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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
終章 シノの奮戦

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第48話 出撃 その一


「シノ、あれ、何か、変ね……」


 アカリは、草原の端を指差した。二十頭くらいの鬼猿が固まっている。さきほど、敗走した残党だ。そういえば、あれだけたけり狂っていた鬼猿があっさり後退したのは何か奇妙な感じがした。それまで動きがバラバラだったのに急に統制がとれたように整然と撤退したようにも見えた。


 はるか遠くで鬼猿の残党が静かにたたずむのをみて、サギリがつぶやく。


「どうして、森に帰らないんだろう……」


 妙な胸騒ぎを覚えた。アラメ村の村人も何か奇妙なことが起きていることを感じ始めている。すでに戦勝の興奮は冷めていた。まだ昼間なのに、恐ろしいほどの静寂が辺り一面に覆いかぶさった。


「シノ! あそこ! 何かきた」


 目のいいアカリが視界の端に何かを捉えたようだ。


 突然、大気がビリビリと震え、静寂が破られる。


「「「オオオオオッッ」」」


 耳をつんざく三重の咆哮が草原に響き渡る。思わず後ずさり、あまりの気味悪さに背筋が凍りついた。


 急いで単眼鏡を取り出して遠方を確認する。


「アカリ、なんだ、あれ? 鬼猿なのか?」


 姿形は鬼猿だ。三頭いる。でも普通じゃない。ありえないほどの巨躯をゆっくり揺らしながら草原に降り立った。


「し、知らないわ。あんな大きいの見たことない」


 さきほどの鬼猿の残党が大鬼猿に近づくが、大鬼猿たちはそんな小物には興味ももたず、蹴散らしてしまった。哀れな小さい鬼猿は空高く舞い上がり、地面に打ち付けられた。


「なんだ、あいつら、仲間同士じゃないのか?」


 普通の鬼猿の体高と比較すると、ざっと四倍、身の丈は五メートル近い。ヒグマよりも大きい。一トンを超えるかもしれない。


 ――こんなやつ相手にどうすればいいんだよ……


 タダがおれに駆け寄る。そのまわりに自然と青年団も集まってきた。みんな、緊張で顔が強張っている。単眼鏡を覗くおれにタダが問いかける。


「シノ、なんだ、あれは? 見当はつくか?」

「姿は鬼猿だ」

「こっちを目指しているのか?」

「たぶんな……」


 あいつらが何なのか、だれも分からなった。狼狽しながら意見を交わし合う長老衆もあんな大物の存在は聞いたことがないそうだ。


 まあ、平然と同種を殺すようなヤツだ。きっと碌なものじゃないだろう。


 タダと目が合った。表情に浮かぶのは躊躇ためらいと逡巡しゅんじゅんだ。たぶんおれと同じことを考えている。


 防衛部隊は満身創痍。主力と期待された精鋭の半分近くがすでに離脱しているし、だれもが多かれ少なかれ傷を負っていた。初撃から矢を射続けていた射手は疲れ果てていて、もうまともに指さえ動かすことができない者も多かった。矢も投槍もほとんど使い切った。


 はっきり言えば、防衛部隊の心はもうすでに折れていた。


 あいつらは防御柵も簡単に飛び越えるだろう。村が破壊されつくされる未来しか想像できない。


 対抗手段が少ない。長槍だけで戦うとしたら、いったい何人の犠牲がでるだろう。


 希望は潰えた。掴みかけていた勝利はすんでのところでこぼれ落ちた。みんなの顔が絶望にゆがむ。


「タダ、乙作戦おつさくせんを実行しよう」

「あ、ああ、そうだな……」

「シナツ部隊長がいない。おまえが指揮してくれ」

「おい、おまえはどうする気なんだ?」

「おれは……」


 ――まだやれることがありそうだ。おれは自分の役目を果たす。


「シノ! 乙作戦ってなによ? いったい何するつもり?」

「シナツ部隊長とあらかじめ決めてあったんだ。防衛線が破られたら避難しようって」


 いくつかの蔵を厚い木材で頑丈に補強した。非常の際には、村の耕作地を放棄してそこに立てこもろうと決めてあった。村が破壊された未来に希望があるか分からない。けれど、命を繋ぐことを優先したかった。


