第37話 武器と陣地構築 その一
避難民の保護から二日目の朝。会敵まで推定四日。
おれはほんの少し仮眠をとっただけで、ほとんど寝ていなかった。
みんなもまだ薄暗いうちから活動を始めている。村が慌ただしく動き出した。
鬼猿の大群がこちらに向かっているという情報は昨日のうちに村中に伝えられていた。大混乱に陥るかと思ったけれど、青年団が戦う意志をはっきり示したので、みんなも覚悟を決めたようだ。
「シノ、これどこへもって行けばいい?」
「村の門の辺りへ。できるだけたくさん集めておいて。それから、鍛冶屋の近くにある柵を解体して同じところに運んで」
「分かったわ」
アカリと村の女たちには丸太を集めてもらっていた。村の北正面に強固な陣地を築く予定だ。
資材調達組は出発準備が整ったようだ。これからクルマと荷車で大量の木材などを運び込まなくてはならない。
「じゃあ、シノ君いってくるね!」
「運転気を付けて! 燃料は節約してね」
「わかってる! お昼前には一度戻るからね!」
サギリが運転するクルマが北の岳へ向けて出発した。アカリほどではないけれど、何度か練習していたので、まあまあ上手な運転だ。荷台に乗り込んだ青年団が手を振る。
続いて、タダたちも出発した。荷車が十台連なる。近隣の森へ向かい、材木を伐採してピストン輸送する予定だ。
作業場には大工寮の仲間たちが集まっていた。もうすでに武器の増産に取り掛かっている。
「おかしら、矢をどんどん作ればいいんでやんすか?」
「はい、どんどん作ってください。目標は六万本!」
「そりゃ、また、難儀なことで……」
「すまないね。増援も頼んでいるから何とか頑張って。それから旋盤の方を使って、槍を三十本頼みます」
「へい。ですが、おかしら、鏃とか槍穂とかはどうするんでやす?」
「んー考え中。とりあえず、矢柄と槍柄の方を先にどんどん作ろう。時間との勝負だ」
実は鉄が全く足りていない。手持ちの平板鋼で槍穂をあと三十個くらいは作れそうだけど、鏃は六万本分も用意できそうもなかった。あとで鍛冶屋の親父さんのところへ相談に行こうと思う。鏃が足りない場合は、もう、先端を尖らせただけの原始的な矢にしてもいいのかもしれない。
「カグヤちゃん、どう?」
「は、はい。図面があるので大丈夫だと思います」
「頼もしいな。大変だろうけど頑張って」
「はい! 頑張ります」
カグヤちゃんを含む数人の仲間には、飛び道具の試作を急ぎでお願いしていた。
一つは長弓。以前、アカリに作ってあげたものよりもさらに長い。二メートル近くある。曲射なら二百から二百五十メートルの射程が期待できるかもしれない。
もう一つは、投槍器だ。細めの投槍を保持するもので、腕の延長の役目を果たす。梃子の原理で槍をより遠くへ飛ばすことができる。槍自体は細めの黒竹をそのまま使おうと思っている。材料が豊富で容易に手に入るからだ。昨日作った竹槍も十分な刺突能力を持っていた。投げても十分いけるのではないかと思う。
あと一つは、投石器だ。ラクロスのスティックのような形をしている。先端に石ころを込めて投げるだけ。まあ、どれだけ効果があるか分からないけど、攻撃の補助手段といったところ。
「じゃあ、みんな、おれは陣地構築を指揮するから、この場は頼んだよ」
「はい、お兄ちゃん、まかせてください!」「わかりやしたぜ、おかしら」
村の北側正面には青年団が集まってすでに作業を始めていた。既存の柵を補強し、戦国時代に使われた馬防柵のようなものを築くことになっている。杭を打ち込むための穴をみんなで開けている。おれの作ったスコップが活躍していた。
この馬防柵の位置がちょうど東の岳と西の岳の間の最狭部にあたる。幅は、およそ百五十メートルくらいだ。
「シナツさん、この柵ができたら、前方にもう一つ強固な柵を築きたいです。そうすれば予備防衛線と最終防衛線の二段構えとなります。どうでしょうか?」
「前方の予備防衛線で防ぎきれなかった場合は、最終防衛線まで下がり、最後の攻勢をかけるということですね。わかりました。ただ、そうなると、平衡錘投石機をもう少し前に出す必要がありますね」
「あ、あの、シナツさん、投石機を使うつもりですか?」
平衡錘投石機はもともと城攻めなどに使う兵器だ。鬼猿のような小さな目標には適していない。
「シノ殿、たしかに小さな動く目標を捉えられるか分からないのですが、小さめの石を空高くからばら撒くだけでもある程度の抑止になると思うのです」
せっかく苦労して作ったのだから使ってみたいということだった。まあ、手札は多い方がいいだろう。
「シナツさん、前段の予備防衛線はこの辺りでいいですか?」
「そうですね」
最終防衛線の前方約五十メートルの位置に予備防衛線を張ることにした。おれはこの位置に目印の旗を立てる。
資材調達組の一部が戻ってきはじめた。馬防柵を作るための丸太がどんどん集まり出してしている。最終防衛線構築の進捗状況はまだ一、二割といったところだけど、なんとか今日中には完成させたい。
お昼近くになってカグヤちゃんが息を弾ませながら門前にやってきた。
「お兄ちゃん! で、出来ました! これどうですか?」
仲間たちも一緒だ。飛び道具の試作品を携えている。アカリやタダも手を休めて集まってきた。
「シナツさん、大工寮の方で飛び道具をいくつか作ってみました。これから飛距離を測ってみたいと思います。何人か草原の方へ配置してもらえますか?」
「はい。その長い弓は分かりますが、ずいぶん変てこな物もありますね……」
「まあ、見ててください。まずは新型の長弓から……」
おれは矢を番えて思い切り弓を引き絞り、仰角高めに放った。「ビュン」と勢いよく矢が飛び出す。きれいな放物線を描いたけど、百二、三十メートルくらい先に落ちた。測定係が目印の旗を立てる。
――あ、あれ? 思ったより飛ばない……この弓、失敗作?
