秘められた過去
AGE系の部である情報技術部やゲート研究部とランカーズの話です。
楽しんで頂ければ幸いです。
八月三日、午前十時。
学校に泊まった神坂蒼雲、窪内龍耶、霧養敦志、伊藤聖華、楠木夕菜、竹中紫の六人は情報技術部の部室を訪ねていた。
宮桜姫香凛は凰樹が参加しない為に昨日のBBQ大会には顔を出さなかった。
元々活動日では無かった為に宮桜姫はこの日の部活にも参加しておらず、その凰樹と荒城はいまだに東京第三居住区域で様々な事件に巻き込まれている最中だった。
「これはこれは同志神坂。我が情報技術部に何か用かな?」
「久しぶりだな瀬野、ちょっと教えて欲しいことがあってな」
情報技術部部長瀬野右三郎。
永遠見台高校新聞部の部長でもあり、毎月発行される永遠見台新聞では面白おかしい記事で生徒達に様々な話題を提供してもいる。
天才的なハッカーであると同時に体術も忍者を思わせる程の身の熟しを身に着けており、様々な場所から無駄知識も含めた様々な情報を蒐集する校内でも有名な変人だ。
この男が入学した年から永遠見台高校で試験問題の予測問題がばら撒かれ始めた事もあり、試験問題窃盗容疑の最重要容疑者でありながら今までただの一度もシッポを掴まれた事の無い高い諜報能力を有している。
瀬野の能力を遺憾なく発揮できるレベルの高性能なパソコンなどが何十台も持ち込まれており、冷却の為にそれらは別室に保管されていた。
幾つかのAGE系の部などは此処のサーバーと有線で繋げられていたりもする。
「同志神坂や窪内の頼みとあってはやぶさかではないが、後ろのお嬢さん達には少し早いんじゃないか?」
「ああ、今回はこいつらにも聞いて欲しい内容なんでな。中良いか?」
部室内には普通の人が見てもその価値がわからないが、分かる者が見れば値千金の情報などが机の上などに無造作に散らばっていたりもする。
「大丈夫だ、では我が城へ」
「すまない」
神坂達は部室に通され、そして当然のことながら入口には鍵がかけられた。
特殊部室棟の教室を三つ占領している情報技術部の応接間の様な場所に案内され、全員が其処に用意されたテーブルに着くと氷の浮かんだアイスコーヒーが出された。
「要件は何かな?」
「日本史担当の深山直弥先生の抱えている事情と、生徒会副会長の喜多川麗子の情報を少し……」
その二人の名前を聞いた瞬間、瀬野は元々鋭い眼光に怪しい光を増した。
「……それは恐喝など犯罪向けの裏情報か? それとも……」
「ちょっと心配になって力になれるならと思って調べてるレベルで」
お互いに信頼し合っている為に、それ以上の軽い掛け合いは必要なかった。
瀬野も神坂もお互いの性格を分かっていて、わざと他者が聞けば誤解を招く様な言い回しをする事が多い。
「犯罪向けって……」
「我が情報技術部には様々な情報はあるが、屑や下衆にはいくら金を積まれてもそんな情報は渡さん。同志神坂や窪内は信頼しているから話すだけだ」
瀬野には信念もあり、誰かを脅す目的や犯罪行為に走りそうな人間にはどれだけ金を積まれても情報を渡さない。
暴力を用いて力ずくで情報を奪おうとする者には相応の武力でこれに応じた。
人外な能力を持つ凰樹には流石に及ばないが、瀬野は霧養と並ぶ対人戦闘能力を有している。
AGEとしての能力も高く、神坂や窪内たちと一緒に何度か瀬野と共闘した事のある凰樹は永遠見台高校入学時に声をかけたのだが、「同志凰樹よ、優秀なAGEが一ヶ所に集まるのもいいが、それでは多様性が失われ危険ではないかな?」などと言って入部を断ったりもしていた。
神坂が瀬野を呼び捨てにしているのはAGE登録は神坂の方が少しだけ早く、一緒に活動をした時の同期でもあった為に瀬野が呼び捨てにしてくれと頼んだからだ。
凰樹や窪内も瀬野の事を呼び捨てにしており、本人もそれを望んでいた。
