第32話 救援 その二
鬼猿の群れの半数は沈み、勢力の均衡が崩れた。が、敵は決してひるまない。
「シノ君、まえ!」
助手席のサギリが叫んだ。残存する鬼猿の一部が標的をこちらに変えた。何も考えずにこちらに突っ込んでくる。愚かすぎると思ったけど、所詮は猿なのだと思った。
「シノー! やっちゃえー!」
と叫ぶ高い声が後ろの荷台から聞こえた。アカリらしくない台詞に一瞬戸惑ったけれど、いまは気にしていられない。もとより、ブレーキを踏むつもりなんて更々ない。この鉄の塊りで奴らを蹴散らすのだ。
「承知!」
おれは短く答え、アクセルを踏み込んだ。機関の回転数が吹き上がり、一拍おいて車体が加速する。刹那の後、クルマは前方に飛び込んできた鬼猿数頭を激しくはじき飛ばした。
座り込んで動けない避難民の集団が目前に迫る。おれはブレーキを強く踏みながら、ハンドルを切って、クルマを鬼猿と避難民の間に割り込ませた。残りの鬼猿は気勢をそがれたのか、動きが鈍くなった。シナツさんが指示を飛ばす。
「敵を掃討する。各個に射て!」
救援隊は一気に攻勢に移る。射手は思い思いに近くの鬼猿に向けて矢を放った。
アカリは荷台から飛び降りると一番遠くにいた鬼猿に駆け寄り、至近距離から矢を射ち込んだ。「くたばれ!」とか「死ね!」とか「この下等生物が!」とか、妙な台詞を口走っている気がするけど、怖いので聞かなかったことにした。
自立している鬼猿はあっという間に一頭もいなくなった。
数週間前、森の中で襲撃をうけたときは奴らを排除するのにあれだけ苦労したのに、今回はあっさりと蹴散らしてしまった。シナツさんの采配もあるのだろうけど、遠距離攻撃の手段と機動力の組み合わせは強力だと素直に感心するばかりだ。
――すごいもんだな。
おれは秘密兵器を、サギリは止めさし用の槍を手にして、弓の射手を援護しようと構えていたのだけれど、結局、おれたちの出番はなかった。
助かったことが実感できたのか、避難民の一角から歓声があがる。
一方でアカリが何か叫んでいた。
「あーもう!!」
どこか怪我でもしたのかだろうかと心配に思い、急いで近づいた。アカリは、何かとても悔しそうにしていた。聞いてみると、どうやら、白兵戦をやりたかったらしい。弓の先の付けた弭槍を試そうとしたのだけれど、獲物が先にいなくなってしまったのだ。
「あ、あのアカリ、それは緊急時にやむなく使うもので、そういう使い方はやめてほしいんだけど……」
弓のリムをギリギリまで薄くしていること、無理な力をかけると折れてしまうこと、至近距離での戦闘なんて出来れば避けた方がいいことを噛み砕いて説明してみた。アカリは不服そうだったけど、一応は理解したみたいだ。この娘、思ったよりも脳筋っぽいので心配だ。
「ねえ、シノ。じゃあ、ソレ貸して」
アカリは、おれが手にしていた秘密兵器を受け取ると、まだわずかに息のある敵に止めを刺して回った。
秘密兵器というのは、刺股のことだ。
よく不審者対策などで学校なんかに備えつけてあるようななんちゃって刺股ではない。あれはほとんど役に立たない。使い手が不審者よりも体格で優っていないと簡単にひっくり返される。広がった先端の湾曲部を握った者の方が大きなモーメントを生み出せるのだからあたりまえだ。
おれが用意したのはそんななんちゃって刺股とは違う。本物の刺股、狼藉者の動きを封じ込めるための捕具だ。長い木柄の先端に鍬形状の鉄刃を備え、柄の端は掴まれないように鉄釘が植えてある。その見た目、かなり凶悪。
アカリはうすい笑みを浮かべてその刺股を手にしていた。瞳には黒い情念がこもり、口角が上がっていた。
