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ランカーズエイジ  作者: 朝倉牧師
怒涛の文化祭編
83/98

文化祭の下準備

日常の話になります。

楽しんで頂ければ幸いです。


 九月十四日、午後四時二十七分。



 既にこの日の放課後から永遠見台高校(とわみだいこうこう)では文化祭の準備などが始まっていた。


 安全区域に移行した元廃棄地区に軽トラを走らせて木や竹などの伐採許可をとって文化祭の材料を確保しようとするクラスや部、その()()()高純度魔滅晶拾い(ハイエナ行為)をする者もいたが、その一部は文化祭の材料費などに充てられていた。


 大道具を必要とするようなテーマを選んだクラスや部などは余裕をもってこの時期から少しずつ作るのが恒例となっていた為に、食では無く行楽を選んだクラスや部などは大道具や小道具など作成する物が多く、部員やクラスの文化祭実行委員などは放課後は準備に大忙しだった。



 こうして事前に行動を開始するのはまず二年や三年のクラスで、永遠見台高校(とわみだいこうこう)の文化祭の気合の入り方を理解した一年が後で慌てて準備に入るのも恒例となっている。


 特に今回は情報技術部部長瀬野(せの)右三郎(うさぶろう)が文化祭を盛り上げる目的とはいえ裏でいろいろ動いていた為、それに一口乗ったお調子者達は様々な準備をはじめていた。




◇◇◇



 九月十四日、午後四時四十三分。



「えっと、頼まれていた移動式石釜が届いたんだが、何処に設置する気だ?」


 凰樹(おうき)はBBQ大会の時に報酬として購入を約束した移動式の石釜が届いた事を調理部の部室まで知らせに来ていた。


 この程度の雑務であれば楠木達に任せても良いのだが、特にする事の無い楠木や荒城たちはこの日の部位活動には参加せずに近所の商店街でカラオケ勝負に向けて練習を続けている。




 また、楠木達だけが練習をするのは公平ではないと主張した神坂(かみざか)はクリスティーナ、霧養(むかい)、伊藤と共に同じ系列の別のカラオケ店へ誘っていた。


 神坂の言う事にも一理あり、凰樹は四人を咎める事無く送り出している。



 その為、わざわざ部長の凰樹自ら調理部の部室まで連絡をしに来たという事だ。



「え? もう届いたんですか?」


「ああ、思っていたより結構デカいんだな。あんなのを五台も部室内に置けるのか?」


「はい。一台だけなら……、って五台?」


「あ、凰樹さんがいいって言うから台数増やしたんですよ~♪ 小型一台だとイベントとかでピザなんて焼けないし、焼きプリンなんかも作りにくいから~♪」


「小さい? あのサイズが小型なのか?」


「…………なんだか予想より大きなのが届いたみたいね。組み立てると小さいって訳じゃないみたいだし、とにかく実物を確認しましょう」



 嫌な予感がした夜篠(よしの)は数人の部員を引き連れて、GE対策部の倉庫に向かう事にした。




◇◇◇




 調理部部長の夜篠(よしの)碧依(あおい)と調理部の駄女神鹿波(かなみ)美雪(みゆき)、調理部の氷の妖精井野上(いのうえ)涼子(りょうこ)、調理部の砂糖の妖精芙実月(ふみつき)杏子(あんず)達四人が凰樹と共にGE対策部の倉庫まで足を運ぶと、そこには一台三十万ポイントほどする高級移動式石釜が五台並べられていた。


「最高級の移動式石釜……。これより大きいと設置型になるから実質最大級だわ」


「凄い!! これ思ってた石釜より数段上の高級移動式石釜だよ!! 仕切りは三段まで可能で内部がこ~んなに広々してる~♪」


「これがこんなにあれば……、ピザもお菓子も焼きたい放題!!」


「大・勝・利!! いえ~い♪」



 いつも通り鹿波、井野上、芙実月が抱き合った後でハイタッチから続く一連の奇妙な踊りを披露し、「ほんっとうに重ね重ね申し訳ありません」と夜篠が凰樹に謝罪する流れも結構見慣れた光景となりつつあった。