「アカリはタダに協力してみんなを蔵に誘導するんだ。頼んだよ」

「ちょっと待ちなさい! あなた、一体何しようとしてるのよ?」

「おれは別行動をとらせてもらうよ……じゃあ、少し準備があるから……」


 その場を離れようとすると、アカリに胸倉をつかまれた。


「どこに行くつもり? 避難するなら一緒に来なさいよ」

「アカリはみんなをまとめて早く避難するんだ」

「シノ! あなたあの大猿のところへ行くつもりね、正直に言いなさい!」

「…………」

「言わないと噛みつくわよ」

「ああ、その通りだ。守人さまが遺してくれた小銃がある。クルマもあと少しなら走れるんだ」

「…………」


 蔵はできるだけ頑丈に補強した。でもあんな大型の害獣を想定していたわけではない。あの三頭で同時に叩かれたら、安全を保障できない。一頭でも減らしておきたかった。


「バチン」


 頬に痛みが走る。アカリに思い切りひっぱたかれた。今日は何度も叩かれた気がする。ああ、一回は自分でやったんだった。


 アカリがものすごく怒った顔でおれを睨む。


「わたしもついていく」

「だめだ」

「じゃあ、必ず帰ってくるって約束して」

「…………」


 必ず戻ると即答すればよかったのに、嘘をつくのは嫌だと一瞬躊躇ちゅうちょしてしまった。無意識に勝算を見積もってしまい、よくて相打ちなのが分かっていたからだ。


「ねえ、シノ。あなた、まさか、自分が余所者よそものだからいなくなっても構わないとか思ってないでしょうね?」

「そんなことは思ってないよ」

「じゃあ、なんで無謀なことしようとしてるのよ!」


 ――なんでかな?


 みんなに親切にしてもらったし、この村で過せて楽しかった。犠牲者がでるのもみたくない。綺麗な景色も壊したくないかな。たいした理由じゃないけど、そんなところだ。


 ――ああ、それと、初代の守人、同じ日本人の里見隆二に笑われたくない。


「アカリ、実はおれ、守人なんだよ」

「はっ!? 何? いままで自分は守人さまなんかじゃないってさんざん言ってたじゃない」


 たしかに、これまでは、この地に飛ばされたのはただの偶然で意味などないと思っていた。


 でも、こんな場面に直面して、おれはこの時のためにこの村に呼ばれたのかもしれないという気がしてきたのだ。


「おれは守人――この村を守る役割がある……」

「あなたが何者でもいいわ。わたしは一緒に行く。連れて行きなさい! だいたい銃を構えながらどうやって運転するのよ」

「うっ……」


 痛いところを突かれた。ちょっと難しいかもしれない。


 少し離れたところでおれたちのやり取りを見守っていたタダとダイカクさんが話に加わる。


「シノ、俺も行くぞ」

「シノ殿、俺も連れて行ってくれないか。まだまだ動ける。トミサン村のみんなの無念を晴らしたい」

「シノ、迷っている時間はないわよ。早くクルマに乗りましょう!」



 最凶の災厄がアラメ村にだんだんと近づいてくる。大鬼猿は小さな人間など蟻ほどにも思っていないのか、その歩みはゆっくりとしていて、余裕ぶっている。


 結局、おれのほか、アカリ、タダ、ダイカクさんの四名で大鬼猿を討ちに行くことになった。ほかにもクルマに乗せてほしいと志願する者が大勢いたけれど、固く断った。


 人を多く乗せれば、重くなって機動力が落ちるし、途中、燃料切れで遮蔽物がない草原に取り残される恐れもある。


 クルマの荷台からやぐらなどのいらないものはすべて取っ払った。少しは軽くなっただろう。


「おい、若造! 急いで研いでおいたぞ。少しはましになった。持ってけ!」


 鍛冶屋の親父さんが状態の悪かった長槍を研ぎなおして持たせてくれた。ありったけの長槍をクルマに積む。


 イズノさんとカグヤちゃんがクルマに駆け寄ってきた。


「シノくん、気を付けて。大切な人、家族をなくすのはもう嫌よ。私に悲しい思いをさせないでね……」

「は、はい」


 イズノさんはそう言っておれに自動小銃を手渡してくれた。昨日手に入れた弾倉をカチリと装着する。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、どうかご無事で」

「カグヤちゃん、大丈夫、お姉ちゃんは必ず返すから」

「お兄ちゃんもですよ!」

「もちろんだよ。内緒にしていたけれどね、守人の体はみんなより少し丈夫にできているんだよ。大丈夫だ」

「……はわわ、守人さま、やっぱり守人さまなんですね!」


 カグヤちゃんにそう呼ばれると、なんだかくすぐったいけど、悪い気はしなかった。


 さっきまでは、捨て身で立ち向かうつもりだったけど、小銃を手にした今は生還できるような気がしていた。隆二さんのおかげかな。


「シノ、これを預けるわ」


 アカリから銃剣――村雨丸むらさめまる――を受け取る。「カチリ!」と小銃にぴったりと嵌った。


「そうか、お前が真打か? 頼んだぞ、村雨丸。おれたちを勝利に導いてくれ」


 目の錯覚だろうか。やいばがぬらっとし、水煙みずけむりがあがった気がした。




 アカリがアクセルを踏み込む。


 今日、二度目の出撃。燃料はほとんどない。これがおれと相棒の最後の疾駆しっく


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