――わっ、怖っ。怖すぎ……
見てはいけないものをみてしまった。アカリは鬼猿に対しては容赦がない。人が変わるようだ。
止めを刺して回るのを手伝っていたサギリもアカリの表情の変化に気が付いたのか、あわてて駆け寄った。
「ちょ、ちょっと、アカリ、顔、顔!」
「えっ?」
暗黒面に出逢ってしまったのに気がついたのかもしれない。アカリはハッと目を見開いて正気に戻った。きょろきょろと周りを見渡す。おれは視線を逸らすのが遅れてしまった。ばっちり目が合ってしまう。
アカリはにっこり微笑んでこちらに近づいてきた。
「ね、ねえ、シノ。わたし何か変だった?」
「えっ、いや、何も見てない。見てないよ……」
そう、あれはきっと見間違いだ。早く忘れよう。怖すぎる。
「ならいいんだけど……」
鬼猿どもは完全に沈黙し、周囲の安全が確かめられた。あらためて避難民をみてみれば、ひどいありさまだった。だれもが憔悴しきっている。特に激しい戦闘にさらされていただろう数人の青年は傷だらけだった。なかでもダイカクさんという大柄な男は腕から血を流している。怪我を負っている。
そのダイカクさんがシナツさんを伴って、おれに近づいて来た。
「若い御仁。私はダイカクという者だ。ご助力かたじけない。心から感謝する」
「シノ殿、こちらはトミサン村の避難民の統率役で、わたしの伯父にあたる方です」
「シノといいます。大した出番はありませんでした。駆けつけるのが遅くなりすみません」
アカリが遠慮がちに割り込んできた。
「ダイカク叔父さん、心配しました。怪我は大丈夫ですか」
「ああ、なんとかな。この程度で済んだのは幸いだったかもしれないな。それより、アカリちゃん、大活躍だね。さっきは雰囲気が違っていたようなのでアカリちゃんだとは気がつかなかったぞ」
「えっ、そうですか? あはは……。それより早くその怪我の手当てをしましょう。こっちに来てください」
「そうだな。頼む」
ダイカクさんは、アカリの亡くなった父ジンの弟だそうで、シナツさんの父の兄でもあるそうだ。若くして長老衆に迎えられたトミサン村の重鎮の一角で、この避難民の集団を率いることを任されたらしい。詳しい事情を聞きたかったけれど、いまは時間がない。シナツさんが話かけてきた。
「シノ殿、みんなの手当が済んだら、早くこの場を離れましょう。何が起きるか分からないです」
「そうですね、急ぎましょう」
避難民の集団と救援隊を合わせた三十人弱がクルマの荷台に乗り込んだ。荷台を拡張したとはいえ、ギュウギュウ詰めだ。護衛役二人は見張りも兼ねてルーフキャリアに登ってもらった。サギリには助手席のアカリの上に座ってもらうことにした。
軽トラの板バネが大きくしなり、車体が沈みこむ。さすがに重量オーバーだ。だけど、タダたちが心配しているはずだ。早く合流したい。
――すまない、相棒。頑張ってくれ。
おれはクルマを南に向けてゆっくりと走らせた。
「ちょっと、サギリ、重いわ。あなたお尻が大きいのよ!」
「えー、そんなこといってもしょうがないじゃない」
「代わってよ!」
アカリがわがままをいっている。それはどうみても無理だろう。アカリとサギリは、身長は同じくらいだけど、ボリュームが違いすぎる。サギリが下になったら、いろいろと潰れてしまい、気の毒だ。
「痛っ!」
思い切り腕をつねられた。アカリはふんと鼻をならし、そっぽを向いた。
「あ、あの、人が大勢乗ってるから、危ないんだけど……」
「だったら、運転に集中しなさいよ!!」
「は、はい。すみません……」
遠くでタダが手を振っているのが見えた。




