第30話 製麺器と平衡錘投石機
おれがこの村に来てから三週間ほどが過ぎた。
アカリに「パスタ」を作ってほしいと頼まれた。きっかけは何だったか? そうだ、おれのいたところで人気のある食物の話題になって、小麦を使ったもので何かパン以外のものはないかと聞かれたからだった。
この地方の小麦はタンパク質が多めで、強力粉に相当するのは間違いない。だからパスタをつくれないだろうかと考えてみた。おれが知る限り、この村にはまだ麺料理はなさそうだった。ただ、生地をうすく叩きのばして帯状のものを作り、それを重ねてパイのようにする料理はあった。
あと、もう少しで麺のかたちにたどり着きそうなものだけど……。細切りにした生地を茹で上げるという発想はなかなかでてこないのかもしれない。だから、パスタ料理を紹介したのだけれど、アカリが予想以上に食いついた。
「はやく作って!」
「ちょっと、待って。まず必要な道具をつくらないと……」
日本でよく食べるパスタといえば、代表的には、幅があって平べったい平打ちパスタと、長細い円柱状のスパゲッティがある。平打ちパスタは、生地を二つのローラーで圧延しながら短冊状に細断してつくる。スパゲッティは、いくつもの穴が開いた蓋がついた筒の中に生地を入れ、押し出してつくる。ローラー式の製麺器は機構が複雑そうだ。簡単な押し出し式の製麺器を試作することにした。
ボール盤のドリルを金属用のものに替え、適当な金属の円形平板部材に複数の穴をあけた。その金属部材を太めの竹筒の先に取り付けた。押し出しには筒の径に合わせた丸棒を利用してみる。
アカリの母イズノさんにパスタの生地を用意してもらった。さっそく筒に入れてスパゲッティ作りに挑戦してみる。だけど、生地のコシが強すぎて、ちょっと力を込めたくらいでは生地が出てこない。そして、体重をかけて無理やり押し出したら……
「あっ、飛んだ」
先端の穴あき金属部材が外れてしまった。失敗だった。この地方の小麦、強い、強すぎる。グルテンの弾力を舐めていた。何か、ねじの機構などを使って一定の力で少しずつ押し出した方がよさそうだ。筒の内側も真円にしないと押し棒との間に隙ができる。
「ねえ、ちょっと、壊れちゃったじゃない! だめじゃない! 食べ物を無駄にしないでよ!」
アカリは楽しみにし過ぎていたのか、この結果にたいそうご機嫌ななめだ。
「ご、ごめん……」
「アカリ、そうカリカリしないで。生地はパンにするから大丈夫よ」
「あっ、そうだ」
おれは、筒の中からなんとか生地を取り出して、まな板に置いた。そして、押し棒に使っていた丸棒を使い、生地を伸ばした。薄くできたら、麺生地のできあがりだ。それに小麦粉を軽く振りながら、何層かに折りたたんで重ねる。包丁で一定の幅に切り、最後に軽くほぐして小山に分けた。
少し不揃いだけど、平打ちパスタらしきものが出来上がった。最初からこうすればよかった……。
「これでどう? 一応はできたよ」
「これがパスタ? 何よ、簡単にできるじゃない!? あなた半日もかけてその道具をつくってたけどなんなのよ」
「おれが作りたかったのは断面が丸い形のスパゲッティなんだ」
「丸かろうが、平たかろうが、そんなのどっちだっていいじゃない。たいして変わらないでしょ! ほんとにバカね!!」
――イタリア人に聞かれたら、怒られるぞ。
たしかにおれも麺の形状でどういう違いが生まれるのかよく知らないけど……
完成したパスタをゆでる。その間にイズノさんがソースをつくってくれた。きのこと燻製肉と香味野菜を軽く炒めて、塩で味を調えたシンプルなものだ。残り少なくなった持参の醤油も隠し味にとちょっぴり垂らしてもらった。
さっそくみんなでいただくことにした。アカリの妹、カグヤちゃんは今、平衡錘投石機の最終調整につきっきりだ。あとで一皿差し入れすればいいだろう。
「「「いただきます!」」」
「シノ、これ、とても美味しいわね」
「香ばしくていいな。いくらでも食べられそうだ」
「ちゃんとシノくんの思っていた料理みたいにできたのかしら?」
「ええ、はい、思っていた以上です。バターがあればもっと美味しくなるかもしれませんが」
「ご近所さんが牧場を広げて牛を増やすように頑張っているそうよ。そのうち手に入るかもしれないわね」
「楽しみです」
アカリはといえば、おれたちの会話などお構いなく、もくもくとパスタを食べ続けている。
「シノ、これ、本当に美味しいわね。また作ってね!」
「なんだよ。作り方みてただろ。簡単にできるから次はアカリがやってみろよ」
「なによ! けちね。わたしが不器用なの知ってるでしょう? こんなに細く切れないわ」
「さっき形なんてどうでもいいとか言ってなかったか?」
「どっちでもいいとは言ったけど、どうでもいいとは言ってないわ! 決められた正しい形があるんでしょう?」
――ああ言えば、こう言う。かわいくない。
「幅広のパスタもあるにはあるぞ。おれはアカリの極太パスタを食べてみたいな」
「うるさいわね! 作ってくれてもいいでしょう? いじわるね」
「あらあら、二人とも仲がいいわね」
「ち、ちがうわよ」
アカリが照れくさそうにうつむき、頬を赤くした。なんだか可笑しくて笑っていると、カグヤちゃんが息を切らしてやってきた。
