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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第三章 異変

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第31話 救援 その一

 平衡錘投石機トレビュシェットの投射実験が成功した日の翌日。


 作業場で一仕事終えて、お昼を食べていると、急に外が騒がしくなった。何人かが村の門前の方へ走っていくのが見える。隣の母屋からサギリが慌てて出てきた。


「シノ君、なにかあったみたい」


 サギリと一緒に門の方へ向かう。途中、アカリとも合流した。村の門前にはすでに人だかりができていた。何人かは、草原の向こうを指さしながら、声をあげて騒いでいる。そちらの方に目を向けると、かろうじて何かが動いているのが見えた。おれはポケットから単眼鏡を取り出し、目に当てた。


 北の岳と西の岳の谷沿いを人がフラフラと歩いている。一人ではない。こちらに向かってきている。


 ――あっ! 倒れたみたいだ。


 少年が一人、少女が一人。倒れた大人の女を起こそうとしている。


「シノ、それ貸して」


 アカリがおれの手から単眼鏡を奪い取ると、三人をじっと観察した。


「あっ! あの女の人みたことある。 トミサン村の人よ!」

「アカリ、あたしにもそれ貸して」


 サギリも単眼鏡を覗いて確認する。


「ほんとだ! あたしも会ったことある」


 少し遅れてやってきたシナツさんがあわててサギリから単眼鏡を取り上げた。


「あれは、シンベとミヅハ」

「シナツ兄さん、それほんとう?」


 少年と少女はシナツさんとアカリの知り合いらしかった。


「シノ殿、クルマを出してください。助けに向かいます」

「は、はい」

「わたしもいくわ!」「あたしも!」


 シナツさん、アカリ、サギリを乗せて、ざっと二キロ先にある北の岳の麓を目指し、クルマを走らせた。トミサン村の村人三人に向かってどんどん進む。相手の顔が見える距離まで近づいた。村人三人はこの世の終わりを迎えたかのような絶望の表情を浮かべている。


 ――ん? ああ、このクルマのせいか……


 おれは怯えさせてしまったことを申し訳なく思いつつ、村人三人の少し手前でクルマを停車させた。シナツさん、アカリが村人三人に急いで駆け寄る。


「シンベ! ミヅハ! だいじょうぶですか?」

「シンベくん! ミヅハちゃん! いったい何があったの?」


 少年少女は、シナツさん、アカリを見ると、安心したのか倒れ込んでしまった。二人に抱えられていた大人の女がやっとのことで口を開いた。


「た、たすけてください。村が襲われました。みんなが……」


 それだけいうとその女も気を失ってしまった。シナツさんの表情が今まで見たこともないほど険しくなった。


「たいへんなことが起きているようですが、状況がよく分かりません。いったん、村に戻りましょう」


 おれたちはすぐさま三人を軽トラの荷台に乗せ、村へと戻った。倒れ込んだ三人を村の集会所に運び込む。三人のうちの少年シンベくんがいち早く正気しょうきづいた。水を飲ませて落ち着かせると、恐ろしいことを口にした。


「シナツ兄さん、お願いだ。村が……」


 おとといの昼上がり、この村の北に位置するトミサン村が突如、鬼猿おにざるの群れに襲われた。その数、一千以上。これを退けることなど不可能で、村の男たちは、女子供を逃がすのに精いっぱいだったらしい。村の壮年の男たちは村にとどまって囮となり、避難集団の殿しんがりを務めた村の青年たちも次々に倒れた。村の長老衆は自ら囮となることを引き受け、来た道を戻っていったという。残った少数の精鋭が、隘路あいろを利用しながらかろうじて鬼猿の追撃を振り切った。


 それから、トミサン村から脱出した集団約百五十人は、夜の暗さを利用して北の岳と西の岳の谷沿いを休まず南下し続け、このアラメ村を目指した。しかし、この村の近くまで来たところで、多くの者が力尽き、それ以上動けなくなってしまった。


