第49話 出撃 その二
草原の中央付近。
アカリの操るクルマが大鬼猿を目掛けて一直線に突き進む。ヤツらの面構えが分かるまで距離が縮まった。なんて恐ろしい。身の毛がよだつ。クルマに乗っていてよかった。生身の体で対峙するなんて考えたくもない。それほどまでに相対する存在は威圧的だった。
「ドンドン!」と屋根を叩いて運転者席にいるアカリに合図を送る。
「シノ、なに?」
「一番右端のヤツを狙う。ヤツの正面に真直ぐ突っ込んで! 射撃距離に入ったら、速度を落とすんだ」
「わかったわ」
おれは荷台の前端にぴったりと足を揃え、キャビンの屋根に覆いかぶさるような姿勢をとった。六四式小銃の二脚を立て、ルーフキャリアに固定し、小銃を安定させる。変則的な伏せ射ちとでも言ったらいいだろうか。
距離五十、どんどん近づく。銃床を肩に当て、小銃と体を密着させた。切替金を回し、安全装置を解除、連射の「レ」の位置に合わせた。
――これでいいはずだな……爆ぜるなよ、暴発なんてイヤだぞ……うまく飛び出てくれ……
アカリがゆっくりブレーキを踏んで速度を落とした。体が前方に押し出される感じがあって、クルマの客室に押し付けられる。
いまだ。狙いを定めて引金を引く……
「ダダダン……ダダダン……ダダン」
小気味よい連射の発砲音が鳴り響いた。
薬莢が叩き出され、バンバンとクルマの屋根ではね返った。それがいくつかおれの顔に当たる。思わず口をついて出たのは「あちっ」という言葉だった。とても熱い。硝煙の強烈な匂いが鼻につく。こんな目に合うなんて思わなかった。
アカリの「つかまって!」という叫び声が聞こえ、ハンドルが一杯まで切られた。標的だったものから離れる。おれはヤツに弾が当たったのかよく分からなかった。
タダが叫ぶ。躍り上がるように喜んでいる。タダがこんなふうにするのは見たことがない。
「シノ! やったぞ! 命中した。あの野郎、あっけなくぶっ倒れやがった」
「シノ殿、見事だ!」
――やったのか、冷や汗が出た。うまく発射されてよかった。
しかし、歓喜も束の間、残りの二頭の大鬼猿が憤激の雄たけびを上げながら、こちらを追いかけ始めた。
「アカリ、このまま真直ぐ進んで! 奴らを真後ろギリギリまで引き付けるんだ!」
「わ、わかった!」
「タダ、後ろに向けて小銃を撃つ。弓で援護してくれ、ダイカクさんもお願いします」
「おう!」「わかったぞ!」
おれは荷台に寝ころび、伏せ射ちの姿勢をとった。銃床を頬に押し当て安定性を確保する。おれの両脇に位置するタダとダイカクさんは膝をついて弓を構え、座射の姿勢をとった。
アカリはうまいこと奴らを牽引してくれている。速度が緩やかに落ち、奴らとの距離が詰まった。
照星と照門を合わせ、正しい見出しをつくり、それに標的をのせた。標的は近い方の大鬼猿だ。切替金をもう一度連射の位置に合わせる。
――当ててやる! くたばれ!
「ダダダン――」
――あれっ?