「お兄ちゃん! できました! 組みあがりました。これから投射実験をするので来て下さい!」
「カグヤ、やったわね。シノ、行きましょう!」
とうとう平衡錘投石機が完成したらしい。カグヤちゃんはここ数日、投石機の組み上げにかかりっきりだった。とても興奮しているみたいだ。
おれは、アカリとカグヤちゃんに急かされながら門前に移動した。
「おおー!」
完成した投石機は、こうして間近で見れば、巨大だった。いや、図面をひいたのはおれだから大きさは分かってたんだけど――。
とにかく、思ったよりも重厚で迫力がある。投射腕は十メートル弱。架台の高さは七メートルちょっとだ。投射腕の支点の軸は中央から三メートルほどずれた位置に収まっていて、投射腕は発射体側と錘側の長さの比がざっと四対一の天秤となっている。
錘側には錘箱がつるされていて、だいたい千五百キロの石を錘として詰める。発射体側にはスリングが取り付けられている。スリングにはだいたい百五十キロくらいまでの岩石を搭載する予定だ。細かい計算なんかはとてもできなかったので、どこまで載せれるかは、実際に試してみないと分からない。
スリング索の一方は単にガイドに掛けてあるだけだ。錘が下がると発射体が引っ張られ、スリング索の長さを半径とした円運動を始める。発射体には遠心力がかかるので、ある一定の位置でスリング索の一方が解放され、スリングから離れた発射体は放物線を描いて飛んでいく仕組みだ。
まずは最初の実験としてスリングには大人一人分くらいの岩を入れてみた。錘を人力だけで上げるのは大変だ。軽トラに装備している電動ウインチと滑車を併用してみた。錘箱が上がっていき、投射腕が徐々に降りてくる。錘箱をいっぱいまで上げると、投射腕を索で固定した。
発射準備が整った。責任者のカグヤちゃんが秒読みを開始する。周りのみんなも声を揃える。
「…………5、4、3、2、1、放て!」
投射腕を固定していた索が放たれ、錘の落下で巨大な梁が回転していく。スリング索が勢いよく引っ張られ、投射腕先端を中心として発射体が円運動を描き始めた。最高点をやや過ぎたあたりでスリングが解放された。岩がスリングを離れ、草原に向かって高く放り投げられる。岩は、仰角高めで放物線を描き、ざっと百五十メートル先の地面にドスンとめり込んだ。
「「わー!」」
アカリもカグヤちゃんも歓声をあげた。村のみんなも歓声をあげた。
スリング索の長さを調整すれば、もっと遠くまで飛ばせるかもしれない。
はじめは「こんな役に立たないものどうすんだ」とも思った。けど、こうして村のみんなはよころんでいる。よかったと思った。
アカリは興奮が収まらないのか、もう一度飛ばそうとカグヤちゃんに迫っている。カグヤちゃんはちょっと困り顔だ。
――まったく、どちらが姉か分からないな……
みんな賑やかだ。村の熱気はしばらく覚めそうもなかった。
その日の晩。
適当な理由をつけてアカリを呼び出し、水路のところまで来てもらった。渡したいものがあったのだけれど、イズノさんやカグヤちゃんの前では照れ臭かったからだ。
日が沈んだあとの湖は昼間とは違った感じがする。少し冷たい印象を受けた。風があるのか湖面が少し揺れている。
南の空に半月が浮かぶ。この世界に飛ばされてきたときは満月だった。今夜は下弦の月、きれいな弓張月だ。月の光が湖面を照らし、キラキラとはね返った。
「どうしたの?」
「ちょっと、贈りたいものがあって……これ、遅くなってごめん」
おれは深緑色に透き通る瑪瑙のペンダントをアカリに手渡した。十日ほど前にサギリに贈ったものとは違ったデザインにした。大きな円に小さな円の孔を穿ったものだ。小さな円の孔は大きな円の中心からは偏っていて、革紐を通してある。アカリは手にしたペンダントを見て、少し驚いた顔をしている。
「アカリ、どう、かな? 思っていたのと違う?」
「…………」
アカリはペンダントを見つめたまま、固まっている。
「アカリ?」
「えっ、あ、ありがとう。こんなの見たことない――」
アカリはさっそく首にかけた。アカリがぎこちなく笑う。だいぶ一緒にいたので、照れているときの癖だと分かった。
「シノ、どうかな? 似合ってる?」
「いいと思うよ。アカリの瞳の色にもよく合ってる」
アカリは少しピクッとして、少しの間黙り込んでしまった。
「あ、あのね。シノ」
「なに?」
「……ううん、なんでもないわ……これ、大切にするね」
この世界に来てざっと三週間。慌ただしかったけれど、いろいろなことができた。みんなには親切にしてもらい、周りには笑い声があった。
道具もだんだんとそろってきた。生活も少しずつ便利になり始めた。おれの物づくりが少しでも役立っているようでうれしい。村の雰囲気も少し変化が見え始めている気がする。いろいろな作業の効率が上がってきたので、きっと、こころに余裕が生まれたのだ。
この村の技術水準を二百年ほど先に進めることができたんじゃないかと思う。うぬぼれかもしれないけど、胸を張ってもいいと思った。
おれは、おれのやり方でこの村の発展に力を尽くしていく。ついでに、おれが守人さまだなんて勘違いが消えてくれたら万々歳だ。そして、こんな穏やかな暮らしがいつまでも続いていけばいい。心の中でそう考えていた。
この日まで、たしかにそう思っていたのだ。
~二章おわり~




