白い箱の中には
凰樹の居ないランカーズメンバーの日常話になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
八月一日、午後一時三十分。
この日、神坂蒼雲、窪内龍耶、霧養敦志の三人は学生寮に届いた大量の白い箱に困惑していた。
停められた大型トラックの荷台から、運転手と夏休み中のアルバイト学生らしき少年が二人で大量の白い箱を必死に運び出している。
「えっと、新鮮海産セットが三十個ですね。確かにお届けしました」
「えっと、これ、うちで間違いないんですか?」
「はい、第一学生寮霧養敦志様宛、ご注文も本人様なので間違いないです」
差し出された伝票には、発送元発送先共に本人の字で【霧養敦志】の名前が書かれており、名前を騙った第三者からの嫌がらせという線は消えた。
注文した場所は温泉旅館癒泉郷。
発注日は七月二十八日で、軟禁最終日に霧養本人が土産物として注文していた物で間違いは無かった。
「えっと、サザエやアワビが全部で三百キロですね? 水族館でも始めるんですか? ラッコって可愛いですけど大食らいらしいですよね」
「水族館もせえへんし、ラッコなんて飼わへんから……」
ひと箱十キロ入りの発泡スチロール製の箱が三十箱。
少し大きめな水族館のラッコの水槽の前でも、此処まで高級海産物が詰まった発泡スチロール製の箱が積まれる事は無いだろう。
「支払いはポイントで済まされていますので、こちらにサインだけ……。ありがとうございました」
広島居住区域運輸㈱の運転手は伝票にサインを貰うとその足で別の場所に車を走らせた。
小さくなってゆく車を見ながら、窪内たちはうず高く積まれた大量の白い箱の処理に頭を悩ませることとなった。
「で、これ誰の注文なんだ?」
「霧養はんで間違いないんと違います? この字は」
霧養敦志と汚い字で書き殴られた配達伝票を手に、窪内は呆れた顔をしていた。
「そうだな。で、何なんだこれ?」
「えっと……、ほらあの時は焦ってたんでちょっと発注単位を間違えたっていうか……。ここに残ったクラスメイトへのお土産っていうか」
それでも多いが、霧養としては三キロ入り海産物セットを十箱頼んだつもりだった。
故郷をGEの襲撃で失った者の多くは、夏休み中でも住んでいた家に帰らずに寮で過ごしていた、そうして夏休みに帰郷する事も出来ずに寮で過ごすクラスメイト達へのお土産のつもりだったのだ。
「お前はちょっとの間違えで、三百キロも海産物を注文するのか? 全部で六十万ポイント? まあ、今のお前なら大した額じゃないだろうが、これを腐らせでもしたら……」
今この場に凰樹はいないが、もし仮にこれを腐らせたとか知られればどんな叱責が来るか想像しただけで背筋に冷たいモノが伝った。
あの男はいくら金を持っていようが、例えそれが自分の物でなくても食べ物を粗末にする事を嫌っている。
食う事に困っていた時代があったからこそだが、昔はあまり裕福で無かった神坂もそんな事は重々承知していた。
「凰さん、食べ物を粗末にしたら怖いでっせ」
「分かってる。俺はここにアイツが居なくて胸を撫で下ろしてる所だ」
「寮の皆で食べればすぐっス。確か十五人位残ってた筈っスから」
「それでも殻付きをひとり二十キロだぞ? お前はラッコと大食い勝負でもするのか?」
サザエにしろ、アワビにしろ、書かれているキロ数には殻の重量もあるから、実際には箱書きに書かれた量程では無いと考えられたが、それでも十キロを下る事は無いだろう。
体重四十キロほどのラッコが一日に食べる量が大体十キロ程度らしいので、いい勝負が出来るかもしれない。
去年の猛者が用意したおかげで、壺焼きや地獄焼きにする七輪と練炭は倉庫にある。