 草原近くまでたどり着いた三人は比較的余力があった者たちで、救援を求めるため先行していたらしい。


 アラメ村全体に緊張が走る。シナツさんは平静を装っているけど、動揺を隠しきれていない。が、青年団の団長として、すぐさま、毅然と判断を下した。


一刻いっこく猶予ゆうよもない。直ちに避難民の救援に向かう。タダは護衛役の弓使いを十人招集。急げ!」

「ああ、わかったぜ。シナツ」


 タダが素早く反応し、青年団から選りすぐりの弓の名手を集め始めた。


 アカリとサギリは救援隊への参加を申し出た。


「シナツ兄さん、わたしも参加させて。避難民を世話するのに女もいた方がいいわ」

「団長さん、あたしもお願い。弓は使えないけど、シノ君からもった槍があるわ。絶対に役に立ってみせる!」


 シナツさんは一瞬躊躇ったが、二人の参加を了承した。


「シノ殿、クルマをお願いします。乗車場所はここ」

「はい、いったん作業場に向かい準備してきます。五分以内にここに戻ります」


 おれはクルマを駆って作業場に戻った。一緒に乗っていたアカリとサギリは一旦家に向かった。


「カグヤちゃん、すぐに発電機を起動して、テーブルソーの電源を繋ぐんだ!」

「は、はい。わかりました」


 アカリとサギリが作業場に戻ってきた。


「二人とも武器は持った?」

「「もったわ!」」


 サギリは槍を手にしている。


 アカリは、新型の弓、大月像おおつきがたと名付けたその弓を携えていた。


 その先端には、二、三日前にちょうど出来上がったばかりの弭槍はずやりが被せられていた。そのままでは危なそうだったので、おれが鞘を作った。そんなものつけてどうすんだと思わないわけでもなかったけど、アカリは満足そうだった。単にサギリと張り合いたいだけのように見える。


「シノ君、なにをしてるの?」

「即席の武器を作る!」

「シノ、そんな時間ないわよ」

「だいじょうぶ、三分もあればじゅうぶん!」


 おれは握りやすい細めの黒竹を五本ほどかき集めて、テーブルソーの傍らに放り投げた。そして、高い回転音を響かせる丸ノコに次々と黒竹の根元側を押し当て、その先端を鋭角に落としていく。この処理を終えたところで、二分三十秒経過。


 ――ここまでか……


 仕上げはサギリに頼むしかない。


「サギリ、このバーナーを預けるから、移動中にこの黒竹の先端をしっかり炙ってくれないか。少し焦げるくらいでちょうどいい」

「わかった! でも、シノ君。この棒なんなの?」

「あとで説明する。さあクルマに乗って!」


 おれが作っていたのは竹槍だ。太平洋戦争当時の日本国の決戦兵器。バカにする人、笑う人がいるかもしれない。でも、おれはそうは思わない。竹林で切り株を踏み抜いたことのある人はその鋭利さを知っているはずだ。人間は厚い皮を纏っているわけではない。ずっと周囲を警戒し続けることができるわけでもない。油断しているところをブスっと突き刺されたら、致命傷を負うこともあり得る。竹槍は少なくとも人に対しては十分な殺傷能力があるのだ。しかもこの世界の黒竹はやたらと表皮が堅い。青銅に匹敵するのではないかと思うくらいだ。それに炙れば、より強固になる。だから、鬼猿にも有効だと考えた。


 これら五本の竹槍を軽トラの鳥居に固定した。それから、おれはこんなこともあろうかと準備していた秘密兵器を作業場から持ち出し、同じようにして鳥居に取り付けた。長物ながものが客室後方にずらっと並んだ。


「シ、シノ君、この凶悪そうなもの何?」


 サギリはおれの用意した秘密兵器を見て露骨に顔をしかめた。アカリはなぜか目を輝かせている。


「ん、あとで説明する。急いで集会場へ行こう!」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、気を付けて下さい!」


 カグヤちゃんが心配そうにおれたちを見送った。集会場前には、もう半数近くの護衛役が集まっていた。みんな弓と矢筒を手にしている。タダが荷車を引っ張ってきた。


「おい、シノ! こいつも積み込む。シナツの了解はとってある」


 タダは機転を利かせて、荷車を二台準備していた。この二台はたしか改良型で、車輪も車軸も十分な強度を持たせてある。仮に人を乗せることになっても十人くらいまでなら大丈夫なはずだ。


「ああ、わかった。手伝う。縦向きにして荷台に乗せよう」


 おれの軽トラの荷台は、数週間前に改造を施したところで、木材を運搬するため、荷台床を一メートルほど延長してあった。荷車二台と護衛役十人あまりが乗り込んでも少し余裕がある。水や食べ物も念のため搭載した。


 「シナツ、乗車完了だ」


 タダが、出発準備が整ったことを告げる。シナツさんの指示から十分足らずだ。シナツさんは村に残る青年団にも指示を与えた。


「青年団は村中の武器を集め、周囲を警戒。よろしく頼む」


 青年団が力強く呼応する。


「シノ殿、では出してください。出発!」



 おれは、草原の起伏に車輪をとられないように慎重に、でもできる限り速くクルマをとばした。北の岳に達した後、西側の谷沿いを進んだ。十キロくらい北上したところで、助手席に座るアカリが何かを見つけた。