 もし仮にこれを調理室に移動させるとしても排気は窓に煙突を出せば解決するが、調理部の部室には設置スペースは一台分しか確保されていない。


 正直、夜篠もあの時の報酬の一部として買って貰えると思っていた機種は一台が五万円ほどの移動式小型石釜だと思い込んでいた。


 まさかこのクラスの高級移動式石釜を報酬で五台も買って貰えるとは思ってもおらず、せっかく手に入れた五台もの高級移動式石釜のうちの四台をみすみす手放すなど、やり手部長の夜篠が許す筈もなかった。



「とりあえず、一台だけ移動させますので、残りは此処で預かっていていただけませんか?」


「まあ、倉庫は広いからいいが、あまり長期になると流石に困るぞ」


「一週間程で何とかします。流石にこのクラスを五台置くと調理室で事故が起きかねますので……」



 換気の問題もあるし設置スペースにも限界はあるが、夜篠は全力で()()をなんとかする方法を考え、それをすべてクリアした幾つかの案を脳内で考えていた。


 問題は保管の方が大きく、このサイズの移動式石釜をずっと置けるだけのスペースは流石にそこまでありはしないからだが。



「あと、こっちはついでだが、スパイス類、アーモンドやナッツなどの嗜好品関係、砂糖やザラメ類も届いてるぞ。嗜好品は五キロ、砂糖類は各五十キロ程度だが」


「この箱がそうですね~♪ え? こんな品質のナッツ類やスパイスが今でも手に入るんですか?」


「砂糖やザラメも凄いよ。こんなのこの辺りだとスーパーでも売って無いレベルだし」


「アーモンドとか、これがあればアイスやお菓子のトッピングにもできるし、色々夢が広がるよ♪」



 小麦粉もそうだが、砂糖やスパイス類も一般的に流通している物に比べて数ランクは上の品質の物が揃っていた。


 流石に凰樹の名で発注されたモノに紛い物はもちろん低品質の物をひと欠片たりとも混ぜる訳にはいかず、手配した担当者も心血を注いで商品を揃えた上で何度も品質などをチェックしている。




「こんなの私達が寿買(じゅかい)で注文しても、高いだけで形だけのとか低品質のが結構届くんですよ!! おかしいですよね」


「レジェンドランカーの権限って凄いのね……」


「まあ、それくらいの事はやって来たつもりだ。功績に対する報奨無くして働く者は少ないだろうからな」



 それくらいの事……というには十分過ぎる活躍だが、最悪、この広島第二居住区域に凰樹達がいなければ、先日のリビングアーマー装備のアラクネ型W・T・F発生の時点で最悪この国は終りを迎えていたかもしれない。


 首都で発生したW・T・Fや山口で発生したW・T・Fはレベル一の環状石(ゲート)から出現している為に日本を壊滅させるには時間がかかると思われるが、リビングアーマー装備のアラクネ型W・T・Fであれば建築物を破壊しながら日本中を荒らし回り、居住区域をひとつ残らず廃棄地区へと変えてゆく事だろう。



「そういえば学級新聞にも載ってたけど、今度勲章貰うんだっけ? 表彰場所は公民館って聞いてるけど」


「どれ貰うの? 黄金の翼勲章? 銃騎士勲章?」



 黄金の翼勲章は活動している居住区域以外の地区を幾つも救った者に送られる勲章で、壊滅寸前の居住区域への救援要請などを何度も引き受けて窮地を救ったAGEや守備隊員などに送られる勲章だ。


 銃騎士勲章は主に籍を置く居住区域で多大な功績をあげた者に送られる勲章だが、籍を置く居住区域で長年活動を続けた守備隊の隊長クラスや元トップランカーに贈られる事もがある勲章ではあるが、実際に贈られた例は過去に数人しか存在しない。