「昨日のBBQ大会の時に二人と話したんだが妙に引っかかってな。瀬野なら何か知ってるんじゃないかと思ったんだが」
「そういえば昨日は随分と馳走になったな。おかげで久しぶりにあんなに大量の牛肉を口に出来た。あれだけの肉や海産物など余程に思い切らねば購入できないだろう」
どうやら誤発注も見抜かれているらしく、そこをぼやかしながらも肉や海産物をご馳走になった事は感謝してくれた。
「今回の情報料は昨日のアレでチャラという事でいいか? 知り合いとの貸し借りは嫌いなんでな」
「あれはアレだし、別で支払ってもいいんだが今回は言葉に甘えるとするか。はじめは寮の中庭でやるつもりだったんだけどな。誰かさんみたいに」
以前、話題に出ていた男子寮の共用台所で殻付きの牡蠣を焼いた猛者とは瀬野の事で、瀬野は寮だけでは無く校内でも他にさまざまな伝説を残している。
「で、その二人の事情か……。二人とも抱えている問題はそこの竹中と同じ……。とはいえ竹中はもうその問題からは解放されたが、その二人はいまだに解放されていない、そういう事だ」
「親しい者をGEに奪われ、いまだに囚われたままって事か」
瀬野は小さく頷き、少しだけ間をおいて話を続けた。
「GE対策部、今はランカーズと呼んだ方がいいか? 喜多川の問題はそのランカーズの一員である荒城とも関係がある」
「どういう事だ?」
「今から八年ほど前の話だ。荒城は居住区域の端にある小さな池にピクニックに出かけ、そこでGEに襲われた。荒城自身は無事だったんだが、護衛をしていた女性が二人、襲ってきたGEに生命力を奪われて石に変えられた」
「まさか……」
荒城から話を聞いていた楠木達は其処から先の内容が少しだけ予測できた。
しかし、そこに喜多川の母親がいたなら荒城はもう少し違う話し方をしている筈だった。
「そのうちの一人が喜多川の母親だ。今名乗っている喜多川ってのは母方の性で、その時の母親の名前は青海瑛里奈、喜多川自身も当時は青海麗子という名前だった」
「どうして名前を変えたの?」
「二年前の話だ。石化して六年が経った為に喜多川の父親は妻がもう二度と石化から戻れないと思い込んで絶望し、迫り来る制限時間に心が潰されかけた。そんな心が弱っていた喜多川の父親を見兼ねたひとりの女性が喜多川の父親に優しく寄り添って心を支えた為に、二人は次第に禁断の愛を育んでいた。GEに襲われて石像に姿を変えた妻がいるにも拘らずだが、石化してまだ十年経たない為に石像に姿を変えている妻との正式な離婚手続きが出来ない。そこであろうことか父親は、娘である喜多川を捨ててその女と蒸発したという話だ。こんな話は珍しくも無いんだが、喜多川には相当衝撃だったようだな」
この事自体は珍しくも無く、石化した妻や夫を持つ人と再婚を望む場合、子供を捨てて駆け落ち同然の行動に出る者も多い。
最近ではこの問題が深刻化しており、石化後十年経って蘇生不可能となって初めて一方的に離婚が可能という現在の決まりから、五年以上経過し環状石の破壊が不可能と判断された場合という内容へと変える動きがあり、それらが含まれた法案が現在審議中となっている。
「正式に離婚が成立しないので青海のままだったが、喜多川は自分で手続きをして父親の姓を捨て、母親の姓である喜多川を名乗り始めたと言いう事だ。他に身寄りが無い為に、今は寮に一人暮らしという事だな」
「今は寮に一人暮らしって……、名前を変えたのにもそんな理由があったなんて」
「生活費は荒城の祖父が石像に姿を変えた母親の給料として今も毎月銀行に結構な額が振り込まれているのだが、喜多川はそれは母親の給料だからと一銭たりとも受け取らず、生徒会の副会長をする時間の合間を縫ってアルバイトをして学費や生活費を稼いでるそうだ」