「人よ! 大勢いる。シノ、眼鏡貸して!」


 アカリはおれの胸ポケットから単眼鏡をひったくるように奪うと、目に当てて前方を中止した。


「おかしいわ。こっちに向かって走ってきている。何か逃げているように見えるわ」

「アカリ、状況を後部に伝えて!」


 アカリは窓から身を乗り出し後ろに向かって大声で叫んだ。伝わったようだ。荷台のみんなも立ち上がって前方の集団を視認した。避難民の集団の間近まで迫り、相手の顔がはっきりと見えるほどになった。


 避難民の多くはこちらの姿を認めると、絶望の表情になり、足を止めてへたり込んでしまった。完全に心が折れてしまったようだ。


 ――あぁ、ごめんなさい。


 相棒の姿形が奇怪きっかいなせいだ。避難民たちからみれば、それがものすごい速さで迫ってくるのだ。恐ろしくないはずがない。おれは避難民の集団の少し手前でクルマを停車させた。シナツさんたちが弓を携えて荷台から飛び降り、避難民の元へ駆けつける。


 集団の先頭にいた四十代くらいの女性が立ち上がった。シナツさんを認めて表情に生気が戻る。


「シナツくん!」

「伯母さん、よくご無事で」


 その女性はシナツさんの親族だった。


「シナツくん、助けて……みんなが、夫たちが……」


 シナツさんの伯母は、緊張の糸が切れたのか、いろいろな感情が込み上げてきたらしく、むせびび泣いた。


「この先に鬼猿の群れ……夫のダイカクが残りました。動けない者が大勢。助けて……」

「ダイカク伯父さんが! 襲ってきたのは何頭ですか?」

「二十くらい……」


 それだけ聞くと、シナツさんは次の行動に移った。


「タダ! ここに護衛を四人残す。指揮を頼む。周囲を警戒すること」

「お、おう、分かった」

「残りの者は直ちに乗車! 鬼猿の討伐に向かう。荷車はここに放棄。急げ!」


 おれは即席で作った竹槍をここに残すことにした。


「タダ、危なくなったらこれも使え」

「ああ、シノ、おまえも油断するなよ」


 荷車と人を半分降ろした軽トラックはさきほどよりも軽快に進んだ。谷が大きく湾曲していて、先の様子が分からない。けれど、獣の叫び声と人の怒号が風に乗って届いた。


「シノ! 見えた! あそこ!」


 岩場を背にして、二十人ほどの集団が二十頭ほどの鬼猿の群れと対峙している。だが、人の集団の半数以上は動けない。青年数人が動けない者を庇うように囲い、果敢に鬼猿に立ち向かう。棒切れをもった若い女数人が懸命に鬼猿を退ける。大柄な男がみんなの前に出て、山刀やまがたなを振るっていた。これがたぶんダイカクさんという人だろう。


 ――まずい。劣勢だ。押し込まれるのも時間の問題。


 交戦現場まで五百メートルを切った。しかし、鬼猿への射線上に人の集団がかぶり、この進入針路だと弓を射ることができない。おれは射線が人から外れるようにクルマを占位させる。


「シノ! わたしも攻撃に加わるわ」


 アカリはそういうと窓から荷台に飛び移ってしまった。代わりにサギリが助手席に乗り込んできた。


「へへ、シノ君、よろしくね!」


 ――まったく、このたちは……


 かなり速度が出ているのに危ないことをする。交戦現場まで二百メートル…百五十メートル……。もう少し行けば、人が射線から外れる。


 シナツさんが弓を構えるよう命じた。ついに交戦現場まで五十メートルを切った。鬼猿の群れの半数を直接狙える射線上に捉えた。必中距離だ。おれは少しだけ速度を落とした。シナツさんが射撃開始を令する。


「よーい、射て!」


 立射りっしゃ座射ざしゃの八人の射手いてから矢が一斉に放たれた。複数の鬼猿を射抜く。目標がかぶったのか、人気が集中した数頭からは断末魔の悲鳴があがった。


「射て、射て、射て!」


 二射目、三射目の斉射も鬼猿を貫く。あっけなく、十頭が地面に崩れ落ちた。


「ダイカク伯父さーん!」


 シナツさんが大声で呼びかけた。そう呼ばれた大柄の男はこちらを見て一瞬怪訝な表情を浮かべが、見知った人の顔と認め、わずかに口角を上げた。


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