「でもでもっ、勲章って事ならあの十五の環状石(ゲート)破壊とかの領土奪還勲章じゃない?」


「W・T・Fの領土奪還分も考えればそれが妥当かな?」



 領土奪還勲章はその名の通りで、環状石(ゲート)を破壊して廃棄地区を奪還した者に贈られる勲章だが、過去には防衛軍以外で環状石(ゲート)の破壊に成功した者など皆無で、勲章の授与はこれが史上初となる。



「その三つは全部だな。他にもいくつか貰えるらしいが」


「え?」


「全……部?」



 なお、個人で勲章を二つ以上獲得した例など過去に一つも無く、ひとつでも勲章を贈られれば生涯国の手厚い保障が約束され、老後は年に一千万円以上の年金が受給できるという話だ。


 既に五千億ポイント以上稼いでいる凰樹にはあまり意味の無い話でもあるが……。



「三つ全部ってのも凄いけど、他にもって、()()()護国の宝剣勲章じゃないよね?」


「まっさか~、そんなわけナイナイ。あれって救国の英雄に贈られるって名目で作られた単なるお飾りなんでしょ? 付随する権限が凄すぎて現実味が無いって」


「実際何やったらあれ貰えるのか教えて欲しいよね~♪」


「「「あはははははは……」」」



 鹿波たち三人は笑いながらお互いに肩を叩き合っていたが、ちょっとと視線を逸らした凰樹を見て、思わず喉を鳴らしていた。


 何をやれば貰えるのか、それを実際にした人物が其処にはいるのだが……。



「マジなんですか?」


「まあ、流石に授与は今月の十八日じゃないけどな。とりあえず正式な発表が国からあるまで口外しないで貰えるとありがたい」


「大丈夫、流石にそこまで命知らずじゃないから」


「うんうん、言いふらしたら次の日には行方知れずか、事故死確定だろうな~」



 勲章の授与自体は確定しているので、別に口外しても咎められる事は無いし、裏の勢力に処理される事も無い。


 しかし、凰樹とそこまで話が出来る関係という事を聞きつけた報道関係者に、自身の情報からなにからを一から百まですべて洗いざらい聞き出される事だろう。



「あと、文化祭で焼きプリンとか言っていたが、卵とかも頼んだほうがいいか? 生クリームとかも俺が頼めば十分な量が確保できると思うが」


「い…いいんですか? 杏子、必要な量を後でGE対策部に届けて貰えるかしら?」


 調理部部長の夜篠はこういったチャンスは見逃さないし、利用する人物が信用に足るかどうかの見極めを外したりはしない。


 凰樹の人柄もすでに完全に把握しており、『怒らせると怖いのは理解できるけど、そこに手を出さなければかなりおおらかな人』という所を見抜いていた。



「りょうっか~い♪ 盛ります?」


「それを此処で言うかな? 盛って貰える?」



 盛るとは、材料を予定分より多く発注するかどうかの暗号で、夜篠達ならば凰樹が手配してくれるというのであれば普通に入手できる量では無く最大限の量を発注する事だろう。



「材料を無駄にしないのであれば、量はいくらでも構わない。代金もこっちで支払うから代わりに部室に幾つか焼きプリンやケーキを届けてくれると助かる」


「それはもっちろん!!」


「ケーキやアイス類はここの倉庫の冷蔵庫にも保管するけど、そことは別に用意しておくね♪」



 どんなに増量しようと購入にはかなりの時間が必要な事を理解している為、そんな場所に長時間滞在すればどうなるかも十分に理解している凰樹は、調理部に迷惑をかけない為にも事前に入手する方法をいくつか考えていた。