全部焼くのにどの位の時間が必要なのかは分からないが、何割かは刺身にすればいいと考えていた。
それでも大量のサザエやアワビだけを食べ続けるのは結構キツイと思われたが……。
その時、霧養はある事を思いだし、思わず「あ……」と呟いた。
「今の、あは何だ?」
「これって温泉旅館癒泉郷分っス」
伝票を見ればひと目で分かる事実をわざわざ確認した霧養に窪内と神坂は揃って表情を曇らせた。
「そうだな。って……まさか」
「温泉施設【海泉の郷】でも……」
「頼んだのか? それはいつ届くんだ?」
お菓子類は神坂達も頼んだし、それはまだ日持ちがするので箱のまま放置されているが問題は無い。
だいいち、お菓子の類であれば霧養もここであえて声を出す事は無いだろう。
「実はもう……」
「で、それは何がどの位だ?」
「いや実は……、あそこ牛肉も美味しいって話だったじゃないっスか」
「そうだな」
「で、今回特別に牛肉の注文も受け付けてくれるって話だったっスから」
「…………」
いいから早く結論を言え、口を閉じているにも拘らず窪内と神坂の目はそう雄弁に語っていた。
「寮にいるみんなも牛肉なんて思いっ切り食べれないから、この際にと思って牛肉を合計五十キロほどっス……。今は寮の冷凍庫(業務用)を占拠してるっス」
そういえば昨日の夜に冷凍庫(業務用)が肉に占拠されたという話を聞いたが、それがまさか霧養の仕業だとは思ってもいなかった。
五と聞こえた時、五キロならまあ食えない事も無いかと油断した神坂達は、その後続いた十という言葉で完全にキレた。
「お前は此処で動物園でも始めるのか? それとも、寮で熊でも飼う気か?」
「クマったっスね」
ははは、と三人の乾いた笑いが辺りに響いたが、三人の目は全然笑っていなかった。
笑っている霧養自体もこんな事で誤魔化せる思っていないからだが。
「熊って蜂蜜が好きらしいから、蜂が寄ってき易い様にお前を今すぐ蜂の巣にしてやろうか?」
「M60取ってきまっせ」
「じょ……冗談っス。でも、ここまで来たらバーベキューとかどうっすか? 女子寮と合同で?」
それは霧養の思い付きではあったが、悪くない提案だった。
男子生徒だけでは無い、女子生徒も滅多に口に出来ない牛肉や新鮮な海産物まであるBBQとなれば悪い気はしないだろう。
野菜類が皆無というのはいただけないが、それは合同BBQが決まってから買いたせばいい。
「……お前、割と策士だな。確かに食べ物で釣るってのはありだ、向こうは何人位って、楠木からメール?」
早速楠木からメールが届いた。
仕事が早いじゃないかと感心しながら神坂が端末を操作すると、そこには予想された文字が並んでいた。
「えっと、件名、明日、女子寮と合同でBBQをしませんか? 仕事が早いな霧養、今の今でもう連絡入れるなんて」
「…………まだ連絡して無いっス」
霧養の気の抜けた返事に神坂は頬を引き攣らせ、窪内は表情を曇らせた。
「嫌な予感がしまんな。確認の電話した方がいいんとちゃいます?」
「そうだな……」
嫌な予感を覚えつつ、神坂は楠木の端末に電話をかけた。
この対応が遅くなればなるほど事態が悪化すると直感したからだが。
◇◇◇
「は~い、楠木で~す。電話じゃなくて、返事はメールでもよかったのに。えっとね、寮の皆にお土産で海産物セットを買ったんだけど」
「だけど?」
「ちょっと量を間違えちゃって、女の子だけだと余りそうだから、一緒にどうかな~って……」
つい数分前に聞いたようなセリフを端末から聞きながら、会話の中から確認せざるを得ない部分を抜き出した。
「ちょっとってどの位だ?」
「十キロ入りが、三十箱。配達員さんが……」