「カチッ、カチッ……」
撃ち出された数発の弾丸は大鬼猿の胸に吸い込まれた――だけど、それ以上、引き金を引いても発射されない。
「!!不発!?」
タダとダイカクさんは、村でも有数の強弓を引き絞り、わずかに残った鋼の鏃つきの矢を敵に射ち込む。銃弾と同じように大鬼猿の胸に吸い込まれた。けれど、浅く刺さっただけだ。
――皮が厚いのか……なんてことだ。
「シノ、どうする。その雷の杖はもう使えないのか? 弓もあんまり効いていないぞ」
タダが切実そうな声で訴える。小銃という切り札が使えなくなり、弓も通じない。
――どうする?……どうしたらいい……
「タダ、落ち着け。こちらの攻撃が全く通らなかったわけではない。少しずつ傷を与えていけばいい。こいつらも生き物なんだ。いつかは倒れる。そうだろ? シノ殿」
「は、はい!」
タダも、それから、おれも、ダイカクさんに諭されて、挫けかかった気持ちが持ち直した。
「アカリ、一度大きく旋回して、また大鬼に頭を向けてくれ」
「どうするの?」
「接近してギリギリのところをかすめてほしい。この三人で槍を打ち込む」
「わ、わかったわ。やってみる」
クルマの速度にのせて槍を突き入れれば、深手を負わせられるはずだ。やるしかない。
クルマがグンと加速し、大鬼猿を引き離す。再び進路を敵に向けると、クルマは真直ぐ大鬼猿に突っ込んだ。ちょうど三人とも右利きだ。
「アカリ! 左側のヤツを仕留める。おれたちは右舷で交戦するから、相手を右でかわしてくれ。」
「了解!」
ダイカク、タダ、おれの順で並び、一番長い槍を選んで構える。クルマが大鬼猿に詰め寄った。まもなくだ。
先頭のダイカクさんが声をあげた。
「いくぞ!」
「「はい!」」
一番目の槍、命中。二番目の槍も命中。間髪入れずに三番手のおれが槍を打ち込む……。が、その瞬間、大鬼猿が絶叫をあげながら、己の胸に突き刺さった槍を振り回す。それがおれの持つ槍に絡んだ。手に握る槍が強く叩かれたとき、おれは大きくバランスを崩してしまった。
――あっ! しまった……落ちる……
目の前に急に地面が迫った。「シノが落ちたぞー」というタダの大声を聞きながら、おれの体は草の上をごろころと転がっていた。
けがは……別にどうともない。それより、二頭の大鬼猿がおれを視認し、接近し始めた。
――槍は? 槍はどこだ? くっ、あんな遠くに……なんてツイてない。
胸から血を垂らした大鬼猿が目前に迫る。怒気を含んだ眼差しがおれを捉えてた。
死の瞬間が迫ったと思った。
そのとき、「ビー!!」とけたたましい警笛が鳴り響いた。アカリが何か叫びながらこちらに突っ込んでくる。
――避けろということか?
おれはクルマの左舷側に飛ぶようにして衝突をさけた。バンという音がしてクルマがよろめいた。大鬼猿に接触したのだ。クルマが急停車したのが見え、タダとダイカクさんが長槍を携えておれのもとへと駆け寄る。
アカリはクルマを発進させた。無傷の大鬼猿がそちらを追う。アカリはそいつを自分に引き付けるつもりのようだ。
――なんて無茶なことを……。
「シノ、大丈夫か? 受け取れ」
おれはタダから長槍を受け取る。深手を負った大鬼猿が憎悪を滾らせて三人を睥睨する。相手はもう銃弾数発と槍二本を食らっているのだ。瀕死のはずだ。あと少しで仕留めることができる。
アカリの方をみれば、クルマを左右に多く旋回させながら、無傷の大鬼猿をうまく牽引していた。だいじょうぶそうだ。
おれたち三人は大鬼猿を取り囲み、接近と離隔を繰り返して、長槍を突き入れる。
大鬼猿の絶叫がこだました。もう少しだ。大鬼猿は業を煮やしたのか、猛り狂いながら、その長い腕を振り回し出した。
おれは臀部、大腿を支える筋肉を集中的に狙う。何度か決まれば、相手の足が止まるはずだ。
が、一瞬の油断が相手の攻撃を誘ってしまった。振りかぶった凶悪な爪がおれの目前に迫る。槍の柄を掲げて何とか受け止めた。
――ぐっ! なんて力だ。
体中の骨がきしむ。大鬼猿は柄を掴み、そのままおれを押しつぶしにかかった。耐えきれずに膝をついてしまう。
――まずい、槍が折れそうだ……爪を食らってしまう。
そのとき、一人の男がおれの前に割って入った。
「この化け物! 失せろ!」
ダイカクさんだ。ヤツの懐にうまく入り込み、心臓目掛けて槍を入れた。鮮血が噴き出す。
「あっ!」
刹那の出来事だった。大鬼猿が横なぎに払った爪がダイカクさんを捉えた。大柄なダイカクの体が吹き飛び、草地に叩きつられる。
瞬間、血が沸騰した。
おれは地面に這うように低く屈みこみ、相手の胸元に体を寄せ入れると、ダイカクさんが突き入れた槍を握った。
「おのれ、畜生!」
おれは叫びながら、無理やり刃をねじ込み、何度も何度も突き立てた。やがて大鬼猿は力を失い、仰向けに倒れた。
「ダイカクさん、ダイカクさん、しっかり!」