 凰樹の方も調理部部長の夜篠や鹿波達の性格をすでに十分過ぎる程把握しており、条件次第ではどうとでも交渉できる相手だという事を理解している。



「五台もあるから焼きプリンだけじゃなくてピザも焼いちゃう?」


「美味しいだろうけど、流石に……」



 現時点ではチーズが高価な事もあるが、流石に文化祭でピザを売り出すのはリスクがあり過ぎる。


 移動式石釜の排気問題や焼く人間や実際に販売する人間などで余計に人手を取られる事が痛手で、そんな事をする位なら作り置きできて当日は売りに専念できるメニューの方が魅力的ではあった。


 ピザは別の機会にすればいいし、出来ればそれはもう少し寒い時期のほうがいいだろう。



「こんな熱い時期に長時間石釜でピザ焼く部員はあまりいないかも」


「ピザは冬になってからかな……」




◇◇◇



 無事に調理部の部室に一台だけ移動式石釜を設置した凰樹は、その帰りに情報技術部の部室に立ち寄った。


 しかし、部長の瀬野は既に文化祭の準備を終えて何処かに姿を晦ませており、今回も何か騒動を巻き起こそうと考えているのは一目瞭然だ。



「情報技術部は今回もまた手抜きのコンピューター占いか。しかしあのクラスのパソコンとプリンターをメンテするのもかなり手間だろうに」



 用意されているコンピューターは三十年以上前の動いているのが不思議な位の代物で、ディスプレイに至っては今は完全に見なくなったブラウン管方式の物が用意されている。


 プリンターも今主流になっている様なインクジェット方式の物では無く、ドットプリンターに白い連続用紙がセットされており、そこに目の粗いドットで♡とхが書き込まれる様になっていた。



「手抜きでは無く、伝統だがな。永遠見台高校(とわみだいこうこう)の創立以来、このコンピューター占いは我らが情報技術部の手により毎年続けられている」


 いつの間にか至近距離に足音を消して近付いてきた瀬野が姿を現していた。


 瀬野は諜報能力に長けており、この男が本気になれば忍び込めない所など無いとまで言われている。


「まったく、今の俺に音も無く近づけるのはお前位だろうな。お前がGE対策部にいてくれたらと何度思ったか」


「その件は何度も断っているがな、同志凰樹よ。GE対策部には今でも十分な人材が揃っているだろう」


「まあな、揃い過ぎてて怖い位だが、もう少し育ってくれんと困る事も多いぞ」



 最終的に凰樹は神坂や荒城辺りには来年以降の新人を組み入れて部隊を率いて貰えればと思っている。


 今後ランカーズの戦場が広島県全域に及んだ時、一か所ずつ攻略していては埒があかないからだが。



「まあそんな先の話はともかく、文化祭で何かやらかすつもりだろうから少し忠告にな」


「ほう、同志凰樹が今回は敵に回ると?」


「そこまでは言わんが、俺の周辺にいるSPや防衛軍の兵士どもは加減を(わきま)えん可能性がある。まあ、この位お前に言う必要も無いだろうが」


「なに、怪我人を出すような真似はせんよ。いつもやらかすのは悪乗りした馬鹿どもだけだ」



 瀬野が何かを始めた時、それに乗じて騒ぎを拡大させる生徒が多くいる。


 大体は祭りの後に後悔する事になるのだが、輝かしい青春の一ページに大きな花火が映っているワンシーンを残したい者は意外にも多かった。




「そいつらはまあ自業自得で良いだろう。この位の事は忠告するまでも無いとは分かっていたが」



 ここまでの会話がただのあいさつのような物で、その話自体には特に意味は無かった。


 忠告という言葉と、幾つかの情報をお互いにやり取りしただけに過ぎない。



「で?」


「蟻が邪魔だ」


「なるほど……、心得た」


「じゃあな」



 他人が聞いても何のことかわからない会話。


 しかし、付き合いの割と長い凰樹と瀬野ではそれだけで十分だった。



 こうして文化祭の準備は着実に進められ、当日、お祭り騒ぎをしたい生徒は部やクラスの準備だけでなく、様々な仕掛けを作り始めていた。





読んで頂きましてありがとうございます。

誤字報告、凄くたすかっています。

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