荒城の祖父は父親が蒸発した後で家の維持費なども振り込んでいるのだが、喜多川は永遠見台高校進学時に入寮手続きをしており、時折家の掃除に帰る以外はその家を利用しようとしなかった。
成績優秀な喜多川の学費は殆ど免除されており、学校側から返済不要の奨学金まで支給されている。
そのため喜多川がバイトで稼がなければならない額はそこまで多くは無いのだが、生真面目な喜多川はバイトも真剣に取り組む為にバイト先でより多くの仕事を任され、それが更に喜多川の負担として重く圧し掛かっていた。
「バイトが忙しく勉強や生徒会の仕事で碌に睡眠時間も十分に取れないから心に余裕が無く、生徒会長である母智月眞穂もそんな喜多川を心配して面倒をよく見ているから喜多川は母智月に心酔したって事だな」
様々な要因が重なり心と身体に余裕が無い為に切れ掛けた電球か燃え尽きる寸前の蝋燭の様に儚げな喜多川。
それに気が付いたのは瀬野の他には生徒会長の母智月だけだったという……。
「荒城はんの事は恨んでないんでっか?」
「母親の仕事に誇りを持っているらしく、護衛という仕事中の事故と割り切って荒城に恨みは懐いていない。そこも喜多川らしいといえばらしいんだが」
父親がいた時は少しだけ恨んでいたが、今は怒りの矛先が完全に別の女と蒸発した父親に向いており、母親が石像に変わった原因である荒城の事は恨んではいなかった。
◇◇◇
「深山先生の方は?」
「地理の教師だった深山の妻は同じ地区で地層の調査中にGEに襲われて石像に変わっている。喜多川の母親より少し早く約九年前の話だ」
仕事に燃えていた深山の妻は、居住区域と危険区域との狭間に出向いて断層に出来た地層の調査を行っていた。
学生時代や独身時代も含めて今までも何度も同じ事をしていた為に警戒意識が薄れ、GEを警戒していなかった事が災いし、無残な姿で石像に変えられて左手の薬指にはめていた結婚指輪も破壊されている。
指輪の方は深山の手元に届けられた為に今は修復されているが、それを身に着ける筈の持ち主はいまだに石の身体で石像専用の収容所で、石から戻るその時を待ち続けていた。
「深山先生は三十半ばだから、奥さんは二十代半ば?」
「石像に変えられた当時で二十四だ。深山は新婚の時に妻を失った為に、当時は酒に溺れてかなり荒れていたそうだ。今は嗜む程度だが夫婦ともに元々酒好きだったらしく、時折酒を飲んでは石像に姿を変えた妻の事を思い出してる様だな」
BBQ大会の時の深山の顔。
その横顔に何処か憂いを感じたが、神坂達は石像に変わっているその人の事を考えていたのだろうと察した。
あの時の「若ければ頑張る」というセリフの裏には、もう少し若くて力があれば、自分の力で妻を助け出すのにという意味があった事も何となくではあるが理解した。
「悪いことをしたっスね」
「酒好きらしいから悪くは無いだろうが、俺達に『妻を助けてくれ!!』と叫びたかったのかもしれないな」
神坂は頭を掻き、視線を窪内たちへと向けた。
そこには同じ結論に辿り着いた仲間が、神坂と同じ表情をしていた。
「やりまっか?」
「やるしかねえだろ!! 輝がいなくてもレベル一の環状石位破壊してやるさ」
「環状石周辺の状況や周りにある拠点晶の数などは、情報技術部だけでなくゲート研究部でも把握している。攻めるならそっちも尋ねる方が得策だ。まあ、こんな事は忠告するまでも無いだろうが」
「わかってるって。紫も協力するでしょ?」
「当然。二人の大切な人を取り戻してあげないと」
問題は環状石への突入経路と門番GE討伐、そして要石の破壊。
最大の攻撃力を持つ凰樹はいないが、いくらでもやりようがあると神坂達は考えていた。
◇◇◇
八月三日、午前十一時。
神坂達は部室棟内では無く校舎側にあるゲート研究部の部室を訪れていた。
「KSK環状石周辺の情報と、現在のGE情報?」
「ああ、そこを攻略しようと思ってな。いても中型だろうが、現在どの位発生してるのか、とかを……」