「シノ、だめね。短い弓でもそのくらい飛ぶわよ。わたしに貸してみなさいよ!」
アカリは新型の長弓をおれの手から奪い取ると、美しい射法で長い弓を引き絞る。空高く向けて矢が放たれたとき、おれとは違って、綺麗に良く響く音が出た。
飛距離は二百メートルを軽く超えた。おれの放った矢の落下位置よりもはるか先に旗が立てられた。
「ふふ、どうよ!」
う、うざい……。アカリは得意満面の笑顔を見せた。アカリに触発されたのか、次はタダが挑戦する。大きな体躯のタダが持つとそんなに長い弓に見えない。豪快に引き絞ると素早く放った。
「わー」「おおー」
周りから歓声が上がる。すごい。飛距離は二百五十メートルを超えたようだ。
よせばいいのにタダがアカリを挑発する。
「アカリ、この弓いいな。まあ、使い手を選ぶけどな」
「ちょっと返しなさい。もう一度、今度は本気でやってみるわ!」
アカリの矢はさっきより少し遠くまで届いたみたいだ。ちょっと悔しがっている。そんなに張り合わなくてもいいのに……。タダが味方だということを忘れているみたいだ。
長弓の試作品は三つあったので、周りのみんなも次々に試射した。
「ねえ、シノ、これ楽しいわね」
「あ、あの……遊んでいるわけではなくて……武器の性能を確かめているところなんだけど……」
「わ、わかってるわよ」
決して遊んでいるわけではないのだけれど、ワイワイガヤガヤと、ちょっとした競技会のような雰囲気になってしまった。特にアカリがはしゃいでいる。
結局、試作した長弓の射程距離は平均すると二百メートル前後だった。まずまずの成績だと思う。ただ、まだ矢羽の付いていない裸の矢を使うと、飛距離はぐっと短くなってしまった。
次に試したのは、投槍器。投げられる槍の方はまだ十分用意できていないので、先を尖らせた丸棒を使ってみた。
まずはおれが使い方の見本をみせる。投槍器を握り、槍の尻を引っ掛け、槍を指で軽く押さえる。槍を引いて後傾し、踏み込みながら腕を振りだす。頭の上あたりの位置で指を離し、槍を真直ぐ前に弾き出した。
槍は大きく震えながら低い軌道で勢いよく飛んでいき、地面に浅い角度で突き刺さった。みんなは槍がこんなに速く飛ぶとは思っていなかったらしく、ぽかんとしている。
二射目は、大きく助走をつけながら仰角高めに放った。槍は高く舞い上がり、百五十メートル先の地面に突き刺さった。測定係が旗を立てる。今度は感嘆の声があがった。
「おおう」「あんなに遠くまで」
アカリやタダも槍投げを試してみたけど、まるでだめだった。
「な、なんで飛ばないのよ!」
「ちょっとしたコツがあるんだよ」
「はやく教えなさいよ!」
「は、はい」
この村の人たちは投げるという動作に慣れていない。槍投げの練習を繰り返してもらうと、何人かは百メートルを超えるようになった。この武器の飛距離は個人差が大きい。取り合えず、平均的な射程距離を百メートル前後と見積もった。
最後に試すのは、投石器だ。こぶしくらいの大きさを詰め、大きく振りかぶって投げるだけだ。おれが試すと、百五十メートルくらい飛んだ。
「シノ、すごいのね。人の力で重たい石をあんな遠くまで飛ばせるなんて……」
「簡単だからアカリも試してみな」
アカリも投げてみた。どすんとすぐ手前に落ちた。
「うぐぐ……」
でも、なんどか繰り返すと、だんだんと飛距離が出てきて、最後には百メートルくらいに届くようになった。ほかのみんなも百メートルくらいなら飛ばせるようになった。
「あはは、シノ、弓も楽しいけど、この石飛ばしも面白いわね」
「あ、あのアカリ?」
「わ、わかってるわよ。でもこれ面白いわ。秋のお祭りで飛ばして競争しましょうよ」
「…………」
――おれは真面目に実験しているのだけど……