「女子寮で水族館は始めないだろうし、ラッコもそんなに食わねえよ!!」
「え? なんでわかっちゃったの? エスパー?」
「分からいでか!!」
荷物を下ろすトラックのトラックの荷台には同じ様な白い箱が幾つも存在しているのが見えたが、それはどうやら神坂の見間違いでは無かったようだ。
しかし、神坂が見た限り、白い箱は三十個程度では無かった筈だった。
「でね、それだけならいいんだけど、牛肉が……」
「何十キロだ?」
神坂や窪内の見間違えでなければ、箱の数は此処に置かれた数の倍近く存在していた。
残り全てが女子寮に配達された訳では無いのだろうが、それでも相当な量になる筈だ。
「なんで分かったの? ほら、美味しい牛肉なんてめったに注文できないじゃない。それで、つい買いすぎちゃって、に…二十キロあるの。動……」
「動物園は始めねえし、熊でもそんなに食わねえよ!!」
「エスパー……」
「エスパーじゃねえ、実はこっちにも同じ事をした馬鹿がいてな。海産物が三百キロに、牛肉が五十キロある」
女子寮側だけでも十分な量だが、此方にはそれを上回る量の牛肉があり、神坂達がいくら食べ盛りとはいえ、胃袋には限界というものがある。
「馬鹿じゃないよ、ちょっと量を……」
「合計で海産物が六〇〇キロと、牛肉七十キロだぞ? 何人で食うつもりだ?」
「……五十人もいれば何とかなる?」
全員相撲取りならその位でもいいかもしれない。
「ひとり頭、海産物十二キロと牛肉千四百グラムか、全員体重が十キロくらい増えそうだな。そういえば輝からキャンプ用に用意して持って行かなかったが寮に保管していた余った米も預かってたな、……三十キロある」
「まあ、お米は日持ちするし、別に明日じゃなくても」
酒を飲む奴は良いが、AGE登録してない者は飲酒可能な年齢に達していない可能性もあるのでご飯は必要だ。
「飯には米がいるって奴もいるだろう? 一升ほど焚いておにぎりにでもするか?」
「…………完食の難易度が上がったんだけど」
「人数を増やせばいい。参加費は取らないし手ぶらで来ていいから、出来るだけ声をかけてくれ……」
「わかった。何人くらい集まるかなぁ……」
楠木は電話を切ったと思い、そんな事を口にしていた。
しかし、向こうはどうか分からないが参加費無料で女子寮と合同という事になれば、男子寮の居残り組は全員参加するだろう。
百人集まってもノルマは海産物六キロと牛肉七百グラムだが……。
◇◇◇
「聞こえてたか?」
「とりあえずBBQコンロと炭っスね」
「そうでんな、郊外のホームセンターで数を揃えまひょ」
とりあえず、現状存在する七輪と練炭では火力不足と判断した神坂達は車で郊外のホームセンターへ出向き、大量のBBQコンロと炭などを用意した。
店の倉庫にある在庫のBBQコンロまで運び出させる勢いで、購入の為に学校に寄って使った車はバンでは無くマイクロバスの方だった……。
あまり見も大量にBBQコンロなどを買い込む為、店員は思わずこんな事を訪ねて来た。
「あの、キャンプ場でも……」
「はじめねえよ!!」
男子寮と女子寮にいる生徒だけでは食べきるのは難しいと判断した神坂達は少し離れた場所に存在する永遠見台高校食糧生産科の寮にも連絡を入れ、農作物や家畜などの世話の為に夏休み中も良に残らざるを得なかった生徒の殆ども参加し、こうして総勢百名を超える、第一回男子寮&女子寮合同大焼肉大会が開催される事となった。
場所は男子寮の中庭にする予定だったが人が増えた為、マイクロバスを返すついでに永遠見台高校の小運動場の使用許可を取り其処で行う事となった。
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