ゲート研究部部長の多嘉島邑夫は大きなディスプレイの接続されたパソコンを操作し、KSK環状石やその周辺のデータを呼び出し始めた。
入力された情報に応じた大量のデータが表示され、環状石のメイン支配範囲や影響範囲、それに拠点晶による支配状況などが即座に表示された。
「今週末までなら二~三匹かな? 討伐日時が一番古いのが十日前。それが復活するともう三匹位増えるよ」
「拠点晶も結構破壊されてるな。頑張ってるじゃないか」
虫食いの様に安全区域と危険区域の狭間にある拠点晶が幾つか破壊されていた。
どの場所も国道などの道路に比較的近く、そこを足掛かりにすれば環状石への進行ルートを考えられそうだった。
「……それは六年位前に君達ランカーズの隊長、凰樹君が破壊した跡だよ。なんでかは知らないけど、六年前からKSK地区やその周辺にある拠点晶を幾つも破壊してるみたいだし」
破壊された拠点晶はひとつやふたつでは無い。
どこを見ても進行ルートに必要だと思われる箇所を潰してあるあたり、付き合いの長い窪内や神坂は凰樹の狙いが手に取るようにわかった。
「まさか……でんな」
「アイツ、そんなに昔から準備してるのか。環状石は無理でも拠点晶はせめてその日の為に潰してやるって事か」
環状石のメイン支配範囲でなければ奪還された支配区域は再度侵攻される事は無いし、その範囲内に拠点晶が生える事も無い。
何時になるかは分からないが、故郷のレベル四環状石を破壊する為に、近場に存在する環状石の支配区域を少しでも削っておこうという考えだったのだろう。
「そういえば、ここ最近もいくつか潰してるみたいだよ。この辺りなんて先月中旬だし」
「また一人でバイクを走らせやがったのか。あれだけ言ってたのにキャンプ直前まで……」
次世代型の特殊小太刀を持っていた凰樹が、潰せる場所にある手付かずの拠点晶をそのまま放置する筈も無かった。
神坂達がディスプレイの情報をよく見れば、他の環状石の周りの拠点晶も破壊されていた。
後日どこを攻める事になってもいい様に、重要な拠点晶は軒並み潰してあった。
「俺達がしなくても輝さんが今月か来月にでも破壊作戦を提案してきたかもしれないっスね」
「あきらが帰って来るのを待つ?」
「いや、いつもアイツにおんぶにだっこじゃわりぃだろう? アイツがここまでお膳立てをしてくれているんだ。レベル二や三ならともかく、レベル一程度の環状石なら俺達でもどうにでも出来るさ」
攻略ルートは組みやすい状態で、車などを使って環状石の近くまで行ける拠点まで用意してくれているのだ。
いくらなんでもこの状態で、凰樹がいないから攻略作戦を行えませんというのは甘え以外の何物でもない。
「龍耶、門番GE討伐や要石破壊用の武器は大丈夫なの?」
「わても指を咥えてみてるだけとちゃいまっせ。特殊ランチャーを改良したスペシャル兵器と、霧養はん専用の武器も用意しとります」
「俺っスか?」
「俺達の中で一番生命力チャージ能力が高いのはお前だからな。輝以外で専用の武器を開発するならそうなるだろう」
それだけでなく凰樹の不在時、もしくは複数の場所でヴァンデルング・トーア・ファイントが発生した時に備えて、窪内は他にも色々と武器を用意していた。
窪内だけ昨日のBBQ大会の時だけでは無く、ここ数日ずっと部室に泊まり込んで作業をしており、おとといはたまたま寮に荷物を取りに帰っていた為にあの白い箱の山に取り囲まれる事となっていた。
「作戦の実行はこれをもう少し詳しく部室で見てからだな」
瀬野と多嘉島から受け取った様々な情報が詰まったメモリ。
作戦の立案はその内容を詳しく分析した後、神坂達はそう決めていた。
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