

「……傷が深いわ……しばらく安静が必要ね。でも峠は通り越したわよ」

「そ、そうなのか?」

「ええ、それから、ダイカク叔父さんもトミサン村のみんなもあなたに感謝していたわよ。仇を討てた、ありがとうって」

「うっ……」


 言葉が出てこなかった。


 二頭目の大鬼猿は、銃弾を受けた時点でだいぶ弱っていたらしい。ヤツの渾身の一撃もだいぶ威力が落ちていたのかもしれない。ダイカクさんが命を取り留めたことを聞いて心の底から良かったと思った。


 アカリの前で情けないが大声で泣きだしたかった。


「ごめん、もう少し休ませて……」




 夕方。北の湖畔。


 ここからは村と森が見渡せる。アカリが落ち込んだときによく来る場所だというのも分かる気がした。


 今夕は戦勝の宴が催される。村の方でいま準備がされていた。おれもいまごろになってやっと勝利の実感が湧いてきた。


 門前の方に軽トラックが見える。ぼこぼこに壊れ、見るも無残な姿をさらしていた。でも、汚れは綺麗に落とされていて、塗装は夕日を受けて輝いて見えた。村の人が掃除してくれたんだろうと思う。


 つい数日前、激戦のあった草原の戦場はきれいに片付いていた。鬼猿の亡骸は素材をはぎ取って燃やしたそうだ。鍛冶屋の親父さんが爪と牙を黙々ともぎ取っていたらしい。青銅と同じくらい固いかもしれないと喜んでいた。


 燃やしきれない亡骸は穴に埋めて処分した。カピバラさん一家が穴掘りを手伝ってくれたらしかった。この戦いの最大の功労者はカピバラさんかもしれない。




 鏡のように穏やかな水面を覗く。頭に巻かれた包帯が邪魔だったので解いてみた。


 ――おお、痛々しい……


 水面に映し出された額の傷は、まだ、生々しい。見ない方がよかった。


 草むらに腰を下ろして、西の岳のやまぎわを染める夕焼けを眺めた。アカリの声がする。呼びに来てくれたんだろう。


「シノー! 何してるの? みんな待ってるわよ」

「あー、もう少しあとで行くよ」


 夕日を見て少し感傷的になってしまったのかもしれない。おれは鬼猿との戦いで疑問に思っていたことを聞いてみた。


「アカリ、鬼猿って何だったんだ? ……あいつら、何がしたかったのかな……」


 おれには、鬼猿がこの世の憎悪をすべて背負ってしまった哀れな生き物のように思えた。


「バカね、なに小難しいこと考えているのよ。平和になったんだからそれでいいじゃない」

「そ、そうだな……」


 柄にもないことを考えるのは止めだ。アカリの無邪気さを見習いたい。


「アカリ、ここをもっといい村にしような……」

「ばかね、カッコつけちゃって。頭を打ってまだ混乱してるの?」

「…………」


 ヒドイいわれようだ。でもこの頃はこれがアカリなりの親しさの示し方なんだと分かるようになった。


「それにしても、ひどい傷、残りそうね」

「ああ、別に構わないよ。女じゃないし」

「そうね、男前があがったわ」

「えっ?」


 なんだか意味がよく分からない。反応に困る。


「誤解しないでね。皮肉でも悪口でもないのよ。本当にそう思っているわ」


 アカリはそういうと両膝を立てておれの横に並んだ。


「こっちを向いて英雄さん」


 そして、おれのおでこを引き寄せると、小ぶりの唇をそっと額に押し当てた。

 胸が高鳴る。心拍数が上がったのが自分でもわかった。


「ご褒美」


 微笑んだアカリはそういって村の方へ駆けて行った。おれはしばらくの間固まっていた。




 クルマを照らしていた夕日が消え去り、黒いクルマが周りと溶け始めた。そういえば、この相棒とは、ほとんど毎日一緒だった。いろいろなところへも行った。相棒とともに仕事をした六年間が思い出された。


 残照を受けた紫色の西の空で星が一つ大きく瞬く。意味がないかもしれないけれど、手を振ってみた。


 『しの、達者でな』


 そんな声が聞こえた気がした。


 「さよなら、相棒」


 他人からみれば馬鹿みたいに思われるかもしれないけれど、本当に大切な仲間だった。ぐっとこらえてみたものの、一筋の涙が頬を伝わった。


 ――ここはいいところだ。


 村の広場に設けられた宴の場の方からアカリが大声で呼ぶ。体を半分そちらに向けると、村人たちがだいぶ集まっていた。村人の一部はもう酒盛りを始めている。賑やかな子供たちの声も響き始めた。


「シノー! もう! 何してるの? 早く来なさいよ! 隊長が来なければ始まらないじゃない!」

「ああ、わかったよ。せっかちだな」


 おれは、ゆっくりと立ち上がり、北の岳に背を向ける。


 ――さあ、飲もうか! 今日は酔いたい気分だ。


 満天の星を見上げる。


 この世界で暮らしていくのも悪くないと思った――この勝気で可愛い長耳娘といっしょに。


次回、最終話です。

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